第24話 オマケ付き練習試合
長井達の元には、是非、対戦して欲しいという申し込みが殺到する様になった。活動を始めてから半年近くが経過したので、多少は知名度が、上がって来たからなのだろうかと思いきや、実際は別の意味合いでの理由からだった。設立から、まだ日が浅い故『それ程強くないのでは?』という、勝手な先入観を持たれてしまっている事が要因だった。
全国大会が近い事も重なって、どこの学校でも、前哨戦を行う時期に差し掛かっていた。当然、勝てそうな相手を選び、勝利の気分に酔いしれたいと考える学校があっても、別におかしくはなかった。
そんな弾みを付ける為の絶好の材料、つまりは噛ませ犬扱いを受けていたせいか、要望が来ているのはどこも、決して強いとは言えないチームばかりだった。
そろそろ勝浦は、練習試合を取り計らわないといけないと考えたので、これからどうするのかを、部員達の直接の意見に委ねる事となった。相手が、どんな不純な動機であろうとも、前哨戦をこなしさえすれば、自分達のステータスになる事には変わりなかった。
「絶対に安請け合いはしないし、面白半分で試合を申し込んで来る様な学校は、相手にしたくない。」
練習に入る前の部室で、長井は、誰よりも先に自分の意見を出した。不純な試合ならば、やらない方がいいという考えを頑なに示した。そこで、ある程度の交渉が進んでいる学校との、話し合いをまとめた計画表を読み上げた。向こうからお願いされるのだから当然、移動経費を負担して貰える事となっていた。
そうなれば『ガソリン代のみ』などというセコい交渉はせず、いっそ観光バスでも貸し切って…。もう勝浦が運転する、バスだか何だか判別しかねない乗り物には、いい加減ウンザリしていた頃だった。
ヘタをすれば、途中でエンストを起こして、試合に遅れる可能性も考えられるぐらいだった。説明に全員、息を呑み込んで聞き入っていた中、勝浦は唐突に、ある真実を暴露した。実は『例のバス』は、ブレーキの利き具合や、マフラーの調子が一向に改善せず、いつ大破してもおかしくない域に達していた。
「いつから?なんて、つまらない質問はしないように!先生は車の事に関しては素人だから、とにかく脅しなんかじゃない。」
仮にも大事な教え子達を今迄、そんな車に乗せて走り回るなど、身震いを感じずにはいられない内容だった。『事実なんだ』とは、あまりにも度の過ぎた、酷い暴露話しだった。
そういう今だからこそ、移動費用を負担してくれる状況下を利用して、観光バスでも貸し切る必要があった。勝浦にとっての、現時点での対戦校選びとは所謂、スポンサー検索も同然であり、彼の演説は続いた。
「バスだか何だか判別できないとか言って、揃って不満を漏らしていた様に、もう先生のバスは潮時だ。そう言えば陸上部って、未だに大会の会場へは、自転車で集合しているらしいじゃないか。一度でいいから試合会場迄、修学旅行で使用する様な観光バスで、移動してみたいとは思わないか?」
『いや、潮時以前の問題だった…。』
そう全員、強がってはみたが、まさに悪魔の囁きにも受け取れた。確かに中崎がいる学校と対戦した時は、わざわざこっちから出向いたというのに、向こうはガソリン代すら出してくれなかった。一方、不純な動機で申し込んで来る学校と対戦さえすれば、夢の特典が付いて来る…。もはや勝浦の巧みな話術と策略に、全体が染まりつつあった。
こんな企み自体が不純だが、自分達を『どうせ弱い』と見くびって試合を申し込んで来る方が悪いんだと、徐々に部員達は、自己の下心を正当化させて行った。『安請け合いはしない』と真っ先に主張していた長井迄が、この話しには惹かれそうになっていたが、そういう欲に手が届きそうな瞬間、仲里だけが我に返って反論したのだった。
「みんなにはプライドがないのか!試合の申し込みが殺到しているのは、二年生はキャプテンの一人だけで、後は一年生しかいないっていうチーム編成だからだよ!」
設立してから日が浅いが、それ相当の覚悟と決断力を持って、立ち上げた部に変わりはない。だからこそ、周囲の好奇心の対象となる為に、結果的にチームを結成した訳ではない筈だった。現に、どこかの強豪校からの試合の申し入れなど、一向に来てはいなかった。
「ウチの学校で試合をするのはダメなの?」
重たい空気が流れる中、佳織が質問を投げ掛けたが、とっくに勝浦は思い付いていた案ではあったが、実行が困難であったと明かした。確かに一番いい方法は、自分達の学校に招待してしまう事で、そうすれば会場作りの為のライン引きをする程度の手間で済む上、移動手段といった費用も一切掛からない。
それに、ゴールポストが無いにも関わらず、ラグビー部が存在する学校は幾等でもあるし、珍しくもない事だった。第一、無いという理由だけで試合の招待を断る学校は、まず有り得なかった。あるとすれば強豪を気取る、中崎の学校ぐらいなもので、十分な受け入れ体制はあるのだが、肝心の許可が降りなかった。
