弄り、太陽神の怒り

 転移に次ぐ転移の末に送られたのは草原の中だった。

 周囲には特に何もなく、ただ日の光と優しい風が吹く静かな場所である。


「おい、神使(笑)。ここが天上の世界ってやつなのか?」


『ああ、ここがそうだ。しかし皐月烽火、貴様は本当に運が良いな。ランダムで場所が決まるはずなのだが、まさか一番の当たりを引くとは』


「ハハハ! 俺に限ってそんな貧乏籤びんぼうくじを引く筈がねえだろ!」


 やれやれ、という目を肩から烽火に向ける神使。

 運は神ですら手が出せないものの筈だが、烽火が言うと運を操っているように聞こえてしまう。

 烽火の笑い声に隠れて、僅かに可愛らしい声が聞こえた。


「あのお~、すみません。少しいいでしょうか?」


「ところでよお、お前って名前とかねえの?」


『あるにはあるぞ』


 烽火の肩から離れ、地に着いた神使は濃霧を纏い始める。

 数秒後、濃霧はゆっくりと薄れていき、現れたのは幼稚園児程度の身長をした少女、否、幼女であった。


「この姿の私は赤叉あかしゃという。その目に我が美貌を焼き付けろ、皐月烽火」


「プッ、ハハハ! びぼ、美貌?! ロリっ娘が美貌って! しかもキャラ変わりすぎ!」


「あ、あの~。無視しないで欲しいんですけど~」


 黒い長髪に赤い着物を着た幼女――神使もとい赤叉の衝撃発言に、烽火は腹を抱えて笑っている。

 些か失礼が過ぎるが、幼稚園児が己の容姿を美貌と言ったのだ。その光景は、実に面白いものであった。


「ふむ、ところで先程から聞こえる声の主は貴様か?」


「おいおいロリっ娘。敢えて触れなかった事に首を突っ込むなよ。今のお前は禁忌に手を出した聖人ほど愚かだぜ?」


「私は禁忌じゃありません! と、いうか話を聞いてください!」


 赤叉の視線の先では、淡い紫色の長髪に紫眼、尖ったエルフ耳が特徴的な少女が真っ赤な顔をして怒っていた。

 身に着けた服はフリルが付いたワンピース。それら全てが絶妙にマッチしている。


「なんだエルフの……コスプレ?」


「ほお、これが『こすぷれ』というものか。聞いたことはあったが、見るのは初めてだ」


「違います! コスプレじゃありません!」


 烽火のぼけに乗っていく赤叉。

 断固として拒否するエルフ耳の少女は両手をブンブンと降りながら怒る。


「それでコスプレっ娘よ。何の用だ?」


「赤叉様! 私はコスプレじゃありませんってば!」


「あれ? 『様』? ロリっ娘なんで様付けで呼ばれてんの?」


 エルフ耳の少女が赤叉の名前を知っているのは、先程話しているのを聞いていたからだと分かる。

 だが、烽火は様を付ける理由が検討もつかないでいた。


「赤叉様、ご説明はしていなかったのですか?」


「ああ、これからだ」


 赤叉は、首を傾げて思案する烽火に振り返りコホンと咳払いをし、


「皐月烽火。今回の遊戯に参加する七人の種族は人間だったが、前回はエルフや竜人達だったのだ。そして、参加者は前回の参加者とペアを組む決まりになっている」


「つまり、このコスプレっ娘が俺のペアだということか?」


「コスプレじゃありませんが、その通りです。私はエフィシア。エフィで構いませんよ」


「ほお」


 まじまじと全身を見る烽火から、胸を隠すようにエフィシアは腕で覆った。

 烽火も決して見ていた訳ではないが、隠されれば気になってしまう。だが、決死の思いで堪えたのか烽火はエフィシアの目を見た。


「な、なんでしょうか」


「いやあ、お前の実力が知りたくてな。実際どれくらい出来る?」


「それは私も気になるな。私の相棒の相棒となるのだ。雑魚では困る」


「うわ、何その不倫みたいな関係」


「ざ、雑魚?! 不倫?! そ、そんな破廉恥な!」


 白い肌が一瞬にして朱に染まる。

 そんなエフィシアを見て、烽火と赤叉は一言。


『純情か』


「――っ?!」


 エフィシアの顔色は最早朱色ではない。羞恥と憤怒による黒に染まっている。

 勿論、これは比喩だ。

 黒いのはオーラ。エフィシアから放たれるオーラが、その身をドス黒く見せているのだ。


「ここまで私で遊ぶ人はあの方以来ですよ。しかし、何故でしょうか。あの方よりも烽火さん達の方が感情を抑えられません」


「な、なあ、赤叉さんや。これはちとまずいのでは?」


「ふむ。……むぅ、想定外だ」


 エフィシアが纏うオーラは次第に色濃さを増していく。

 一歩、また一歩と烽火達に歩み寄り、それに合わせて一歩ずつ後退る烽火と赤叉。

 今、この時だけは二人の思考は全く同じだった。


((これ、禁忌に触れたのこっちだわ))


「……"アポロンの加護"を発動」


「アポロン?! まずい、皐月烽火! 上へ跳躍しろ!」


「あ、ああ!」


 訳も分からぬまま烽火は真上へ跳躍する。

 慌てていた為か、有り得ないほど高く飛び上がってしまった。

 だが、赤叉は更に上。そこで早くしろ、とジェスチャーしている。


「ああ、もう! 何をしている!」


「おお?!」


 赤叉は烽火の元まで降り、腕を掴むと、真上へ放り出した。

 神使としての力を有する赤叉は空中を自在に移動することは可能だが、それでも人一人を抱えて飛び回ることは出来ない。

 投げられた烽火は更に上昇し、木々が小さく見えるほどまで昇っていた。


「ここまで逃げる必要があったのか?」


「まあ、黙ってみていろ。これから起こることは神々の力の一端だ」


 そう言って赤叉は下方、エフィシアを指差す。烽火は吊られて視線を動かし、エフィシアを凝視する。

 木々に止まっていたのであろう鳥達は騒ぎ、雲は流れ、草花はエフィシアを中心に焦げていく。

 次の瞬間。


「"悠々と輝く太陽の怒りアングリー・オブ・アポロン"」


 ――草原を揺るがす爆発が広がった。
































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