第14話 同窓会

陸上部の練習に費やしていた時間が削られた分、長井は有り余った体力を発散する様に、同好会に没頭した。というより何かのストレスのはけ口みたいに、ただ暴れまくっているかの様で、昨日迄とは打って変わったキレのある動きに新山は、何かがあったのかと疑問を感じていた。

「どうしたんだ急に?パワーがみなぎっているじゃないか。」

「バカヤローッ!これがいつもの俺なんだよっ!そっちこそモタモタするなよ!」

練習の掛け持ちをしなくなったので、いつも通りの動きが、発揮できる様になっただけだった。とはいえ、仲間のペースを考えずに走りまくっていたので、ただのスタンドプレーになっていた。ちなみに掛け持ち練習していた件は、同好会には結局、話さなかった。決して思い出したくはない、触れられたくもない苦い思い出になっていたからで、もう過ぎた事なので言ってもしょうがないと思った。

そして、いよいよ『その日』を迎えた。会場は道草中学校のグランドで、ゴールポストが無い為、トライのみの得点ルールとなった。本当は、それが備わっている電々工業のグランドを使いたかったが、許可が下りなかった。いつも全日制のラグビー部が練習で使うのと、得体の知れない催しには譲って貰えなかった。

中学生相手なので、お手柔らかに行こう、とは行かない実体不明の試合だった。まともにできるのは長井と新山だけなので、こっちが、お手柔らかにして貰いたいぐらいだった。試合直前、新山が仲間にゲキを飛ばした。

「向こうのチームは全員、俺や長井より実力は上だし、動き迄は読めない。だからどうした!でも、あいつらにラグビー教えたのは俺達なんだ。とにかく胸を借りるつもりで頑張ろう!」

『それじゃ、ゲキを飛ばしているんだか単に、慰めているんだか分からない。それに一体、何を言いたいんだ?』

長井は思ったが、要するに『俺を信じれば間違いは無い』と言いたい様だった。自分がキャプテンをやっていた時には、もっとマシな事を言ったのに、この場のキャプテンは彼なので、部外者同然の自分は何も言い返せなかった。そんな彼も自分も、高校に入ってからは、練習する機会に恵まれない現状が響いている為、実力は相当に落ちている筈だった。

「ケガするだけだから勝とうとは思うな!」

継続してやっている後輩達の方が、どう考えても強いに決まっていた。それが十五人もいるのだから、凄惨な試合になってしまうかも知れない。気遣いのつもりの締め括りの言葉に、同好会のみんなは揃って『これは本当にゲキなのだろうか?』と愚痴を溢していた。

「やっぱり、よく分からないなぁ…。」

長井は呟いたが、これでも新山は事前に打ち合わせをしており、今回の試合のきっかけになった仲里に『あまり本気では掛かって来ないでほしい』とだけ伝えていた。対抗戦というよりは、もっと柔らかい、友好試合を意識したいと考えていたからだった。どこ迄、後輩達が守ってくれるかが心配だが、それは『信頼』として願う他無かった。試合が始まってしまえば、段々とエキサイトして来て…。

打ち合わせをしなければならなかったのは、自己の実力の衰退の他に、ある大きな理由があった。新山は、今日の試合に際して、自分の学校から公認を取っていなかったのである。グランドを貸して貰えなかった上、顧問すら、呼んでも来てくれない状況だった。

元々、無関係の他校の生徒が一人交じっているので、当初から、非公認にせざるを得ない話しではあった。無届けのまま今日に至ってしまったので、この場で怪我をすると、何の保障も無いのである。幾等何でも後輩達が、実力が落ちた今を見計らって、かつての先輩に本気で向って来る何て事は無いと思った。

新山は、そっと後輩達に振り向くと、揃って『ニコッ!』と微笑み返された。それが何とも不気味であり、試合が始まる前から既に、凄惨さが匂う空気に包まれる思いがしていた。真剣さを欠けば当然、成り立たないものであり、やるからには真面目に取り組まないと、仲間のメンバーにも示しが付かない。

さっき迄は確かに思っていたものの、今になって、少し気を抜いた遊びに近いもので有りたいと、小言を漏らさずにはいられなくなった。すぐ隣りにいた長井には、行かなかった同日の陸上の大会が脳裏に浮かび、まるで上の空で聞こえていなかった。

