迷宮、怪物との遭遇

「お前……なんつーもんぶっ放してんだよ」


烽火は目の前のエフィシアに不満を漏らした。それに反応するようにエフィシアは俯せていた顔を上げる。

顔色は一気に青褪め、腰を九十度曲げて頭を下げ、


「す、すみませんでした! 私、弄られると頭が真っ白になって……それで……」


「"アポロンの加護"を発動した……ということか。いやはや、まさか神アポロンの加護を受けているとは驚いたぞ」


「ま、あの威力はすげえな。見ろよ、草原が荒れ地になっちまってるぜ」


烽火は後方を指差す。

そこには草花が風に煽られ愉快に踊っていたが、今ではそんな面影は無く、あるのは地が焦げた後と残った不快な臭いのみである。


「あ、あははは。やっぱり神アポロンの太陽は凄まじいですね~」


「なあ、さっきから言ってる『神アポロン』ってのは、あのアポロンでいいのか?」


「あの?」


「ああ、そのアポロンで違いない。神アポロンはオリュンポス十二神の一柱である太陽神だ」


淡々と告げる赤叉と、何故か疑問を浮かべているエフィシア。

「ふうん」と良いながら、再び焦げた地に視線を向ける烽火は口角を吊り上げていた。

絶大な火力、神々の圧倒的な力、これでも力の一端でしか無いという好奇心。それらが烽火を魅了する。


「オリュンポス十二神……そういえば金髪碧眼のイケメン野郎も神アレスとか言ってたな」


「あの方もまた、オリュンポス十二神の一柱である神アレスだからな。間違っても喧嘩を吹っ掛けるな――」


「く、くっそおおおお! 喧嘩売っておけばよかったあああ!」


「……え~と、聞き間違いですかね? 今、神に喧嘩を売ればよかった、と聞こえたのですが……」


「それは現実だ。覚えておけエフィシア。『世の中にはこんな常識知らずの馬鹿もいる』。……あ、今の名言なんじゃないか?」


赤叉の忠告を無視して後悔の波に打たれる烽火は、突然叫びだした。

その内容が理解不能だったエフィシアは赤叉に質問するが、赤叉は赤叉で馬鹿である。結果として、この場で項垂れるのはエフィシアだけであった。

エフィシアは、大きく息を吸い、それから一拍置いて、


「……そろそろいいでしょうか? 皐月烽火さん。私とペアを組むに当たってなのですが、私も貴方の実力を知っておく権利があります。なので、これからギリシャ神話の迷宮を彷徨う怪物モンスターと戦っていただきます」


「……モンスター?」


「まさか……エフィシア、それは……」


何かを理解したのか、赤叉は額に汗を流す。

ギリシャ神話の迷宮を彷徨うモンスター。 それは――


「はい。戦闘対象は『ミノタウロス』です」


牛頭人体が特徴である恐怖のモンスターであった。



***



実力の証明に、とのことで烽火達はとある迷宮ラビリンスへやって来ていた。

潜り始めて既に数十分、直に一時間を越えようかという時間が経っている。

中は湿気が溜まっているのか、息苦しいような暑さが烽火達を襲う。更に、何処から微少な明かりが差し、それが反って不気味にしている。


「あ、暑いです……。皆さん、大丈夫ですか――」


「おいおい、赤叉さんよお。ロリっ娘の服が汗で肌に引っ付いている光景は、色々な意味で大丈夫かい?」


「ふっ、馬鹿にするなよ。ただ少しばかり性欲が溜まっているおとこたちに襲われかけないというだけだ。無論、全て切り落とすがな」


まあ、暑さに襲われているのはエフィシアだけだが。烽火と赤叉は相も変わらず、互いに馬鹿を言い合っている。

同じような表情をしているようだが、そこには明らかな違いがあった。

赤叉は汗を大量に流しているが、烽火の頬には一滴の水分も見当たらない。

まるで体内の水分が無いように思えるほどだ。

それを見たエフィシアは疑問に口を開いた。


「烽火……さん? 暑くないのですか?」


「何を言ってるんだ。暑いに決まってんだろーが。だから気を紛らしてんだろ」


「そうだエフィシア。気にしなければ暑くなくなる。私達は正しくこれを実行しているだけに過ぎない」


エフィシアの質問に斜め上過ぎる回答をする烽火と、それに乗っかる赤叉。

エフィシアという共通の玩具が出来た為か、二人は親友と呼べるほどの関係になっていた。


「それに……」


「? それに、何ですか?」


「まあ見てろって。そろそろお出ましの筈だからな」


へ、とエフィシアが漏らした間抜けな声は前方から響いた破壊音に呑み込まれていった。

ズルズルと何かを引き摺る音は少しずつ烽火達に近付く。次第に大きくなる音に合わせ、烽火は拳を握り締める。

暗闇の先から徐々に姿を現したそれは、神話の通り、牛頭人体の怪物だった。


『ブオオオオオ!』


「おおおお! 頭だけかと思ったら上半身全て牛かよ!」


「皐月烽火! よく見ろ、腕は人間だ! これはもう立派な詐欺じゃないか?!」


「赤叉様! 今は馬鹿な事を言っている場合ではありません!」


ミノタウロスの咆哮と共に、烽火と赤叉は安定したボケをかます。

だが当然、ミノタウロスに通じるはずもなく。


『ブオオオ!』


ミノタウロスは手に持つ巨大斧を振りかざした。

剛腕から繰り出される一振りは、それだけで人間はおろか迷宮そのものを両断しかねない勢いだ。更に、巨大斧は何か特別な素材で出来ているのか、黒く輝き、その強度を物語っている。

そんな、一体でも村の三つ四つは簡単に壊滅させられる怪物の一撃を烽火は、


「おいおいおい、お喋りは大切にしようぜ?」


『ブオ?』


片手で受け止めた。

状況把握が追い付かないミノタウロス。その巨体に似合わない、可愛らしく首を傾げ、戸惑いの声を漏らす。

それは、ミノタウロスだけではなく、観戦していたエフィシアも同様だった。


「――っな?! ミノタウロスの攻撃を生身で?! 赤叉様、彼は『人間』でしたよね?!」


「惜しいな、エフィシアよ。皐月烽火は人間であって人間にあらず。正確には"混血種"《ハイブリッド》なのだ。……だが、皐月烽火はな、ある種の血を引いているのだ」


"混血種"。それは読んで字のごとく、二種族の血を持つ者のことである。

混血種は他の種族とは別次元の強さを持つ。だが、烽火の実力は混血種の中でも頭三つ分くらい飛び抜けていた。

それもそのはず。何せ、烽火は――


「"鬼"の血を引く、正真正銘の『鬼の末裔』なのだ」














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神々の遊戯へようこそ~Welcome to playing of gods geme~ 蓬莱汐 @HOURAI28

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