第17話 崩壊した絶対エース
次の日の練習に、河野は姿を見せなかった。朝から授業は受けていたし、早退もしていないので、要するに練習をスッポかした事になる。この事態に一番、焦ったのは山元だった。
「じゃあ、もう帰ったのかなぁ。」
キャプテンが急に狂い出さない事を願ったが、あっさり長井は言ったので、どうやらそれはなかった。授業をキチンと受けてから帰ったというなら、まだ放課後になったばかりなので、学校から、そう遠くは離れて行っていない筈だった。どうせ練習はジョギングなので、そのついでに全員で、呼び戻しに行こうという事になったが、江原だけは残った。
長井を引き止め、箕田と言う河野と同じ中学出身の生徒がいて、何か有りそうだとの昨日の件を話した。中学の時、二人は野球をやっていたらしく、もしかしたら箕田は河野を追い駆ける為だけに、入校して来たのかも知れない。何より気になるのは、その二人の間に立つ女子生徒と、手荒な連中の存在だった。
長井も元々は野球部の出身で、江原を始めとする今の後輩達は、自分を追い駆ける様に、この学校に入学を果たした。あまりにも境遇が自分と酷似していて、そんな話しが本当に、幾つもあるものだろうかと思った。正確には、ラーメンをおごって悪ノリさせたのだが…。
一方、探しに出た山元には、ある勘が働いていて、きっと駅の方に向かえば箕田と揃って居るかも知れない。予想は見事に当たり昨日と同様、本当に二人揃って駅の前で何かを話していたので、それを早坂が急いで部室に戻って、長井に報告するのだった。
「えっ?駅で箕田と話しているって?凄い情報じゃないか。よぉし江原、行くぞ!」
そして部員全員が、その駅に到着すると、山元に、どこに河野がいるのかを指された。
「よぉ!何を話しているんだ?大事な話しなら、ウチの部室を貸してやってもいい。」
突拍子もない聞き方にも程があり、長井は部員達を待たせて、一人だけで向かって行った。そんな光景を見せられた部員達は全員、顔を覆うと、やはりキャプテン一人に任せるべきではなかったと思った。大方の予想通り、箕田は突然に現れた長井に、いい印象を持たなかった。とても、まともに話しなど聞いて貰えそうな雰囲気では無かった。
「何だよ一体!今、俺達だけで話し合っているんだ。引っ込んでてくれないか!」
かなり気が立っていた取り込み中の所へ、いきなり割って入ったので、余計ヒートさせてしまった様だった。一応、先輩ではあるものの、どうやら箕田にとっては関係無いらしい。そう察すると、何だか無性に腹が立って来たのだが、それを言ってもしょうがなかった。ここはキャプテンらしく、上手く取りまとめなければならないと思った。
「河野、みんなが待っているし、もう練習は始まっているんだ。もし今日は休むなら、クラスの山元にでも言っててくれないと、困るじゃないか。」
だが本人の口から何等かの返答が出る事は無く、それを代弁する様に箕田が言い返した。
「見れば分かるだろう!コイツは今日、休むってよ。」
思わず自分がヒートしそうになってしまったが、興奮するあまり、何を言い返したらいいのか言葉に詰まった。そこで一旦、部員達が固まっている所へと引き下がった。
「おいおい一体、何々だ!感じ悪いにも程があるじゃないか!」
そのセリフは、初めて箕田と接した直後の後輩達の感想、そのままだった。
「俺が河野を引き止める為に、散々振り回された理由、分かって貰えたと思う。あんまり後輩に苦労を押し付けるのは、やめてほしいんだ…。」
そう山元が低い口調で言うと、全員から一斉に、鋭い視線を浴びせられてしまった。去年は執拗な迄に、先輩達からの理不尽な扱いを受け続けていた。今度は、やっと二年生に上がったと思った矢先、非常にアクの強い後輩に、手を焼かされるハメになった。
とにかく、もう一度、戻って何とか上手な説得方法を考えなければならず、再び箕田の前へと走って行った。どうして、いつも板挟みにならなければならないのかと、自分の境遇を恨んだ。
「まだ何か?」
「お前には聞いていない、黙って休まれるのは困るって言っているんだ。それと、どうして河野の練習が終わるのを、待ってはやらないんだ?無断で休ませて迄しないといけない話しなら、今から聞いてやるよ。」
