第23話 バスの中は怒り大爆発

試合の出発当日、勝浦は、大きなダンボールの運搬を部員達には内緒で、マネージャー達だけに手伝わせていた。

「先生、この中身、何が入っているの?」

「秘密だ、秘密。」

千秋が汗を拭いながら聞いたが、秘密とは言われても、こんな大きな荷物は普通、男子が運ぶものではないだろうかと思った。不満を漏らしながら移動用のバスの前迄、運び終えると、勝浦は出発を待ちかねていた部員達に、やっと謎の箱を開かせた。

「こ、これは…?」

「今日は、これを着て試合に出てほしい。」

試合迄に間に合うかどうか、ギリギリの今朝になって届いた『謎の箱』は、お揃いのユニフォームだった。長井は震える手で中に入っていた物を取り出すと、他の部員達も自分の守備位置を指す、背番号を慌しく探し出した。全員に行き渡り、手に取って広げると…。

「先生。何で、これ斜めのストライプが入っているんだ?」

林が、疑問を投げ掛けた。紺色の生地に、黄色と黄緑の太いストライプが二本、左肩から右の脇腹にかけて入っていた。とてもではないがスタンダードな、ラグビー用のユニフォームには見えないものだが、それがポイントで、デザインの考案に苦労したと言った。

「えっ、先生のデザイン?特注?」

星が問い掛けると、自身満々でうなずいた。

「これバレーボール用のデザインじゃ…。」

早坂が言うと大半の部員が、徐々に不満を漏らし始めた挙句、新品はゴワゴワしている上に薬臭いので、一回は洗濯が必要だと言う意見迄も出始めた。一応は一回り大きい、ゆったり目のサイズには出来ていた。もし体にピッタリフィットする、サイズに仕上がっていたら、まさしく昭和のバレーボールの、ユニフォームで通用するものだった。

「先生は、よく分かっていない。」

前田が指摘したが、いまいちピンとは来なかった様で、上着は単色か、体を太く見せる為に横縞の柄を使うのが普通だった。顧問を任されている今日の時点で、まともなラグビー観戦などした事が無かった故の、認識さから来るものだった。そう言われてみれば確かに、ユニフォームには横の縞々模様を用いるチームが、殆どの様な印象があった。

自称『理化学専攻』で有りながら、目の錯覚を利用したラグビー界の常識を、初めて知らされた。この分野では、それだけド素人という事になるが、不満ばかり漏らしている部員達に、長井は怒りを覚えた。

「いい加減にしろ!せっかく先生がチームの為に用意してくれたんだから、これが今日から俺達のユニフォームだ!文句がある奴は、パンツ一丁で試合に出ろ!」

「そうよ!それに今の部費で、こんなに沢山のユニフォームが、賄えるとは思えないわ。きっと先生が自腹を切ってくれたってぐらいの事が、どうして分からないの?」

藍子も言うと部員達は途端に静まり、渋々とバスに乗り込み出したので、勝浦は、ホッと胸を撫で下ろし運転席に着いた。対戦校へは、かなりの山道が続き進めば進む程に険しくなり、まるで道が無くなって行く様だった。しかも、ただでさえ乗り心地の悪いバスで以前、大会の見学に行く際に一度だけ乗車済みだが、中々乗り慣れる事はできなかった。

出発して二時間以上が経過すると、これでは乗り疲れで、着いた頃には試合どころではなくなってしまうと、部員達はわめき出した。ユニフォームの件の次は、予想はしていたが、移動バスの質の悪さで不満が募った。これでは運転に差し支えると思った勝浦は、気晴らしに、とある実話を語り始めた。

それは遥か昔の日本選手権での、社会人チームに関する話しだった…。連日連夜の肉体労働を終えた直後だというのに、夜行列車で、試合の度に遠い東北から上京を果たしていた。試合は着いた当日に行われた為、結果は当然、散々足るものだった。新幹線などといった、手軽な移動手段が無かった、当時の時代背景を物語る出来事だった。

「ホント、いい話しだわぁ…。」

本心かどうかは定かでないが、佳織は、感動のあまり涙を浮かべながら聞いていた。藍子と千秋も、今の話しから何かを学ぶべきと、ひたすらうなずいていた。

「それと比べれば、数時間ばかりのバス移動なんて、楽な方だとは思わないか?みんなはゆうべ、ちゃんと眠ったんだろう?」

しかし部員達には、かなりの不評で、かえって逆効果になってしまった。

「先生それ、いつの話しなんだ?今どき高校球児だって、甲子園迄の移動手段に、飛行機を使っている学校もあるじゃないか。」

佐野を皮切りに、みんなは賛同して各自、言いたい放題を始めた。時代が違うと言えば、それ迄だが見かねた長井は、再び怒りを覚え大声を張り上げた。

「こっちは招待されて行くんだ!このバスのガソリン代だって、向こうの学校が出してくれたって言うじゃないか。確かに乗り心地が悪くても、誰が用意して運転迄、してくれていると思っているんだ!贅沢を言うなら、今すぐ降りて走って移動しろ!」

