第4話 才能の片鱗
「てな訳で案内よろしくお願いな、委員長」
「しょうがないんで、了解しました。」
国語教員の田中にそう念押しされ、俺は光華を図書室に案内することとなった。目的としては、仕事内容の確認と設備の確認だ。
「すごく楽しみです!」
「いや、案外普通の図書室と変わらないから、期待しないでね」
光華はワクワクと瞳を輝かせながらこちらを見てくる。その純粋無垢さに気圧されつつ、俺は念押しをし、職員室から出た。
「ところで、姫路さん」
「光華でいいですよ?」
ニコッと微笑みかける後輩に表情が崩れかけるが、いつものポーカーフェイスに必死で戻す。
「いや、流石にそれは・・・」
「なんでダメなんですか?」
「いきなり男女が名前で呼びあうってどうなんだろうなぁ・・・なんて。」
そういうのは男女交際歴なしの俺としては正直、ハードルが高い。
最後に女子を呼び捨てにしたのはいつだろうな・・・。小学低学年のときかね?
「女の子同士が名前で呼び合うのとどう違うんですか?」
「それは・・・」
言えるわけがない。こんな純粋になんの悪意もなくいっているであろう子に、俺があなたを女の子として意識してしまうからなんて、言えるわけがないじゃないか。
「どうしたんですか、幽先輩?」
と、思ったそばから下の名前で呼んでくる後輩。ここまでくると俺の心でも読んでいるのではないかとすら考えてしまう。
「・・・いや、今後同じ委員会として結束を固めるためにもそうした方がいいか」
「普通に仲良くするからじゃダメなんですか?」
「着いたし、とりあえず入ろうか!!」
俺は慌てて、ガチャガチャと図書室の鍵を開けようとする。あれおかしいな、なかなか開かない・・・。
動揺で震える手を必死に制御しながら苦労の末、ついに開いた教室に半分逃げるようにレディファーストも忘れ、先に入室する。
嗅ぎ慣れた空気に触れ、徐々に心臓の鼓動がおさまってくるのがわかる。ああ、この嗅ぎ慣れた木製の本棚と床、そして紙の匂い・・・。 これぞ図書室・・・!
彼女いない歴イコール年齢の俺としては女の子・・・しかもかなり好みの子の名前を下の名前で呼ぶなんてなかなかどうして難しいことで、収まりつつあるとはいえ、なかなかに刺激が強い・・・。
俺は深呼吸をして彼女の方を振り返ると、小声で「おじゃましまーす・・・」と言いながら部屋に入って来ているところだった。そして丁寧に引き戸を閉めると、こっちに向き直り、元気一杯に、
「では、これからよろしくです!」
なんだか、一気に図書室が明るくなったなあと、柄にもなく考える今日この頃であった。
◇
「んで、これが外国の書籍棚で、こっちが日本人作家ね、作者順に並んでるよ」
「ほうほう、なるほどですね」
ふむふむと手元のミニサイズのメモ帳に図書室の構図をいそいそとメモっている。
「んで、ここが肝心の魔導書のコーナーね」
「ほう、これが魔導書ですか・・・」
と、ここで不満げな顔をする光華。
「どうした?」
「いや、思ったより少ないなあ・・・と」
「あー・・・うん、そりゃあね」
魔法は成功してからの年月も実績もかなり少ないため、実践的な書物はほぼ皆無。
参考になるかな・・・? 程度の本をかき集めたところで、せいぜい本棚一つ分くらいなのだ。
そんな内容を光華に伝えると、ふむふむと納得したようだ。
「んじゃ、姫路・・・」
「光華、と呼んでくださいね?」
「んぐ・・・・・・光華。」
「はい! なんでしょう?」
卑怯すぎか、この後輩。先輩、まだ呼び捨て慣れないんだけどなあ・・・。初めてだから仕方ないか。
「とりあえず、今日教える仕事内容はここまで。あとはさっき説明した通り、不審者が来ないか見張るだけだから、本でも読んでくつろいでていいよ」
業務内容に関してはすでに先生から聞いていたそうなので、割愛させてもらっていた。
すると、彼女は不思議そうに首を傾げた。
「魔導図書館なのに、魔導書読まないんですか?」
「んー、魔法って才能で適性が変動するらしいから、俺にはいいかなって」
「え? そんなのやって見なくちゃわからないじゃないですか?」
そう言う彼女の言葉には曇りがなく、俺は少したじろいだ。
「・・・いや、俺はまだ読み途中の本があるからさ。」
ははっと自分でもわかるくらいの乾いた笑みを浮かべて、俺はくるしまぎれに手元にある文庫本をかざす。
それを見て、彼女は残念そうにこちらを見て
「わかりました・・・では、私はこっちで魔導書読んでいますね」
さっきとは打って変わったようなひどくおとなしい声で、そう俺に言った。
俺は、それに返事をすることもできずに、黙って本を開いた。
あれ、この本ってどこまで読んだっけ・・・?
普段は本のことばかり考えているから、ページ数は栞なんて挟まずとも覚えている・・・はずだったのに・・・。
俺は妙な焦燥を感じながらも記憶の散策に入った。
◇
あれからどのくらい経っただろうか。
いつもなら一瞬で飛び去っていた読書というかけがえのない時間が、まるで泥の中を進むように遅く、苦しく感じていた。いつもなら集中しすぎて何も考えなくなるのに、今日は別のことで頭がいっぱいだ。
魔導書の棚の近くの読書スペースに座り、読書をしている光華が可愛くて集中できなくて! なんて男子らしい理由だったらいいのだが。
おそらく、もっとおぞましくて醜い感情だとだいたい理解できてしまい、そんな自分が腹立たしかったのだ。
そんな暗い気持ちで悶々と色々考えていると、もうあたりが暗くなり始めていることに気づく。俺は光華に「もう帰ろうか」と声をかけようとした時、俺はあることに気づいた。
暗い中でわかりにくいが、光華の周りに、いくつもの大粒の水滴が浮いていることに。
「な・・・なんだこれ・・・」
通常じゃありえないような現象。それは結露とかそういう日常で感じるようなものでは決してなく、明らかな異常事態であることを瞬時に理解した。
「もしかして・・・魔法・・・か・・・?」
俺は、その異常ながら美しい光景を唖然として見とれていたが、ハッと気づく。
これは誰が起こしたか・・・光華に決まっている。
とうの光華は虚ろな瞳で、魔導書を食い位いるように読んでいる。そのせいか、この光景にまったくもって気づいていないようだった。
「光華! おい、光華!」
俺はこのままじゃどうなるかわからないという恐怖もあり、光華の肩に手を乗せ、そう呼びかけた。
すると彼女は「ふぇ・・・?」と間抜けな声を出すと、ボーとしながら魔導書から目を離し、こっちを向いた。
「あれ、幽先輩、どうしたんです・・・?」
そう寝ぼけているかのように話す光華に、もう帰ろう、そう言おうとした時、
バシャァ!!!
・・・と俺と光華の頭上に制御を失った大量の水滴たちが、ゲリラ豪雨のごとく落ちてきた。
「・・・・・・・」
「・・・・・・・・・先輩」
「・・・なんだ」
「なんか・・・すみません」
俺は、はあ・・・と嘆息し、言った。
「・・・掃除してから、帰ろうな」
「っ・・・はい。」
・・・透けたブラに興奮なんてしてないからな!
この後めちゃくちゃ居残り掃除した。
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