河野が部員である以上は当然、勝手な行動に目をつぶる訳には行かないので、そう仕向けさせた箕田には尚更、黙ってはいられなかった。もし二人が過去に野球部で活動していたというのなら、スポーツマンしての、その辺のメリハリは自分達が、よく知っている筈だった。それに気付いたのか箕田は、あまり大きな態度には出なくなった。
「じゃあ今日は、じっくり二人で話し合えばいい。練習に戻って来るのは、それが済んでからでいいから。一応、明日待っている。休んだり辞めたりするのは自由だけれど、せめて連絡ぐらいはしてほしい。」
そう言うと再び部員達の元へ戻ったが、山元と早坂を始め、みんなから責め立てられた。
「どうして、あっさり戻って来たんだよ!」
「ひょっとして箕田に脅しでも掛けられて、引き揚げて来たんじゃないのか?」
「何か、本人達なりの事情があるんだろうよ。とにかく今日は、放っておいてやろう。」
しかし次の日から『休む』とも『辞める』とも全然、言って来ないまま、河野が練習に顔を出す事はなかった。ハッキリとした意思を示して欲しいと、詰め寄りたいのは山々だったが長井自らが、そうしない様に部員達を止めていた。向こうから何かを言って来るのを、待つつもりでいたので、勝手に世話係りを任されている同じクラスの山元には、かなり迷惑な話しだった。
「いつ迄、放っておくんだ?」
練習が終わったある日、山元は聞いた。教室では全く話し掛けられない状態になり、気難しい空気が漂う中を、過ごさなければならなかった。『彼を信じている』と長井は言い返すしかなく、今は多分、箕田と何かがあって、練習に顔を出しづらいに違いない。それが落ち着いたら、きっと戻って来ると思った。
「そんな事を言ったって、まだ練習を一回しか出ていないじゃないか!」
今度は前田が言ったが、入部をしたいと言って初めてやって来た日が、河野にとっての唯一の活動日だった。しかも挨拶に来ていただけなので、ジョギングすらやらせていない上、実質なんの練習もしないまま今日迄、無断で休まれていた。
『休むにしても辞めるにしても、まずは連絡を…。』
そんな緩和した約束さえ、守ってはくれていないにも関わらず、どうして信用などできるだろうか。一番に感じている山元は、さっさと本人に、続ける意思があるのかどうかを決めさせた方がいいと、強く出張した。これ以上、キャプテンの一存で、世話役や監視役の真似事をやらされるのは、まっぴらだった。
「じゃあ機会があったら河野を捕まえて、何か話しを聞いていてほしい。決して続けるかどうかを詰め寄るんじゃなくて、その後、話した事を聞かせてほしい。」
『無神経にも程がある!』
話し掛けてもいいと言われれば、とっくに誰かがやっていたので、山元は、やり切れない溜息を吐いた。早速、次の日、江原と手を組んで河野の通学路を狙った。練習はサボっての行動だが、こうでもしないと接触は計れないので、キャプテンには目をつぶって貰わないといけない。やっと一人でいた所を捕まえると、強引にラーメン屋に誘った。
「いや、別に空腹じゃないから…。」
「心配は要らない、俺達が出すから。キャプテンにも、新入りは大事に扱えって言われてるんだ。」
『いや、だから腹は減ってないって言っているじゃないか。しつこいなぁ…。』
江原の取り計らいに、そう呟いて反論した頃には、強引にラーメン屋の席に座らされていた。意思に反した行動を取らされた事から、オドオドしていると、山元が安心させ様と、こう言った。
「練習に顔を出していない事を気にしているんだろう?大丈夫だって、誰も怒ってなんかいないから。」
内心は、メチャメチャ怒っていた。お陰で、こうして練習時間を削られている他、散々だった。今それを露にすると、せっかく彼を捕まえたのが水の泡になってしまうので、必死で抑えた。ある事を河野は恐れていて、自分が呼び止められた理由が、本当に『新入りの大歓迎』ではない事にも勘付いていた。
「野球やってたんだって?その話し、聞かせてほしいなぁ…。」
「いや別に、大した事じゃないから…。」