「そうよ、情けないわよ。私達が陸上部にいた頃は、学校でバスなんか用意して貰えなかったのよ。」

千秋は言った。あの時と比べれば、全員が揃って乗り物で移動できる事が、どれだけ恵まれた手段であるかは、計り知れなかった。

『果たして目的地迄、無事に到着できるのだろうか?』

そんな不安さえ確かに予測されるが、苛酷な環境を乗り越えて来た、藍子と千秋にしてみれば、このバスはリムジンにも匹敵する文明の利器だった。そういった例えが果たして、勝浦を弁護している意味合いになるかどうかには、大きな疑問があった。感謝されているのか、それとも単に、お情けで慰められているのか、判別が付かなかった。

では始めから、今日の対戦相手を、自分達の学校に招待した方が、こういった不満も上がらずに済んでいたかも知れない。しかし受け入れ態勢が無いのが現状で、比べて今から行く相手校には、憧れのゴールポストがそびえ立つ、グランドがあった。あるのと無いのでは、当然ある方を選ぶのが必然的な道なのだが、その整った場所を提供して貰う為に、移動にリスクを掛けなければならなかった。

「河野と箕田を、少しは見習うんだ。さっきから必死で、ルールブックに目を通しているじゃないか。こんな本の一冊でも持って来た奴、誰もいないじゃないか。」

長井が言うと、誰も不平不満は漏らさなくなったが、その直後、バスはガタッと大きく揺れ出した。拍子に半分、口が空いていた長井のバックから何かがポロッと落ち、本の様に見えたが藍子が拾い上げると…。

「何これ?」

それは、うっかり持って来てしまっていた、怪しげなビニールに包まれた雑誌だった。

「サイテーだ、サイテーだよキャプテン!みんな!こんな雑誌の一冊でも持って来た奴、他にいるか?!」

橘は言いながら、その本を高々と掲げて、はやし立てるのだった。あまりの言動の違いに、藍子達からも敬遠されつつあり、もはやキャプテンとしての説得力を持たなくなった。散々、説教を唱えた自分こそ一体、何をしに来たのかと、非難を浴びるだけとなった。

勝浦は『それ』を扱っている自販機が、どこにあるのかを本気で尋ね始め、決して場を和ませる為の冗談などではなかったせいか、バスは若干ながら道を外れ始めた…。

「みんな静かにしてくれ!これから遠足に行くんじゃないんだからな!」

沈黙を破った、箕田が言った。一番最後に入部を果たした、いわば新米なのだが、その言葉には誰も逆らえなかった。朝早く出たつもりが、すっかり昼を過ぎていたが、到着すると目の前には、ゴールポストが建つラグビー部専用のグランドがあった。

「聞いた事もない、ド田舎なのに自分達とは比べ物にならないぐらい、凄い設備だ。」

星は、そう呟きながら一人で勝手に、ズカズカとグランドに入り込んで行った。ド田舎に何故、こんな見合わない綺麗なグランドが、存在するのか疑問だった。

山奥だから、あまり激しい練習や実戦をしていないせいで、グランドが傷んでいないに違いない。勝手な妄想で『ド田舎発言』を連発していたので、みんなは止め様としたが…。

「うるさいな!こうして眺めているだけなんだから、何も減ったりはしないだろう!大して使われてないみたいだし、どうせなら、見物でもしないと勿体無いじゃないか。」

そう声を張り上げながら、後ろを振り返ると、対戦校の面々が既に勢揃いしていた。この町の高校は、毎年の入学生の殆どが、地元の町内の中学生で占められていた。運動部を強化する為の、推薦入学もしていないのだが、何故か設備だけは立派だった。

田舎は安価で土地を買い上げられるから、浮いた分を、こういった設備費に捻出したに違いない。何となく事情を知った長井達は共通して、高校生らしからぬ発想を抱いていた。

勝浦にとっても、こんな恵まれた設備は魅力的で、早朝に不法侵入者の様にグランドに忍び込んで、コソコソと練習するなんてまっぴらだった。まさに今、眼中に焼き付いている光景は、理想的な学校そのものだった。

やはり練習とは、伸び伸びと励むのが普通であり、当たり前の事が何故かできないのが現状だった。夏休み中は、普段は自分達が通う学校だと言うのに、同校の教員や生徒の目を盗んで、グランドを使用していた。できれば、もっとすがすがしい想いを巡らせて、部員達を練習に集中させたい…。

向こうも自分達と同じく、部員数が十五人ちょうどのチームで、部を創設して以来、初めてフルメンバーでの試合となった。大半は三年生で構成されていたが、見た感じは、あまり体型的にも強そうには思えなかった。

箕田は、河野と揃えてスクラムの中列に位置する、ロックにポジションを置いた。そこが一番、無難だろうと考えた長井が、その守備位置で練習させていた。開始の時間になり、グランドに整列した後は、前回の試合と違って辛さを感じなかったせいか、時間の経過が早い様に思えた。

