第27話 暴かれた『自作自演の秘密兵器』

勝浦の引率で長井は、仲里と佳織を引き連れて抽選会の会場に出向いたが、授業が免除になる事もあり、キャプテンとしての自覚を忘れ一番はしゃぎ回っていた。曰く付きの特待生にとって、数少ない学校からの『特典』だが、ルンルン気分は長くは続かなかった。

会場を後に帰り道を踏んだ途端、何故か浮かない顔になり、そのまま学校へ戻る事となった。予想通り部員達から、どの学校と一回戦は対戦なのかと急かされ始め、渋々と丸まっている大きなトーナメント表を開いた。

「慌てるなって、これ貰って来たからさ。」

それは抽選会の会場で実際に使用されていた、特大サイズのもので仮にも、実物が本当に貰って来れたりするのだろうかと、部員達は疑問に思った。抽選会が終わった直後、各々対戦相手が決定となり一段落付いた所で、どの学校も会場を去って行った。

長井は石の様に固まってしまい、いつ迄も席を立たずにうずくまっていたので、そうしている内に会場の係りの人に呼び起こされ、トーナメント表を差し出されたという。要するに、さっさと帰ってくれないと掃除が始められないので「これ上げるから」と促されて、追い出された。それだけ追い込んだ、うずくまりたくなる様な大きな理由とは果たして…。

「一回戦は豊丸水産?聞いた事がない…。」

「トヨマル水産?本当に知らねぇなぁ。どこかの漁業会社の、社会人チームが交じって出場するんじゃないの?」

トーナメント表を指しながら、前田と林が言うと他の部員達も首を傾げていた中、早坂が更に表の線を指で辿ると、とんでもない事実が発覚したのだった…。

「もし何とか水産に勝ったとすると、次の二回戦の相手校は…。報復学院っ!?」

そこは中崎の高校と同じレベルか若しくは、それ以上かも知れないという強豪校だったので全員、驚きを隠せなかった。言う迄もなくシード校であり、自分達と何とか水産とで勝った方が、初戦の相手となる。

勝浦は去年迄の県大会の成績を全部、調べ上げている為、どこのチームがどのぐらい強いのかは大体、把握できていた。だから一回戦で当たるチームは、失礼ながら間違いなく勝てると確信していたが、問題なのは次のステップであり、それこそが長井を窮地に追い込んだ原因だった。

「あーっ分かった!。さっきから浮かない顔をしていたのは、二回戦の心配をしていたからなのね?一回戦が勝てるかどうか、まだ分からないんだから大丈夫。」

佳織は脳裏によぎった事を、実にストレートに表現したので、それは結果的に部員達の反感を買うものとなった。少しは空気を読んで発言してほしいといった、冷ややかな視線が彼女、一人に向けられていた。

『抽選会に同行しておきながら、そばに居たキャプテンの心理に、どうして気が付いてやれなかったのか?』

ただトーナメント表は悲観の要素ばかりではなく、もし順当に勝ち進んで行くと、準決勝では電々工業と対戦する事になる。自分達の心持ち次第では、幾等でも『悲観』は『悲願』に変えられるので、そこ迄、表を見つめる目線は進んでいたのだった。

「まさか準決勝迄行けば、また中崎と対戦できるなんて、みんな考えているんじゃないだろう?下らないから辞めておけよ!」

どんなに頑張っても、二回戦止まりは目に見えていたので『一回戦出場チーム』という皮肉は所謂、自分達の為にある様な言葉だと自覚を持った方がいい。

『お前等こそ空気を読め!』

長井は珍しく現実的な考えを抱いていたが、それだけ今回の組み合わせの結果には、大きな不安と危機感があった。あくまでも優勝なんかが目的ではなく、これからの活動に弾みを付ける為の出場だと、事前に誓い合った筈だった。現実的な欲を言えば早々から、全国大会に行く様なチームとの対戦は避けたい。

事態の進捗と共に各人の心構えは、願っていたものとは、大きく変わってしまった様だった。せめて中堅クラスのチームと戦ってケガも無く、それなりに負け去る事ができたならという、考えさえ浮かんでいた。