江原の質問を何とか、ごまかし通そうとしたのだが、こう続けて聞かれてしまった。
「箕田って言う友達は、同じ部員だったんじゃないのか?ポジションは?そのぐらい、教えてくれたっていいだろう。」
彼が恐れていたものとは、こうして箕田との経緯を追求される事で、もう観念して聞かれた事は全部、話してしまおうと思った。確か箕田は、あのトラブルに遭った見返りに、昔の事は喋っても構わないと、自ら許可を出していた。
話しは、自分達は幼なじみだったという所から始まった。野球は、小学校の時から共に始めたもので、箕田がピッチャー、自分はキャッチャーだった。中学時代は全国大会にも出場した程ではあったが、それは箕田が一人で、チームを引っ張っていた様な存在であったからこそ、成し得たものだった。
いつも自分は、彼が投げて来るボールを、ただキャッチすればよかった。守備に就いている仲間も、立ってさえいれば勝つ試合に遭遇できるという、ちょっと想像が付かないもので、まさに試合は箕田の独り舞台で成り立っていた。しかし一つのチームは、いつ迄も、そんな状態を続けられなかった。
『野球は一人でやるものではないので、仲間に信頼を置かない彼に、どうして、そのポジションが任せられるだろうか?どんなに腕利きのピッチャーでも、必ず打たれる場面がある…。』
そういった声は、常に挙がっていたのだが、絶対的な固定概念があった箕田の耳には、決して届く事が無かった言葉だった。野球とは、打たれさえしなければピッチャー一人で成り立つものではなく、完全無欠のエースなんて、結局は支える仲間がいてこそ存在するものだった。あくまでも、自分の実力で上を目指したいと願う部員の多くは、次々と箕田の前から去って行った。
残ったのは結局、いい夢さえ見れればいいという考えしか持たない部員や、河野の様な謙虚な性格の部員ばかりで、これは必然的な流れだった。箕田のプレー方針に、賛同できずに辞めて行った部員達は、行き場を失った。
そこで派閥組が寄り集まり、同じ中学校内に、もう一つの野球部ができ上がってしまった。勿論、既に存在する部との共存は認められない為、正式な部とはならずに、活動せざるを得なかった。それでも中学生として最後の年にあたる去年、派閥組は立ち上がった。これは、ちょうど長井が、陸上部で上級生達に翻弄されている時期だった。
『勝ったチームこそが正式な野球部』という、中学生らしからぬ構想と主張を掲げて、箕田派に挑戦して来たのである。当然『余裕で勝てる勝負の範囲内』と確信した彼は、あっさりと勝負を引き受けたが、河野だけは箕田派の中で唯一、試合受諾に異議を唱えた。
本番の決戦に向けて、全力で練習に打ち込む派閥組に対して、仲間の殆どは、大した危機感を持たずに過ごしていたからだった。きっと、エースが全てをやってくれるという、安易な心構えに支配されていたに違いない。
「いつも派閥組が言っていたじゃないか?勝つ為には、チーム力は不可欠なんだ。こんな状態で、勝負になる訳がない…。」
当たり前の河野の意見に、誰も耳を傾けなかったばかりか、箕田は投球練習はしていたものの、エース自らが愚鈍な策をバラ撒いた。
「いつも俺のお陰で勝って来たんだから、あんなナマクラ補欠チーム相手に、真面目に練習する必要なんかないんだ。」
それが、もう口癖になっていて、やがて箕田派対派閥組が対戦する、本番がやって来た。お互い、来年からの活動に繋げる後輩達を抱えていた為、死活問題に匹敵する勝負だった。勝った方が、その年からの全大会の出場権を握る事になる…。
嫌な予感は現実になり、箕田派の仲間達は、平凡なフライやゴロすら取り逃がすという、考えられないエラーを連発した。やがて両チーム無得点のまま、最終回を迎えた。勝てる勝負の範囲内だと、余裕を持ち過ぎた箕田派の仲間達にとっては、想定外の苦戦となった。
ある場面で、強打者と思われる相手がバッターボックスに立ったので、河野は『打たせて捕れ』というサインを出した。ややストライクゾーンを外した球ばかり投げれば、無理に打たれても、せいぜい一塁打止まりになる。
