第2話 理由がしょぼい

あれから三日が経ったこの日、図書室、改め魔導図書室が開かれた。


世界初、といってもそれこそ本物の魔導書、実践的なものなんていうのはかなり珍しいもので、せいぜい本棚のひとスペースくらいしかない。

だから、それだけに部屋を確保するのも面倒くさいと図書室に押し込む形となったわけだ。

この図書室は生徒の人数の割にかなり大きいものとなっている。昔の生徒数の名残だろう。

それは学校全体にも言えることで、大きい敷地の割に人数が少ない。人口密度が少なくて結構だが、そのせいでそこらの空き教室でディープキス目撃なんてザラだ。もういっそ爆発すればいいと、俺は案外真面目に考えるのであった。


そんなこんなで、そんな図書室に棚ひとつプラスってのは造作ではなかったようで、無事予定通りに進んだわけだ。

俺は今日も放課後の夕日が程よく差し込み、程よく開放感のあるこの場所でゆっくりと空気に溶け込むように読書を楽しむのだった。


・・・で終わるはずもなく、問題はここからだった。


図書室が開いて、その翌日のこと・・・。


「いやー警報ありがとうね、柊木君」

場所はいつも通り、放課後の図書室。・・・なのだが状況が明らかに違う。

俺の足元では白衣を来ているおっさんが学校在中の若い警備員さんに取り押さえられていることと、

普段会話をすることもなかった、去年そういやいたなーという初老の優しげな、これまた警備員さんと言葉をかわしていることだ。

「って言っても、自分はボタン押しただけなんですけどねー」

と幽が正直な感想を言うと、

「いやー、自覚ないかもだけど、君の仕事はとても大事なんだ。ありがとうね」

と初老の警備員はニコニコと微笑む。この人、「いやー」が口癖なんだろうか。


突然だが、図書委員の仕事というのは、だいたいが開室、閉室、返却、貸出になる。他にも本がなくなっていないかの在庫チェックや、本の検索を頼まれたら調べるなどと言ったものはあるが、毎日やるわけではない。