この間の試合とは打って変わって、ボールの主導権を終始、握ったまま相手陣地に攻めて行った。トライを決めたのは開始から僅か数分後で、その後も追加点を上げて行き前半は終わると、ハーフタイムで長井は言った。

「特に言う事は何もない!以上!」

「だから何が言いたい訳?」

佳織が言った。もし少しでも気の緩みが生じでもしたら、必然的に、勝つべき試合が勝てなくなる。間違っても気を抜いてはいけない、という事を言いたかったのだが、あまりにも表現は端折り過ぎていた。この後も取れるだけ取って、絶対にゼロで抑えるんだとの掛け声と共に、後半に入った。

そうなるとボールに触れる機会が無いと思われた、河野と箕田に迄、回る事が多くなった。やがて終了間際、恐らく最後のプレーのトライを決めたが、ある提案を長井は出した。本来なら及川が蹴る筈の所を、何を思ったか箕田に、ゴールキックをやらせようと試みた。

『取れるだけ点を得て気を緩めるなと率先して言ったのは誰なのか?』

口々に出た部員達の反対を強引に押し切り、あまり乗り気ではなかった箕田が蹴ると、ボールは僅かにゴールポストを外れ、やはり入る事は無かった。まんざら蹴り方が下手ではなく、惜しいと言えば惜しいのだが、結果的に成功しなければ、何の意味も成さなかった。

ちょうど時間となり圧勝で終わったものの、最後のキャプテンの采配に、部員達は不満を隠せなかった。得点差に余裕がなかったら絶対、やらせていなかった筈であり『最大の被害者』である及川が、試合後に怒鳴り出した。

「最後迄、手を抜くなって言ったのは誰なんだ!俺が蹴ってさえいれば、絶対に入っていたっていうのに!」

勝浦が運転する帰りのバスの中は、反省会の領域を超えた大激論会会場と化していたが、長井は、さすがに強気には出られなかった。全ては自己の判断ミスと解釈される指示を、独断で決行した為、反論などできる訳がなかった。『予備のキック要員が他にいてもいいんじゃないかと思った』が、理由だったが…。

本来のゴールキッカーに万が一の事が有った場合、代替がいないのは確かで、長井自身も普段はスクラムに回っている為、コンバージョンキックは上手くはなかった。尚更、常時『それ専門』の選手の確保が必要になって来るのは、明確な答えだった。

「それなら、他の部員の中から選んでくれれば良かったんだ。河野と箕田には悪い言い方だけれど、やっぱり俺達の方が、ちょっとだけ上手いんだ。」

及川は、当然の様に言い返した。

「蹴ったのは俺だから、どう考えたって外した方が悪いに決まっている。」

キャプテンの弁護や格好を付けているのではなく、本当に自分の非力さが招いた結果なので、そんなに責めないでほしいと思った彼の主張は、あっさり崩される事となった。

「そういう事を聞きたいんじゃないんだ!確かに余裕で勝てた試合かも知れないけれど、いきなり初心者に、ぶっつけ本番をさせた事を許せないって言っているんだ!」

佐野が言った。誰も、キャプテンの指示で動かされただけに過ぎない箕田を、責めるつもりなど更々無かった。問題なのは、決して油断するなと率先して言っていた筈の、長井の無謀な采配だった。本当に、単なる『余裕ぶっこき』の遊び心であったのだろうか?

実は江原だけは答えを知っていて『いつも何を見ていたって!?』と全員、一斉に耳を傾け始めた。箕田は練習が終わった後、一人残り、ゴールキックに打ち込んでいたらしい。もしも試合中という、とっさの状況下で、ゴールキック職人の代役を選出するとしたら…。

河野も箕田も仲間である事に変わりはないが、長井を慕って入部を果たした訳ではなく、経緯は少しだけ違った。やはり本当に信頼を置けるのは、中学時代からの生え抜きである元来の後輩達の方で、誰かに聞かれる迄もなく、その中から迷わず指名していた筈だった。

それでも、あえて箕田に白羽の矢を立てたのは、多分キャプテンも、その練習現場を目撃していたからに違いない。そう江原は推測したが、ここで大きな疑問が生じる。ただでさえ普段は、あらゆるスパイクシューズでの、出入りが禁止のグランドだった。

『激しいキック練習が可能なゴールポストが、一体どこに有るというのか?』

答えは国旗掲揚塔を、ゴールポストに見立てて練習していたのだった。大概の学校には、校舎とグランドの境目に立つ、言う迄もなく、かなり『神聖たるもの』である…。位置的にいって上手くボールが命中できないと、場合によっては校舎の窓ガラスを直撃するので、バチ当たりにも程がある練習なのだが、自分達の学校には代わる物は他に無かった。

決して、ゼロではない確率に賭けてみる事は果たして、どこ迄が許されるのかという課題だけが残った。事情を聞かされた部員達は、渋々ながらも理解を示し始めた。

結果的には納得できないまま、後味がスッキリしない勝ち方で終わったが、今日の試合では、確かに何かを掴んだ気がした。単に、得点を積み上げて勝つ事だけが全てではない筈だと、長井は思うのだった。

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