敬遠という手もあったが、箕田が普段から『逃げの手段』だと言って一番、嫌っていた。ど真ん中を投げるのは、避けた方が無難だと思っての事だったが、こんなプライドが後々、チームを破滅へ追いやる原因の一つになった。実はサインの『やりとり』自体が、日頃から二人の間には存在していなかった。
守備に就いている仲間に、もはや信頼を置けなくなっていた箕田は、出したサインとは違う、とんでもない豪速球を投げて来た。ヘタに打たれて、仲間にエラーされるのが怖かったからで、きっと絶対に打てない球を投げて、三振でも狙おうと考えたに違いない。
自らの手で、試合に終止符を打とうとしたのだろうが、仲間を仲間と思わなくなったエースの、成れの果てのスタンドプレーだった。その一球は試合ではなく、河野との信頼関係に、終止符を打つものとなった…。
意表を突かれた河野は捕り損ねてしまい、おまけにボールが脇腹に当たり、肋骨が折れて退場する結果になった。他に捕手に就ける仲間はいなかった為、無理矢理、野手をコンバートさせる事になった。だが満足に代わりは務まらず、まともに投球が捕球できない上、他の守備位置の仲間のミスも連発した。
もし彼が、敬遠という手段を聞き入れられる性格だったら…。それが無理なら、素直にサインに従ってくれてさえいれば…。原因は、数え上げればキリがなかったが、余裕で受けた筈の試合は、見事に惨敗で終わった。元々、全員が最初から、河野の警告に耳を傾けてさえいれば、防げた筈の事態でもあった。
窮地に立たされていた派閥組と、周囲から認可されている『野球部』という名の安全椅子に、ゆったりと腰掛けていた箕田派では、日頃から背負っているものが違い過ぎていた。歴然とした差が明るみになった事で、互いの意気込みのバロメーターは、こうも正確に結果を出したのだった。
河野は以来、捕手は勿論、野球自体に抵抗を感じる様になった。やってできないという事ではないが、彼がピッチャーをやる限りは、絶対に就きたくはなかった。次第に、バッターボックスに立つ事さえ怖くなって行き、ボールへの恐怖心ができてしまったと同時に、彼への信頼感をも無くしてしまったのである。
箕田は異常なぐらい勝負心が強く、意表を突いてスタンドプレーに走る事は、決して珍しくはなかった。その試合以前にも、よくあった事で、派閥ができる前の当初は河野に限らず、他の仲間も相当に悩まされていた。当時の野球部は、彼無くしてはチームは成り立たなかった為、誰一人として反発できなかった。そんな部の有り方に、終止符を打とうと決起したのが派閥組だった。
河野が野球部を去った後、部の実権は公約通り、派閥組に渡った事で、今度は箕田派が『派閥組』扱いになってしまった。『泣いて謝るなら仲間に入れてやる』という話しは出たものの、それに本当にすがった仲間がいたかどうか迄は、河野は関知していない。
「もう一度、野球をやろう。今度は高校で、一緒に甲子園を目指せばいい。一から、やり直すんだ…。」
箕田派が自然解散になってからというもの、彼は何度も、そう誘って来た。であれば何故、あのサインを受け入れられなかったのかを、明確にしてほしかった。自分が一番、その答えを知っている筈だから…。
「願望を言い通す前に、どうしてこうなったかをいい加減、よく考えてほしい。」
そう言い返したものの、彼は言い訳がましく『打たせて捕れ』ではなく『思いきり勝負しろ』と自分には受け取れたと、下手な理屈を述べて来た。そこで愛想が尽き、彼の元を離れる事を決意したので、野球とは関係無さそうな高校を探して、今の学校に辿り着いた。
だが箕田の執念は絶える事は無く、野球を続けられる保証が殆ど乏しい、河野と同じ高校を選んだ。江原の予想通り、彼は河野を追い駆ける為だけに、この学校に入って来た。
ちなみに一緒に同行していた女子生徒は、瀬戸美幸といって、当時の彼等のマネージャーだった。彼女の場合は、箕田に好意を寄せていた為、彼の方を追い駆ける様に入学を果たしていた。箕田派のメンバーとは、殆どがエースの存在無しでは、機能できないという部員ばかりだった。
