転移、天上の世界へ

『ギャアアアアアア!』


 日が目映く射す円形のコロシアム中央で咆哮を上げる獣――キマイラ。

 伝説と同じ姿をした獣を前に、烽火は拳を握り締めていた。


(すげえ……すげえ威圧感だ)


 身体の内側から震わせる威圧感は、コロシアム全体を揺らしている。


『おいお前。分かっていると思うが、これが試練だ。審判として私がいる。不正は許さないからな』


「いたのかよ白カラス」


『減らない口だな。まあ、いい。早いとこ終わらせちまいな』


 烽火は神使からキマイラへと視線を移す。

 キマイラは剥き出した牙からよだれを垂らし、鋭い眼光は烽火を貫くように思えるほどだ。


「んじゃ、やりますかね」


 上着を脱ぎ、神使に被せると烽火はキマイラ目掛けて大地を蹴った。

 瞬間。


 ――爆音、爆風、爆熱。


 その全てが烽火を包み込み、加速させる。


「おっ……らあ!」


『ギャアア!』


 加速した烽火は、そのスピードを全て拳に乗せ、突き放った。

 拳はキマイラの鼻に直撃。

 巻き散る鮮血と共に、キマイラは数歩後退する。


(……ここまでとは。正直、想定外だ)


 その光景を傍で目撃した神使は脳内で状況把握を急ぐ。

 だが、そんな暇を与えず試練は更にヒートアップしていた。


『ギ……ギャアア!』


「おらおらおら! どうしたキマイラ! 張り合いがねえぞ!」


 ――牙、爪、眼球。


 烽火の拳によって砕かれていくキマイラの身体。

 最早、その姿は伝説の獣を欠片ほども感じさせない。

 キマイラの足元には血溜まりが出来ており、それは次第に規模を大きくしていく。


『ギ……』


 前脚から崩れ落ちるキマイラ。

 それを見下すように眺める烽火の口元は、歪んだ笑みを浮かべている。


『そこまでだ。お前は合格だ』


「そりゃどーも、神使(笑)」


 神使を烽火は挑発する。

 だが、神使は全く相手にせず、


『さあ、帰るぞ』


「……ちっ、つまんねえ」


 烽火の呟きは淡い光に呑まれて消えていった。



 ***



 部屋に戻ってきた烽火は一足先に着席していた。

 無論、イケメン野郎は目の前にいる。


「皐月烽火くん。君の相手は誰だったかな?」


「分かってんだろうに。キマイラだよ」


「そうか。……ふふ」


「なんだよ、気持ち悪い」


 短い会話を終え、烽火はイケメンを鋭く睨む。

 その視線に耐え兼ねたように、イケメンはコホンと咳払いをした。


「他の皆は遅いね。何かあったのだろうか」


「はっ! 全く心配してねえくせに。説得力が皆無だぜ?」


「それもそうか。何せ、私は心配なんて微塵もしてはいないのだから」


 自重するかのように微笑するイケメン。

 烽火はそれを不愉快そうな顔で見て、


「お喋りはこの辺にしようぜ。結局、あんたは何なんだ?」


「それは……そうだな、君全員に話そうか」


 首を傾げながら振り返った烽火の目には、六人の少年少女の姿が写っていた。

 皆同様に服は破れ、所々で流血し、肩で大きく息を切らしている。


「さあ……終わっ……たぞ」


「理不尽過ぎるわ……」


 黒髪でロングヘアの少女、山吹色の髪を軽いウェーブで流している少女の順に不満を漏らしていく。

 他の少年少女は言葉を発する元気は無く、その場で腰を落として座り込んでいる。


「さあて、揃ったようだね。無事、全員クリアした様子なので、君達は参加権を得たことになる」


「因みに、帰るって選択肢は……?」


「無いね」


 息を整えた山吹ウェーブ少女は、イケメンの言葉に口を挟む。

 それを呆気なく撃沈させるイケメンの目は実に輝いていた。


「さて、話を戻そうか。参加権を得た君達は天上の世界へご招待させてもらう」


『は、はあ?』


 一同が口を揃えて間抜けな声を出す。

 そのタイミングを見計らったように、神使達は肩に乗っかり、イケメンは指をならした。

 瞬間、体は浮遊感に襲われ、足元は感触を失う。


「飛び立て! 異才を持つ少年少女達よ! 我、神アレスの名の元に才を存分に解き放て!」


 突如として床に開いた穴に落下する最中、イケメン――神アレスが放った言葉に全員が同時に叫んだ。


『てめえ神様だったのかよ!』



 ***



 部屋に残された神アレスは、一人、不気味な笑みを浮かべ呟いていた。


「さて、私……俺も行くか」


 口調と一人称を変え、アレスは再び穴を開き、飛び込んだ。


「今代の異才達はどこまで神々を楽しませるか。胸が高鳴って仕方がない。……待っていろ、皐月烽火。歴代最強の異才持ちよ」


 その言葉は部屋に薄く届き、やがて穴と共に消えていく。

 部屋には静寂だけが取り残されていた。



 ***



 足元にしっかり地があることを確認し、烽火は瞼を上げる。

 頬を撫でる風は優しく、降り注ぐ日光はじわじわと髪を熱していく。


「……どこだここ」


 目の前に広がる果てし無い草原。

 その雑草の上で、常人とはかけ離れた才能、"異才"を持つ少年――皐月烽火は意識を取り戻した。























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