それとは対照的な一年生部員達は、専用グランドを走り回っているので尚更、練習に身が入っていた。抽選会に同行した仲里だけは、長井と同じ不安を抱えたままでいて、彼は唯一、共に厳しい宣告を目の当たりにしていた。

その心情といったら実際に会場で、強豪校との対戦という現実を、突き付けられでもしなければ到底、理解できるものではなかった。ギクシャクした練習が続いていたが、ある日、唐突に悲劇は起こった…。

どんなに力を加えても壊れないのが特長の、機器の筈のタックルマシーンが、力が入り過ぎてしまったせいで一部が破損した。たかだか数日間、しかも並の高校生が使用したにしては、疑問が有る質の悪さだった。

「何だよ所詮は中古品の安物じゃないか?」

及川が思わず何気ない一言を漏らしたが、それが騒動を引き起こす要因となった。

「今、何て言ったんだ?先生が、どこかの通販会社に騙されたとでも言いたいのか!」

木下は、そう言いながら肩に掴み掛かると、涙ながらに激怒した。猛練習の中、活気だっていた事もあり周囲に、注意を払うのが鈍っていたに違いなかったにしても、許されない。

「そうよ、これがどういう物か、よーく知っているでしょう?先生が自腹を切って迄、買ってくれたんじゃない?だから、そんな言い方は誰にもできない筈よ!」

千秋も言うと及川は、安易に軽はずみな捨てゼリフを吐いた事を後悔してか、その場にうずくまった。間違いは誰にでもある事で、まだまだ自分達は未熟であり、仲間で互いに指摘し合って行かなければならない。

『さぁ、また一緒にグランドを走ろう!』

強い決意で全員、及川を抱き起こして練習再開と思いきや、そうは問屋が卸さなかった。

「えっ、自腹って…?」

すぐ、そばに立っていた佳織が言った。千秋も木下も、機械の導入は『勝浦の単独行動によるもの』という前提で無意識に口走っていた為、事情を知らない側からすれば『…!?』となるのは言う迄もなかった。

及川に限らず全員、練習に夢中になり過ぎていた余り、この件を知らなかった仲間への配慮が、すっかり頭の中から離れていた。もう気付いた時には手遅れとなり、やりとりが耳に入った長井は、勝浦に責め寄った。

「一体どういう事なんだ?部費が増えたとか言うのは聞いたけれど、足りない分は、陸上部からカンパして買ったんじゃ…。」

勝浦は、根本と口裏合わせ迄を執り行い、部員達は、それを知らない振りで演じ続けた。ここで全ては水の泡となり、一連の茶番劇は、こうも早く幕を閉じる事となった。事情を知っていた者は全て、いずれはバレてしまう事を覚悟していたが、それにしても余りにも早過ぎだった。その直接の要因は…。

「全部、お前のせいだバカヤロー!」

村田が先陣を切る様に叫んだ途端『その一言さえ無かったら』という全員一致の思いからか、一斉に及川一人に掴み掛かった。

「間違いは誰にでもあるって今、言ったばかりだろう?!」

そう言って弁解したものの、誰も耳を傾ける事は無く、もはや彼は憎しみの対象でしかなかった。続く乱闘の中、千秋は何かを言い掛けたが、どこから説明したらいいのか分からなかった。

「これって本当に先生が個人で買ったの?」

佳織が問い掛けた頃には、ようやく乱闘は収まったが、期待の答えは帰って来なかった。

「一応、聞くけど…。陸上部から援助して貰ったっていう話しは、嘘だったんだ?」

「その答えは長井君自身が、よーく知っている筈よ。あなたを快く思っている陸上部員なんて、誰もいやしないわ。だから、そんな話し自体が最初から有り得ないのよ!」

藍子は、開き直ったかの様に現実を叩き付けた。仮に根本が、顧問の権限を駆使しようとした所で、陸上部員達の猛反発に遮られるのは、言う迄もない事だった。

「そんな事は、言われなくたって分かってるさ。でも知らなかったのは佳織と二人だけだったなんて、これじゃ俺達、ただのバカじゃないか!?」

いや『ただの』ではなく、今頃になってようやく気付くとは、まさに『本当にバカ』なのである。あえて言うなら『最大のバカップル』という例えは、この二人にこそ、ふさわしいと部員達は揃って呟いた。