その為か活動全盛期の当時、メンバー内では、あるとんでもない計画が持ち上がっていた。それは、大してレベルが高くない野球部が存在する高校を、適当に検索して、そこに箕田派が一斉になだれ込むというものだった。目的は言う迄もなく、箕田の独り舞台に頼る、乗っ取りだった。それ程に強くなければ、どこでも良かったのだが、その前に肝心の派が消滅してしまった為、実行できなくなった。
やはり悪意のある計画とは、栄える以前に朽ち果てる運命にあった。結局は中学卒業後は各々、自分の進路を考え直して、バラバラに散って行く事となった。
『どうして計画は実行できなかったのか?』
まだ甘い夢から醒め切れていなかった、一部の箕田派のメンバー達が抱いていた、未練がましい考えが残っていた。最終的に、ある共通の答えに辿り着いたのだが、非常に身勝手極まるものだった。
『あの試合は河野が取り損ねて、退場さえしていなければ勝てていたかも知れない。』
まるで『河野の失態』という日頃から、かき立てていた卑劣な妄想は暴発を起こし、そこで起こったのが、この間の駅裏の一件だった。長井達の前に現れた、あの手荒な連中とは、甘い汁が吸えなかった、行き場を失った箕田派メンバーの残党だったのである。
河野は当初から、派のメンバー達からは好かれていなかった。常に自意識過剰な箕田に対して唯一、注意を促す発言力があった立場であった事が、そういう状況を生んでいた。
勿論、美幸からも快くは思われていなかったので、あの現場で『散々悩まされていた』と箕田に訴えたのは、そんな理由からだった。彼女にしてみても河野は、憧れの王子様から野球を奪った、張本人に過ぎなかった。
仮にも、同じく箕田派の残党ではあるので、あの連中と思想は全く変わらない。河野は、そう思われている事に気付いたからこそ、何一つ言い返さなかった。自分の正義感は、愚鈍の策を維持する当時の野球部には、必要とされてはいなかった事にも、今頃になって気が付かされたのだった。
どうして心神深く傷付いた状態で、ラグビーなどやろうと思い立ったのかとなるが、入部自体が本来の目的ではなく、とっさに考え付いた『言い訳が立つ方法』の一つに過ぎなかった。箕田が、後を追って来る情報をあらかじめ知り得たので、何か間に壁を置く事で、自分を諦めさせ様としたからだった。
不純な動機ながら絶対に彼なら、まず立ち入らないと予想される部に入りさえすれば、付きまとわれる心配はないと思っての事だった。行動に出ようとしたきっかけは、長井が部を設立しようとした当初に起きた、体育館の裏での一件だった。河野も騒ぎを聞き付けて、一部始終を傍観していた一人だった。
そこで初めてラグビー部の存在を知り、窮地に立たされた自分に使えないかと、場当たり的にひらめいて今日に至った。自分には結局、新しく何かをやれる程の器量は無く、正面からぶつかって行ける勇気も無かった。
あるのは、必死で過去を捨てたかったからという、身勝手で、いい加減な理由だけだった。今日迄、誰にも話す事の無かった経緯を、殴られるのは覚悟の上で、全て言い尽くした。
「別に殴ったり何かはしない。ただ、どんなきっかけにしたって、入った以上は練習に来て貰わないと困る。どうしても辞めたいって言うのなら止めないし、その箕田を説得して解決するのなら、俺達が手伝う。」
江原は提案したが、気遣いは既に必要が無くなっていた。やっぱり目的がないまま続ける事はできないので、入部は考え直したい、という答えに辿り着いていた。色々と迷惑を掛けた事は償えないが、こんな気持ちのまま練習には参加できないし、ケガをするだけだとも思った。
「キャプテンが聞いたら泣くよ、ホント。」
その一言に留めた山元は、あえて引き止める様な事は一切、口には出さなかった。ただ本当に辞めるにしても、ケジメとして明日ばかりは、キチンと顔を出して貰いたかった。
その時に今、自分の言った意思を直接、キャプテンに伝えてほしいとだけ伝えたが、それは表向きだった。彼にとってみれば『世話係り』という任務が無くなって、晴れて自分の荷が軽くなる。まさに、こっちが泣きたくなるぐらい嬉しい事なので、格好を付けて引き止めてなんかいられなかった。
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