第3話 思春期って単純。

柊木幽は一人でいることが多い。家でも基本的には自室にいるし、もちろん図書室もだ。そして、それは教室でも変わらない。

といっても人と話すのが苦手なわけでもなく、会話になればふつうに話すことができる。

彼が一人でいる理由は、彼の趣味が一人で完結するものだからだ。そもそもあまり人と接する必要がない。

そんな彼が、クラスメートと話す機会がそんなにないというのはごく自然なことだろう。


「お前今日上機嫌じゃね?」

だからこそ、 図書室に向かう直前にクラスメートの葛城誠にそう話しかけられ、彼は少し驚いていた。たまに会話をする仲だが、そんなことを言われたことはなかった。

「俺が? なんで?」

とある理由により、たしかに幽は浮かれているがそれを気づかれるとは思ってなかった。

「い、いや、そんな感じしてただけ。気にすんな」

「・・・? わかった。」

誠は目を泳がせながら言う。幽は怪訝そうな顔をしながらも図書室に向かうために廊下に出た。


彼、誠は幽が教室を足早に出て行くのを見送り、

(いや・・・あんだけニヤニヤしてたら気になるだろう・・・)

心の中で嘆息し、同時にクスッと笑みをこぼした。

クラスの中でいい意味でも悪い意味でもなく、幽は浮いていた。なんせ彼は感情をあまり表に出さないし、会話は必要最低限。クラスの中でも面倒見のいいことで定評がある誠からしたら、心配になるのも無理のないことであった。


(・・・といっても、あんなに一日中ニヤついていると逆に不安になるのも事実なんだが。)

嬉しいんだか不安だかのごちゃ混ぜの感情に、彼は今度は純度100%のため息を出すのであった。


誠と別れた後、俺はトイレに一回寄ってから職員室に向かった。

図書室の鍵は国語教員の田中が管理している。個人が管理することにより盗まれる可能性を減らすためだとか。

「失礼しまーす。田中先生いますかー・・・っと」

「おお、柊木来たかー待ってたぞ」

「あ、幽先輩!」

職員室に入るなり幽の目に入って来たのは、中年の教師と愛嬌たっぷりの女子高生だった。差がすごすぎて面食らう。

「おい幽、今めっちゃ失礼なこと考えただろ?」

「いえいえ、そんなこたないですよー。ところでなんで姫路さんがここに?」

「嘘くせえなぁ、いやさ・・・」

「鍵を開けたいから鍵を取りに来たら、ダメと言われまして・・・」

そう見るからにションボリしてうなだれる光華。なるほど、そういうことね。

「ってなんでですか? この子も委員に入ったなら鍵開ける権利はあるでしょ?」

少なくとも、去年は誰だって鍵をもらいに来て開けても良かった。というか、俺しかいなかったからね、去年は先輩たち仕事してなかったし。

「そうだったんだが、セキュリティの都合上仕方なく・・・な?」

「・・・どういうことですか? 」

「俺が鍵を任されているのと同じ理由だ。開ける人間が限られると紛失の可能性がかなり減る。」

と言いながら田中は鍵を幽に渡そうと差し出す。

なるほど、そういうことか。そう納得し、彼も手を伸ばすが・・・。


「というわけで、鍵の管理は委員長の役目ってことだ。」

「ちょっと、待ってください。」

俺は、汚いものでも触ったかのように素早く手を引っ込めた。それを見て、田中と光華はキョトンとする。

「どうした、幽。」

「どうかしましたか、先輩?」

「いやいや、どうかしたかじゃなくて、誰が委員長だって!?」

田中は少し考え込むように腕を組み、ポツリと「そういや、言ってなかったな」と呟いた。え、何を? やめてくれよ、その不安になるフレーズ。

「お前は昨日から魔導図書委員長だ! 嬉しいだろ?」

「嬉しいわけあるか!」

なんでいきなり委員長になってんだよ、聞いてねえよ!? しかもなんかこの教師開き直ってないかおい。

「まあまあ、落ち着けって。だいたいお前しかいなかった委員会だぞ? お前が委員長じゃなかったら逆に誰がなるんだよ。」

「・・・たしかにそうなんですけどね・・・。なんというか・・・」

正論を言う田中に煮え切らないような顔をする幽。

彼は目立つのが大の苦手だ。特にトラウマとかもなく、理由も明白ではないのだが、目立たずひっそりと読書していた方が楽ではあるし、なおかつそれでいて困らないからだ。

というわけで、幽は叶うことなら委員長なんて役割は放棄したい。なるべく早く、意思を示した方がいいだろう。


そう思い、しっかりと断ろうと幽は田中に話しかけようとした。だが、それは田中の声に遮られた。

「姫路は柊木が委員長に適任だと思うだろう?」

「そっちの方がかっこいいし、適任だと思います!」

元気に放たれた光華の声は幽の脳細胞をざわめかせた。

かっこいい・・・え、かっこいい!? 俺が!? 委員長やったら・・・? いや、でも俺目立ちたくないし・・・。でもかっこいいって、いや、それだけで決めるのはさすがに馬鹿でしかないぞ俺! ここは理性を持って断るんだ。今後の学園生活のために!


「ぜひ委員長やらせてください」


・・・どうやら、俺の口は自分で思っているより下心まみれらしい。

コイツ、思ったより単純だなと言わんばかりの目をしながら笑いを堪える田中に苛立ちを覚えながら、甘んじてそれを受けるしかできないのであった。

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