そんな彼等は去年、この学校で何が起きていたのかは、さすがに目撃はできなかった。しかし、その時期その場の空気を吸って学校生活を送った張本人なら、今でも引き継がれる因縁を、察しられてもいい筈だった。いい加減、現実を理解してくれとも思ったが、それには、順を追って説明しなければならない。長井の念押しには、千秋が答えた。

「先生は、みんなの為に何かをやろうとして、こういう自作自演に走ったのよ。私達は盗み聞きしていただけで、でも多分、気付かれていたと思うわ。私達に知られてしまった事に、あえて何気無いフリで通そうとしてくれたのよ。」

『陸上部からの厚意』という前提を聞いた直後、果たして本当だろうかと引っ掛かる思いにかられ、事の発端となった立ち聞きに走った。自分が行動を起こしさえしなければ、誰も事実を知らないままでいられた筈だが、仮にも彼女は去年、校内で起きた一部始終を目撃した内の一人だった。本能が無意識の内に働かせたに違いなく、それが今回の一連の騒動に繋がった事は、まさに皮肉だった。

一方の勝浦は、長井と陸上部との確執を話しに聞いていただけで、直接、目の当たりにしていた訳ではなかった。最終的には当時、その場に在籍していたか、いないかの違いが大きく表れた結果となった。やがて、周囲を悟り切ったかの様な言動を振る舞う千秋に、佳織は嫌悪感を抱いた。

「当時の出来事を知っている自分だからこそ、とでも言いたい訳?冗談じゃないわ!アンタも先生と一緒で、私達を騙し続け様とした事に変わりないじゃない。コソコソやってないで、みんなが同意の元で用意すれば良かったのよ。」

それこそ『一人百円貯金』とかで遂行すべきだと主張したが、藍子が弁解する様に言った。もし提案通りの金額ペースで徴収して行ったとすると、タックルマシーンの価格に到達した頃には、自分達は卒業を迎えてしまう。

「それは違うと思うわ。大会は近い短期間で、これだけの物を買うお金が、みんなから集められると思う?」

『これ俺達からの贈り物だから、大事に使って全国大会でも目指してくれ。』

何年後かの後輩達の為に、せっせと今から貯金でもして、そういう言葉を投げ掛けるのは、あまりにも現実的ではない。とてもではないが創設間もない段階で、未来を心配する余裕など、ある訳が無かった。

「随分、仲がいい様ね。さすがは元、陸上部のエリートコンビだわ。比べて最後の最後迄、騙され続けた私と長井なんか、ただのバカップルなのよ!どうせ、そんな目で見ていたんでしょう?!」

そう言って一年生達を睨み付けると、彼等は苦笑いを浮かべるだけだった。藍子と千秋のツーカーの仲は否めず、彼女は、孤立感から憤りを感じる様になっていた。

「もうやめるんだ!大事な時期に、いがみ合ったってしょうがないだろう!」

仲裁したのは意外にも、ある意味で最大の『被害者』である長井だった。

「俺が新聞配達をやっているのは、みんな知っていると思う。全額とは言わないけれど、すぐにでも半分位なら出せたんだ。」

更に残りの半分は、部員全員で均等に出しさえすれば、一人当たりの負担は軽くなる筈なので何も、先生一人で負債を抱え込む必要は無かったんだと訴えた。計算が苦手なキャプテンにしては中々、鋭い案であったと部員達は簡潔さを感じ、また佳織も同様だった。

『彼について来て良かった、これからも足掛け二人三脚で、部を支えて行きたい…。』

そう強く決意すると、さっき迄の憤りは何処かへ消え失せていた。騒動も収まった頃、長井は後ろから肩をポンポンと叩かれ振り返ると、勝浦がスーツの裏ポケットから、ある紙切れを取り出した。

