第5話 世界初の少女

「あれは・・・魔法かしら・・・?」


光華が魔法を暴走させたその頃、ひとりの人間がそれを『見ていた』。

役100メートル離れていても、魔法の存在を感知した人間はここにいた。

(まさか、本当に魔法をこの高校の生徒が使うとは・・・あの人の言ったことは正しかったのね・・・)


怪しげで美しい光沢を秘めた黒髪をはためかせて、彼女は口角を釣り上げ、血のような唇が三日月型に歪んだ。



「お前はあの本読むの禁止だな・・・」

「ですよね・・・」

翌日の放課後、俺と光華は図書室の床を眺めながら話していた。

そこには昨日の水浸し事件によって板張りの床の色の変色が見られた。

「本当、すみません・・・」

「まあ、仕方ない、こういうことを予測できなかった俺が悪い」


どうやら、魔法の発動条件は魔導書を読み上げること・・・らしい。

声に出していたことを考えると、それが妥当だろう。

個人差にもよるかもしれないが今のところ、光華の魔法発動で考察される内容だ。


魔導図書委員の仕事の中には、「対策」というのもある。

前例がないため、こういうことに対して現場の人間がこうしたほうがいいという改善点を提出する事で、魔導図書室を発展させることが必要になってくるのだ。


「魔法を興味がてら発動してしまう人間がいるから・・・ということに今回はなるわけだ。」

「なるほど・・・」

「まあ、そんなに魔法使える人間は多くないから無駄になるかもだが・・・」

「でも・・・なんでわたしにだけ使えたのでしょうか?」

「・・・っ、俺にわかるはずないだろ」

魔法は『才能』で全て決まる。生まれ持った素質が全てを分ける、そう言われている。ならば、光華が魔法を行使できた理由は一つしかない。

全くの『平凡』である俺には、なんの関係も因果もない世界。

(結局、全部才能で決まるのか・・・)

そう考えると、ふと俺の胸にチクリと痛みが走った。・・・なんなんだ一体・・・。


「俺には才能なんて無いから、言葉にすら出したくない・・・かしら?」

そう、背筋につららを突っ込まれたような声に俺は半強制的にバッと振り返る。


そこには暗い闇夜を思わせる長髪をたなびかせる女子生徒の姿があった。

全身で怪しげな色香を体現している彼女は、一女子高校生とは別次元の世界にいるのだと確信させるようでどこか異質めいた魅力を振りまいている。

横にいる後輩である光華とはまた別の・・・というより対局の性質を持つ、一つの美がそこにはいた。


その姿に男として見とれるのが普通だろうが、俺はなぜか恐怖を覚えた。美しいというものは時に心臓を握り潰す凶器になりえるのだと初めて実感させられた。


そんな俺の反応を見て、彼女は意外そうな顔をした。

「あら、この姿を見てそんな反応をされたのは久しぶりね。ただのクズでは無いのかしら・・・」

そう言い、俺にカツカツと足音を響かせながら近づき、息が当たる距離に接近した。

「ちょっ・・・」

「ふーん・・・この匂い・・・なんか・・・」

俺の匂いを不躾に嗅ぎながら、彼女は何やらボソボソと声を零す。

その姿は不気味だが俺はそんなことを考えている余裕はなかった。

ここまで接近しているということは、俺からも彼女の匂いが届いている・・・というわけで・・・。

鼻腔に甘くもあり、アルコールのようにフワッと頭を溶かす臭いが侵入してくる。

なんだこれ・・・ちょっと、いや、かなりやばい・・・。


「ちょっと・・・! 何やってるんですか!」

と、光華が俺と女の間に強制的に割り込む。や、やばかった・・・男の本能をめっちゃ刺激してくるタイプだ・・・。もう少ししていたらどうなっていたことか・・・。

「・・・先輩、なんで鼻の下伸ばしてるんですか」

「の、伸ばしてない!」

ジトーッとこちらを睨む光華に否定をするが、「どうだか」と一蹴された。あれ、なんで俺こんなに怒られてるの?

すると、女性は光華に目線をやり、クスッと微笑んだ。

「なになに? 嫉妬かしら?」

「ち、違います! だいたいあなたは誰なんですか!」

そう言い、光華はキッと睨めつける。

「そんなに睨めつけないで? 別にあなたの愛しの先輩を取ったりはしないから」

「い、い、愛しいとか無いですし!何言っちゃってるんですか!!」

そんなことないですか、そうですか。

俺は内心がっかりしつつ、まあ、当然だよなと思いながら、目の前の彼女をじっと見つめる。

その視線に気づいたのか、やれやれという素ぶりを見せながらも彼女は名乗る。

「あたしは安土琴葉(あづち ことは)。高校三年生よ。もっというなら・・・そうね・・・。」

一呼吸空けて、彼女は続ける。


「世界初の魔法使用者・・・と言ったほうがわかりやすいかしら?」


彼女・・・安土琴葉はまるで俺たちの反応を楽しむように釣り上げた唇を真っ赤な舌で軽く潤した。

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こんな図書室は嫌だっ!! 蓮野 志希 @hasunon

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