『藍子達はどうしているのか?いい成績が残せなくて先輩達に、またいびられているのではないだろうか?』

仮にも『見捨てられて行けなかった』陸上大会であり、自分がケガをしない事の方を配慮しなければならず、この場では、どうでもいい様な心配事だった。

試合が始まる直前のグランドに整列した時、あるとんでもない考えが浮かんだ。何を思ったか後輩達に向かって、自分達の誰か一人ぐらいは打ち倒すつもりで、どんどんぶつかって来てほしいと言い始めたのだった。

「おい何言ってんだ?そういう試合じゃないって言っただろう!」

新山は、そう肩を強く掴んで言った。

「まぁまぁ…。もし今日の試合で俺達に勝ったら帰りにラーメンおごってやるから!」

「あーっ!?」

新山達メンバーは、声を揃えて言った。一体、何を血迷って後輩達に働き掛けているのかと、呟かずにはいられなかった。

「但し、もしそっちが負けたら、来年は俺の学校に来るんだ。」

「あーっ!?」

新山達は再び口を揃えたが、後輩達も勝手に進行する話しに訳が分からなくなっていた。

「だから、聖ドレミ学園に入学しろって言っているんだよ!」

「あーっ!?」

「さっきからうるさいんだよ!別に、お前等に言っているんじゃないんだから。」

友好試合で済ませ様という、せっかくの取り計らいが、台無しになりつつあった。この場に、私情を挟まれたくはないと頑なに思う新山は、尚更これ以上、長井の言い分を黙って聞いてはいられなかった。

「おい、いい加減にしろよ!さっきから勝手な事ばかり言いやがって!第一、ラーメン代は誰が払うんだ!?」

その言葉を皮切りに、長井は他の同好会のメンバー全員から、一斉に掴み掛かられた。この状態だと収集が付かなくなり、試合に差し支える為、そのまま全員もつれ合う様に一旦、グランドから下がった。勝手な私用を持ち込んだ事が、気に触れてしまったのは言う迄もなく、遂に仲間割れが始まってしまった。

「今日のお前、おかしいぞ!なんだって勧誘なんかするんだ?」

「ああでも言わないと、あいつらは本気にならないじゃないか。年下相手に手抜き勝負をされて、それでみんな満足なのか?」

「だから!そういう真面目な試合はしないって言ったじゃないか!なぁ、みんな…。」

その反応はイマイチで、やはり中学生相手に手を抜かれるのは、口惜しいと思うのが自然だった。そんな試合だったら今日の事は、とても友達とかには話せないし、何の自慢にもならない。呆然とする新山を除く全員が、そう徐々に思い始めていた。

勝負をするからには、勝たなければ意味が無いし、それに対して不安を感じるなら、何か目標を掲げればいい。しばらく沈静が続いた後、最終的には全員が長井の意見に賛成する様になったが、見えない陰に引き込まれ様としているだけだった。

その空気に一番、焦りを感じたのは、どうしても賛同できていない新山だった。今日の試合が、何の保証も無い未公認だという事は今更、話せなかった。今から、ここでやろうとしている事は、課外活動という扱いにすらならない、各自の勝手な趣味の世界の様なものだった。仮に、誰かが骨折なんか負っても、本当に学校は関知しないのである。

「あぁ、分かった。ラーメン代を心配しているんだろう?浮かない顔しなくても、言い出した俺が全部、責任取るから。」

新山にとっては、何の慰めにもなっていなかった挙句、勝手な賭け事迄、作られたので立場が無くなっていた。今日の試合を実現する為に、必死で設定を組んで来たというのに、一体それが誰のお陰かという事を、まるで長井は理解していなかった。

「もう勝手にしろって!ケガして仕事とかに響いたって知らないからな!」

そして、向こうのキックオフで始まったが、ボールを取って突進しても、すぐに捕まってしまうのだった。長井がスクラム陣のリーダーで、新山がバックスのリーダーという、無難な守備配置を取ったものの、二人には中々ボールが回らなかった。理由は『単に回させない様に』後輩達が作戦を組んでいたからで、前半は五本もトライを決められて終わった。

「どうして俺の所に迄、ボールが回って来ないんだ。このままだと、あーっ!」

試合が始まって、まだ一度もボールを触っていない新山は、いささか発狂気味になっていた。主要メンバーが、たった二人しかいないなら、それが狙われるに決まっているので、何も作戦を立てていないとしか言えなかった。