「何?これ領収書?えっこんなに…!?」

無言のまま差し出されたので、ブツブツ言いながら開いてみると、中古品にも関わらず、開いた口が塞がらないぐらいの値段だった。高校生の三年間のバイト代などでは到底、賄える様なケタではなく、もし事前に購入を相談されていたなら、真っ先に反対していたのは自分であったに違いない。

「バッカじゃないの?先の事を考えないで発言なんかして。」

半分位なら早急に用意できたと言ったものの、例え一割分であっても無理な話しで、覗き込んだ佳織も額面に驚愕した。ただ場当たり的な意見に同感を抱いて、決意を固めた彼女自身も、長井とさほど変わらないのである。

「みんなは何も悪くない。勝ち進めないのを承知で大会には出たいって言うから、ちょっとだけ先生が無理しただけの話しだ。負けるにしたって練習が満足にできていなかったら、やっぱり口惜しいじゃないか?」

領収書を眺めながら、すっかり硬直してしまった隣りで勝浦は口を開いたが、顧問ではあっても経験がない故に、何も教えて上げられない現状があった。ボールを持って、一緒に走ったりする事さえもできないので、かえって練習の邪魔になるだけだった。

そこで練習試合を組んだり、対戦相手を偵察するといった、徹底したサポートに回った。部の為にしてやれる事は極限られていたので、それだけでは顧問として十分では無い事も、よく理解していた。まだまだ伸びる素質を、どうやれば活かせるのだろうかといった疑問と向き合い、一人で責任を感じ続けていた結果が、今回の行動に走る事となってしまった。

決して恵まれているとは言えない練習環境が、一番の要因であったのは言う迄もなく、満足な練習設備さえ確保できない以上は、どこか他の土俵でも借りるしかなかった。藍子と千秋と一年生部員達は、勝浦をここ迄、思い悩ませた張本人こそ自分達であったと、この時点で気付いたのだった。

「少しずつだけれど毎月、タックルマシーンの代金は俺達が、きっと卒業する迄には払うから。先生が居てくれればそれでいいから、もう余計な心配はしなくていい!」

橘が突然、叫ぶと全員で揃って意見に一致団結してしまい、どうしても一人だけ…。

「バカ言ってんじゃないよ!幾等するのか分かって言っているのか?みんなが出し合ったって、とても払い切れる値段じゃ…。」

部員の中で実際の額面を把握しているのは、他に佳織だけだったが虚しくも、反論は誰の耳にも聞こえてはいなかった。領収書には一括の金額で表記されてはいるが、どう考えても月賦を組んだに違いないし『ちょっとだけ無理』が、そこらの範疇を超えているのは明らかだった。

「よぉし、今日の練習の仕上げはジョギングだ!みんな学校迄、走って行こうゼ!」

挙句、木下に場を仕切られて勝手に練習迄、切り上げられてしまった。どんなに今、練習環境が整っていたとしても、やはり自分達の原点はジョギングだった。これからも初心に戻ったつもりで、頑張って行こうという表れであったかも知れないが、再び感極まった掛け声を上げると、肝心の長井を置いてグランドを去って行った。

「私達も行きましょう!」

佳織は、藍子と千秋も誘って後に続いたので、取り残された長井は一人『こんな青春ドラマみたいな場面は嫌だ』と絶叫するのだった。終わってみれば単に、仮にも公務員が借金して迄、無断で機器を導入しただけという結末だった。歓喜を上げて帰って行った部員達は、これから自分達に迫って来る現実を、すっかり忘れていた。

薄々ながら感じていたのは長井一人だけで、実際に一回戦を勝ち進んでしまった場合、どうすればいいのかという大きな不安だった。二回戦に進むと、とんでもないシード校とぶつかる事になり、力量に合わせてくれた中崎のチームとの、練習試合の時とは訳が違った。

始まってしまったら棄権なんかはできないので、試合が終わった時に十五人がグランドに、揃っているのかどうかすら分からないぐらいだった。一回戦を勝つという事は絶対に、逃げられない域に足を踏み入れる現実を意味していて、それをあえて今、目標にしなければならなかった。

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