「何故?どうしてダメだったの?えーっ、あたし分かんなーい。」
佳織のブリッ子気味に振る舞う問い掛けに、勝浦は説明しようにも、言葉が詰まってしまったが、代わって長井は怒りを募らせた。
「お前、根っからの帰宅部だったじゃないか。誰も聞いてないんだよ!」
この学校で、スパイクシューズを必要とする運動部といえば、女子サッカーかソフトボール、そして陸上部ぐらいだった。それ程、全力で練習した所でグランドは荒れるものではないが、ラグビースパイクで十五人もの部員が、縦横無尽に走り回ったらどうなるか…。
敵チームも含めると倍になり、試合後は、グランドの荒廃だけが残る事となる。言う迄もなくグランドを使う運動部の活動に、支障が出てしまうというのが、却下された一番の理由だった。勝浦が学校に話しを持ち出した翌日には、全校生徒の殆どを占める女子生徒に、こぞって反対を受けたのだった。
スパイクを常時使用する運動部というのも、明日以降の事、そして何よりは、周囲の迷惑を考慮して日々練習に励んでいた。そんな暗黙のルールを頭に入れずに、その日の事しか考えない活動をする様な部は、グランドの敷居はまたげないのである。第二グランドでもあれば、話しは変わっていたかも知れないが、練習場が一つした用意されていない学校故の、厳しい現実でもあった。
特に、地面が安定していないとタイムに影響が出る、陸上部からの反対が強かったらしかった。見境の無いであろう、無数の硬いシューズの跡で校庭が荒れてしまうのを、執拗に嫌がられた。夏休みの朝、誰もいないのを見計らって、ほぼ毎日の様にグランドに侵入した事にも、今件が絡んでいた。
スパイクは持ち込むなと、勝浦が念を押し続けたのは、自分達の練習跡を残さない以外に、この経緯があった。藍子と千秋が、今でも陸上部を続けていたなら、きっと自ら、許可を取らせない様に働き掛けていた筈だった。
そんな指摘に当の二人は、全く思い当たる節が無かったので、学校全体の反対意見が出ていた現状すら知らず、肩身の狭さを感じていた。陸上部を離れ長井達の世話係りに、没頭する様になってからというもの、外の世界には今迄、感心を持つ暇すら無かった。
最終的に、自分達の学校での主催が絶望的な今『特典付き』の試合を受け入れてしまおうと、部員達の意見がまとまり掛けた。結局は長く活動して行く事を最重視するなら、無理な行動は避けなければならないので、時にはプライドを捨てて、現実を受け入れる事も必要だと分かった。
この時になって勝浦は、実は対戦を要望されている学校のリストの中に、電々工業からのオファーもあるという、今更ながらの話しを持ち出して来た。勿論、強豪の部類に入るチームなので前回同様、移動費の負担はしてくれない。
『なんだって先に言わないんだ?!』
どんな夢の特典があろうとも、それを蹴ってでも再戦を図りたかったので全員、激怒したが、言いそびれていたのには理由があった。自腹の移動費など、まるで問題にはならない、一方的な提案を突き付けられた。電話で一報を聞いた時、バカにされたかの様な内容のあまり、腹の皮が煮えくり返ってしまった。
『前回よりは』強い選手を揃えるというもので、その表現から決して、ベストメンバーではないと察しられた。あの初対決の際は惨敗を喫したものの、こっちはゼロ点では終わらなかったので、相手にとっては予想外の、失点を奪われた現状であったに違いない。
要するに今度は、若干レベルアップを図ったメンバーを揃えて、完封勝利の上で、赤っ恥をかかせるというのが目的らしかった。とは言え二年生が一人しかいない弱小チーム相手に、わざわざ一軍クラスを使う必要は無い。
だからこそ『それなりのメンバー』で来るという随分と小バカにされた扱いに、電話口で聞き取ったメモを、ゴミ箱に投げ様かとさえ思った。その日、その時に対戦する相手チームのレベルに合わせて、部員の入れ替えにより、自己の戦闘力を巧みに調節する…。
それが中崎のチームのやり方で、なんとも御丁寧な提案ではあったが前回、自分達に失点した事で、方針は崩壊してしまった。そこで今回、名も無きチームに伝統を汚されたと、向こうから再戦を要望して来た。色々と理由付けしている割には、単に意地っ張りだとの意味合いにも、取れなくはなかった。
「受けてやろうじゃないか!ただ、やっぱり移動は『例のバス』になる…?」
『当たり前の事を聞くんじゃない!』
木下が恐る恐る聞いたが、勝浦は小声で呟いた。それなりの強豪校と戦うのだから、ある程度のリスクが避けられないのは、言う迄もなかった。ただ顧問の立場の本音を言えば、端から見下された扱いには不満があるので、自らハンドルは握りたくなかった。
元々オファーを受けた時点で、移動費が捻出できないという言い訳をして、断り掛けていたので、多少の強引さを持って応対し続けた所『それならガソリン代ぐらいは出せる方向で』と保留にさせられていた。向こうにも、報復という名の強い再戦希望がある以上、下手にキャンセルされたくはない現実があった。