かつての後輩達の面々は、この分なら余裕の勝利は確実ながら、ただ勝つだけでは、つまらないと思い始める様になっていた。絶対に気を抜かないのは勿論、後半は倍の点差の獲得を狙っていた。これでは本当に、全員にラーメンをおごる事になりそうで、哀れな姿を見せ付けている気がしてならなかった。

「お前、最初から覚悟で言ったんじゃなかったのか!『なりそう』も何も、勝てる訳がないんだよ!」

白々しさを感じた新山には、手も足も出ないまま、このまま終わる訳には行かないという焦りがあった。全てを教えた後輩達との差が、予想以上に広がっていたという現実を、身を持って知らされてしまった。仕事と勉強の両立で、普段から思う様に練習ができていなかった事が、とても口惜しかった。

長井も同じ気持ちでいたからこそ、手を抜かれるのが嫌だったので、周りの反感覚悟で、とっさに賭け事の様な話しを持ち出したのだった。この後輩達が来年、本当に自分の高校に入って来てくれたなら、どんなに救われるかは計り知れない。孤立奮闘するしかない、肩身の狭い思いを強いられている、今の自分の学校では、仲間の存在は不可欠だった。

やっぱり、それは自分の願望でしかないかも知れない。高校に入ってからも、今の部を続けたいと考えているなら、きっと中崎が通っている様な学校を選ぶに違いなかった。

「なぁ新山、あれをやろう…。」

後半の、守備位置に着こうとした時だった。

「えっ?『あれ』って、まさか…。でも誰も知らないから、急にはできないだろう?」

「大丈夫だって。とにかく、俺にボールを回してくれればいいんだ。」

そこで後半は、何とか総出で回そうとはしたものの、全て失敗に終わった。その上、やはり新山には前半戦と同様、ボールに触れられる機会が与えられなかった。後輩達の堅いガードは切り崩せないまま、あっと言う間に終盤に差し掛かり、点差は開く一方になっていた。しかし残り時間が五分を切った頃、やっと努力が報われて長井にボールが回った。

「『X作戦』だ!」

ゼロで終わる訳には行かないので、手にした途端に叫ぶと、こんな奥の手を使った。敵が殆どいない所を見計らって、逃げ惑う様に突進して行った。成功させる為に、かつてはサポートする側にいた後輩達にとって、目の前でヤラレたのは初めてだった。

『意表を突かれちゃいましたよ…。』

一瞬、思ったものの果たして即興で組んだ仲間達と、成功させる事は可能なのだろうか、という疑問が湧いていた。ただでさえ、息の合った後輩達がフォローしても、成功率が低いのである。普段から新山以外のメンバーが、この作戦を理解しているとも思えなかった。

これは止められると後輩達は、各々ニヤリとした表情を浮かべると、一斉に長井一人を掴みに掛かった。予想通り同好会の仲間は、どう動いたらいいのかが、分からないといった様子だった。唯一、作戦を理解している新山も、以前より持久力が落ちている為、もうフォローには行けない状態にあった。そんな中で自分の体力も考えずに、大人数を相手に独走するのは、無謀だと思われていた。

まさに一対十五の状況で、自分の学校に戻れば、ほぼ孤立奮闘という立場を、ここでも作ってしまった。予想に反して、迫り来る後輩達を一人二人と、難無くすり抜けて行ったというより、誰も長井のスピードにはついて行けなかった。それは陸上の練習をしている内に、自然と無駄な動きが取れ、綺麗なフォームが身に付いていたからだった。

県大会の決勝迄、勝ち進んだ程であり、しかも新人戦ではないので、殆ど三年生を相手にしての結果だった。『走る』という事だけで言うなら、中学の時よりは数段と速くなっていた。技術面では後輩達に抜かれてはいても、以前迄の八百メートル走の練習が、この絶体絶命の事態を救ってくれるかも知れない。

ゴールラインに入ると、ヘタヘタとボール毎倒れ込んで、それがトライになった。しばらく戦線から離れていたので、捕まえられるのは時間の問題だという大方の読みを、見事に覆して見せたのだった。もし現役の頃なら、警戒心が高まって止められていたかも知れないが、今の後輩達には、先入観から来る明らかな油断があった。最終的には、トライを入れられるのを、黙って見ていた結果となった。

