第2話形見

 鉄と鉄の擦れ会う音を聞きながら、地下へと下りる。

 地上を離れ、地下深くへと逃れた人類の墓標に帰ってきた。

 エレベーターの駆動音が止むと、鋼鉄の扉が重々しい音をたてながら開く。

 隙間から零れる人口太陽の光に顔をしかめながら、荷物を背負い直し、エレベーターを降りる。

「お帰りなさい、Rさん。話しは聞いてます。残念です」

 管理局の職員が安堵と悲しみと恐怖を混ぜ合わせた表情で迎えてくる。

「あぁ、後で詳しく報告する」

 荷物を職員に引き渡し、書類へサインをする。

「みんな、Rだ!Rが帰って来たぞ!」

 住民の一人が叫びながら近寄ってくる。他の住民もその声に誘われ、集まってくる。

「ありがとう、R。これでまた少しは楽になるよ」

 あぁ、と住民達の感謝の言葉に相づちをうつ。今は誰とも話したくはないが彼らもこんな状況の中でも必死に明るく振る舞おうとしている。

「お父さん、お父さん!」

 人混みの間をかき分けながら小さな声が聞こえてくる。

 道中つけたはずの決心が揺らぎ、今すぐにでもこの場を離れたかった。けれど、そんなことは出来るはずがない。

「お父さん。おかえり――」

 小さな少女が大人達の間から顔を覗かせ、年相応のかわいらしい笑顔を見せる。だが、その笑顔はすぐに崩れた。

「――お父さんは?どこ?」

 俺を含め周囲の住民達はかける言葉を失っていた。

 周囲の大人達は帰ってきたのが俺だけなのに気付き、気を使ってその話題を出さなかった。

「――シエナ。レドは、お前のお父さんは、もう帰って来ない」

 偽る事なく、相棒の忘れ形見にそう告げる。

「ウソ、ウソだよ。そんなの!だって約束したもん!ちゃんと帰ってくるって!」

 涙を流しながら、現実を受け入れられず、俺の簡易パワードスーツにその小さな手で殴る。

「シエナ!何をしているの!」

 人混みの間から一人の女性が飛び出し、シエナを引き離す。

 俺はこの人にも伝えなくてはいけない。

「シドナさん、レドがつれていかれました」

「――え、?レドが、」

 唐突な告白にシドナは受け入れられず、目を丸くする。

「――つれていかれたって、ウソ、」

「本当です。見届けました」

 もっと相手をいたわる言葉があるはずなのに、全くそんな言葉は浮かんでこない。

「なんで助けてくれなかったの!Rなんてだいッ嫌い!お父さんじゃなくて、Rがつれてかれればよかったのに!」

 涙で目元を腫らしたシエナが、子供とは思えない憎悪のこもった瞳を向けると踵を返し、大人達の間を縫って去っていく。

「待ちなさい!シエナ」

 母親の言葉も届かず、その背中はすぐに見えなくなった。

「ごめんなさい、R。あの子には後でちゃんと言っておくわ」

 シドナは頭を下げ謝罪するが、その瞳は理解しているが受け入れることは出来ていないでいた。

「いや、いいんです。俺はアイツを見殺しにしたんですから」

「R、自分を責めないでくれ。君程優秀な《ウォーカー》は内にはほとんど居ないのだから。君が帰って来てくれて私達は嬉しいよ」

 住民達はそれぞれ、労いといたわりの言葉を掛けるが今の俺には何の慰めにもならない。

「R、疲れているでしょう。今日はもう宿舎に戻って休むといいわ。

 明日、スーツの調整をするから来てね」

 シドナの言葉に周りの住民達も頷き、自分の持ち場へと戻って行った。

 シドナも戻ろうとしたとき、返さなくてはいけないものを思いだした。

「シドナさん、待って。これを」

 シドナの手の平にレドが残したペンダントを渡す。

 シドナは震えながらペンダントを握りしめる。本当は泣き叫びたいはずなのに、必至にその感情を押し留めている。

「ありがとう、R」

 悲しみを隠そうとシドナは笑顔を見せるが、その表情をとても痛々しく、見てはいられなかった。

「それじゃ、俺は戻ります」

 シドナに頭を下げ、逃げ出すようにこの場から離れる。背後から僅かに響く嗚咽を聞きながら。

 どんなに取り繕っても、俺はレドを見殺しにした。

 この世界は生きたいと願うヤツからどんどんいなくなっていく、理不尽な世界だ。

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