但し他の学校を選ぶのなら、リムジンに匹敵する、夢の観光バスでの移動が百パーセント保証されている。あくまで厳しい現実を取るか、それともプライドを捨てて夢心地の待遇を取るか、実に甲乙が付け難い…。
「バカな考え起こしてんじゃない!大事な時期に意味の無い試合をしたってしょうがないだろう!わざわざ全国大会出場の常連チームが試合をして下さいと、お願いして来ているんだ。そっちを取らなかったら実戦にも、前哨戦にもならないじゃないか!」
手を抜かれているとは分かっていても、それでも強いチームである事には何等、変わりはない。一戦、交わるチャンスを逃す訳には行かなかったので、再び木下は言うのだった。
もし本当にまともなメンバーなんかで来られたら、たまったものではなく、前哨戦どころでも無くなってしまう。三年生を十五人も揃えられたら、それこそ、こっちが無事で済まされるか予想が付かなかった。
全体の意見は一つの方向に、まとまり掛けていたので、勝浦は今回も自分が運転する事になりそうだと、やり切れない溜息を吐いた。不謹慎ながら、できたら部員達には意地を張らずに、現実よりも夢を取って欲しかった。
一番に観光バスを手配したがっていたのは、藍子や千秋でもなく、勝浦自身だった。日頃から、少ない活動費を強いられている為、至福のひと時に憧れを抱いていた。
「所で試合の日って、いつ頃?」
唐突に橘が聞いて来たので、予定では二週間後と言われていたと答えると…。
「それなら、肩慣らしにでも、どこかと一戦交えたっていいんじゃないか?」
『…!?』
勝浦は思わず気が動転したが言う迄もなく、試合回数は多いにこした事はないので、その前に対戦を済ませるという事に迄は、気が付かなかった。プライドを掲げて何も無理に、一試合限定に絞る必要も無かったので、勝手な解釈を元に少しだけ笑みを浮かべると、強引に橘の意見を通すべく取り計らいを始めた。
「そうと決まったら早速、一番早く試合が組めそうな学校と交渉して来るから。みんな良かったな、観光バスだぞ!」
『イェーイ!』と叫びながら勝手に部室を飛び出して行くと、全員は呆気に取られてしまった。何が一体『そうと決まったら』なのかと、そう言う段階でしかなかった。結局は中崎のチームと対戦する前に、二つの学校との対戦が締結する事となり、最終的には、夢と現実の両方を取った事になる。
そして夢の待遇で挑ませて貰った二試合は、共に快勝で幕を閉じ、失点は幾等かあったものの、課題が残ったという迄には至らなかった。元を辿れば二年生が一人だけの、一年生チームという編制に目を付けられたからこそ、各校から挑戦状が殺到した。いずれの相手も、まず自分達が勝てると確信を持って、挑んで来たに違いなかった。
それは思い過ごしにも程があるという現実を、試合開始後になってから、知らされる羽目となった。長井達が中学校時代から、基礎経験を積んでいた事実迄は、あまり知られていないのである。勝利の余韻を味わって、自信を付ける予定のつもりが逆に、相手の長井達にステータスが分配されてしまった。
一年生が殆どを占める編制は、弱小チームに過ぎないというのは、とんだ先入観なのである。キャリアの長さは伊達ではなく、意外な強さを、大会前にアピールする結果にもなった。やがて二試合目の帰りのバスの中では、すっかり全員、上機嫌になっていた。
「いよいよ次は電々工業だ。勿論、中崎は出るんだろう?もし今更、出ない何て言い出したら、ドタキャンしちゃおうゼ!」
そう長井が言うと、部員達は揃って歓声を上げたので、勝浦は、勝手な進行を取り決められてはと困惑し出した。
「先生!早い内に向こうの学校に確認を取ってくれないと、手遅れになっちゃうからさ。本当だよ、脅し何かじゃないから!」
余裕の二連勝の上に行きも帰りも、ゆったりスペースのバスに踏ん反り返っている事が、こうも態度迄をも変貌させてしまった。林が連動して言うと、全員が再び歓声を上げ、勝浦が用意した以前のバスの車内では、考えられない事態だった。
『何を調子に乗っているんだ、この馬鹿野郎ども!こっちは使いっ走りなんかじゃないし、誰のお陰で、こんな待遇で試合ができたと思っているのか?』
このバスを、本当のリムジンと勘違いしては困ると、勝浦は心の中で叫んでいた。次の試合では、今の状態の心構えで挑む訳には行かない事を、全員が自覚している筈だった。
この二試合は、殆ど三年生を相手にしていたとはいえ、並のクラスであったからこそ、さほどの苦労も無く勝てただけの事だった。キャリアの豊富さだけでは、勝利の優良材料として、必ずしも通用しないのである。
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