なんとか、ゼロで終わらずに済んだと同時に時間になり、勝負は友好試合の形を残して無事に終わった。その瞬間、あの陸上部での経験は決して無駄ではなかったと、改めて思い返していた。その頃、ある自転車集団が前を通り掛かったが、陸上部員達だった。

やはり本番前には体力作りが必要だと、大原自ら、全員で自転車移動に統一したのだが、その成果は実らなかった。今回も、いい成績を残す事なく、さっさと引き揚げて来ていた。部長の一存で、コロコロと変えられる方針に付き合わされる部員達には、散々な今日の結果に加え、口には出せない不満が積っていた。

「あら?何か、やっているのかしら。」

先頭を走っていた、根本が自転車を止めた。今日に限って車が故障してしまったので、今回ばかりは自分も、自転車に付き合っていた。

「ここって、千秋のいた中学校じゃない?」

藍子が言うと、西尾が叫んだ。

「あれって長井じゃないのっ!?」

全員がグランドに見入ると、確かに遥か前方には長井がいた。その表情は笑顔で満ち溢れていて今迄、見せた事の無い様な、すがすがしい姿だった。

「そう言えば今日、試合とか言ってたわよね。五十対五?負けてんじゃないの!?」

川崎が言った。トライ後のゴールキックが無いルールの為、綺麗にトライのみを十本取られた結果が、スコア板に表示されてあった。

「『負けている』じゃなくて、もう負けたのよ。相手は中学生みたいだけれど情けないわよね、これじゃあ。」

『大した成績も残せないで帰って来た自分達の方が、よっぽど情けないじゃない…。』

大原は言い捨てたが、どうしても藍子には、そう思えてならなかった。すると突然、千秋が勝手に、グランドに向かって走り出した。

「長井くーん!」

「ちょっと、移動中の勝手な行動は許さないわよ!保護者ーっ!呼び戻して来て!」

だが大原が言った途端、保護者に任命されていた藍子も、つられて自転車を降りて追い駆けて行ってしまった。

「千秋ー、待ちなさいよーっ!」

そう言いながら更に、その後ろを何故か、一年生全員がついて行ってしまった。収拾が付かなくなっては困るので、大原は戻る様に何度も叫んだが、もう聞こえてはいなかった。今日は、同窓会みたいなものをやる日だったに違いないと、根本は思った。そうでなければ、前から決まっていた陸上の大会を、わざわざ蹴ったりはしない筈だった。

「いいわ、ここで解散にしましょう。」

その言葉に大原達は、まるで後輩達に場を持って行かれた様な気がして、面白くなかった。やむなく他の上級生達を引き連れて、さっさと帰って行った。

「全く、同窓会でも何でも、好きな事をやっていればいいんだわ!」

グランドでは、なだれ込んだ生徒が入り混じって、交友会と化したものが始まっていた。『長井君っ!』と真っ先に千秋が入った。

「ど、どうしてここに?」

「大会の帰りなのよ。」

「もう終わって来たにしても随分、早いんだな。それで腹癒せに冷やかしに来たって言うのなら、ちょっと笑えない冗談だ。」

皮肉の入った言い方だったものの、本心で言っているのではないというのが、すぐに分かった。長井は続けて、この場に寄り集まってくれた藍子達に、こんな話しを出した。

「みんな聞いてほしい!今は、男が一人しかいなくて寂しい思いをさせていたけれど、来年からは、こいつらがウチの学校に入ってくれるから。」

別に、寂しい思いをさせられていた覚えは無いが、藍子達は間に受けてしまっていた。

「ふざけんなよ先輩!ラーメンおごってくれるっていう約束だろう!そっちが負けたんだから、その話しは無しなんだからな!」

後輩の一人である佐野が言うと、長井は同好会の仲間や後輩達に、揉みくちゃにされた。

「なんか…、背筋が凍るぐらいの白々しい青春ドラマを、生で見せ付けられているっていう感じね。ホントに面白くないわ!」

遠くから傍観していた根本は、大原の気持ちは分からなくもないとばかりに、そう呟くのだった。長井にとっては、もう陸上部の事で悩む必要は無いし、何もコソコソしなくてもよくなった。同好会も、これからは好きなだけ参加できるので、これで一区切り付いていた。それに来年になれば、自分を取り巻く環境は、大きく変わってくれるに違いない。

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