これに魔導という文字のが入るだけで、仕事が一つ付いて来る。

それが『警備』だ。


世界初の魔導図書室。普通の図書室での要素がほとんどを締めているが、もちろんかなり貴重な蔵書も含まれる。

これらは貸出厳禁であり、持ち込みは犯罪になる。罪状でいうなら窃盗罪に該当するそうな。


学校内のため研究員の立場の人間が入りやすい状態と、魔法に興味がある好奇心真っ盛りの一般学生も勝手に持ち出そうとするため、見張りが必要というわけだ。


そういう面では、俺は図書室にずっといるし、サボったことは皆無。彼女もいない、わざわざ学校の外で関わる友人もいないからサボる必要がそもそもない。

さすがに選ばれた理由がそうと理解したはいいが少しばかり面白くないが、よしとしよう。

んでそういう怪しい人間がいたら、警備員室に直通の非常ボタンを押す・・・というのが業務だ。これは図書室にいる間俺がずっと持っていることになる。

今回はなーんか挙動不審な白衣着たおっさんが懐に手を入れながら出て行こうとしたので、半信半疑ながらボタンを押してみたのだが・・・。


「いやー窃盗犯取りおさえるのがこんなにスムーズなんて・・・やっぱりすごいですね・・・」

俺のそんな言葉に現在進行形で犯人を取り押さえている若い警備員(25歳くらいか)が苦笑する。

「そりゃあ、本職の人間が素人に手間取っていたら引退ものですからね」

そういうものなのか。にしてもかっこいい、俺も鍛えようかと考えてしまうのは男子なら当然のこと。

「んじゃ、これからこの人の事後処理があるんで失礼しますね」

腕立て伏せから始めるか?腹筋か?と考え込んでいる間に、警備員達は図書室からでていこうとする。

「あぁ、お願いしますねー」

そう返し、幽も受付に戻ろうとして時、


「き、君は科学の発展を邪魔している!」


と、がなり声が聞こえた。それは捕まったきり痛みのせいか、声を出さなかった研究者らしき中年の声だった。警備員は「静かに」と注意するが聞かずにまくし立てる。

「こんな貴重な本をこんなところに置いておくなんて、そんなの宝の持ち腐れじゃないか! 豚に真珠!! 一般のくだらない高校生なんぞが持っていていい代物じゃない!」

中年は唾を撒き散らしながら叫ぶ。それは駄々っ子の鳴き声のようで見ていられなく、警備員達も呆れたように見ている。

それを聞き俺は・・・

「あー、はい、そうかもしれませんね」

と、さもどうでも良さそうにそう言った。それにププッと堪えきれなかったような笑いが警備員たちから漏れる。

「な、何がおかしいんだ!」

恥と怒りで顔を紅潮させ、研究員はまたも唾を撒き散らす。

「いや、ほんとそうかもしれないと思ってですね、科学の発展のためならこんなところに置いておくのはよくわかんないですよね」

「そ、そうだろう!?」


「んで、ここで読んで帰るって手段は無かったんですか?」


「・・・は?」

同意者を得て、顔を綻ばせたのもつかの間、ポカンと口を開ける中年。

「いや、あなたが盗もうとしていた本って一冊だけでしたよね? 読んで帰れたでしょう。」

「あ、いや・・・そんなのすぐに研究に取り掛からないと忘れて・・・」

「んじゃ、メモとって帰ればいいじゃいいじゃないですか」

どこか視線がウロウロし始める。

「でも・・・手間が・・・」

「・・・はい? 科学の発展のために盗みを働いてまで頑張ろうとする学者が本一冊分のメモも取らないんですか?」

「・・・・・・」

バツの悪そうな顔をして黙り込む。みると、ハゲかかっている頭部には冷や汗がにじみ出ていた。

「あなたが欲しかったのは科学の発展じゃなかったんでしょう? 」

彼はおそらく、世界に少ししかない貴重な書物を自分のものにし、独占欲に浸りたかっただけなのだろう。もしくはこれを持ち帰って研究すればうまくいくだろうという、安易な向上心。あるいは両方か。

俺は自分の顔に苦笑が浮かんだことに気づく。


「そもそも『くだらない高校生』に言い負かされている時点で・・・ね?」

とうとう堪えきれなかったのか、それはもう派手に大爆笑する警備員達。それに比例して顔の血圧が上がり朱色に変える中年。なにかと喚き始めたが、もう用はないとばかりに警備員さんは問答無用にズルズルと引きずっていく。

「君は面白いね、田中先生が君を押した理由がわかった気がするよ」

そう初老警備員がいう。あれ?サボらないからが理由だよな・・・?

「・・・? はぁ、ありがとうございます」

困惑するように幽は返答し、ぴしゃんと閉められていく戸を見送った。


「にしても、このくらい覚えられないなんて・・・」

研究員が持ち去ろうとした本を眺め、本棚に向かうつまらなそうな幽の呟きは無駄に広い図書室の広さに消され、誰にも聞かれることはなかった。



「にしても疲れた・・・あんなうるさいのが来られたんじゃたまらんな・・・」

そう言い、受付の椅子にドサッと身を預ける。この椅子はいい。クッション性が抜群に良く、お尻が痛くならない。椅子は長く座れるのが大事だ。


といっても、こんなの続いたら身がもたない・・・。ここが好きだって言っても限度があるし、ここにいるのやめようかな・・・。古典の成績は厳しいけど背に腹は変えられないし。

よし、さっそく善は急げだ。さっさと田中先生の所に行って委員の代わりを見つけてもらおう。申し訳ないが仕方ない。

そう考えて、幽は荷物を持って閉室ついでに職員室にいこうと(どうせ誰もこないし)立ち上がった時。


「遅れてすみません! もう閉室しちゃいましたか!?」

突然ガラッ!と扉が開き、一人の女学生が入ってきた。 背は小さめ、150センチほどのか細い女の子が急いできたのか額に汗をかきながら扉を開けた姿勢のまま、こちらを見ている。

幽はいきなりの知らない人間に戸惑いつつも、返事をする。

「えっと・・・いま閉めて職員室に向かうつもりだったんだけど・・・」

「あぁ・・・間に合いませんでしたか・・・はじめての委員会だったのに・・・」

ん?初めての委員会?ということは・・・。

「もしかして新入委員?」

幽がそうきくと、女の子はひまわりが咲いたような笑顔を見せる。

「はい! 一年魔導図書委員になりました、姫路 光華(ヒメジ コウカ)と申します!」

「あー、他にも委員いたのか・・・俺は柊木 幽、よろしくね。」

「はい!よろしくおねがいします、幽先輩!」

あまりの元気さと、下の名前をいとも簡単呼ぶコミュ力の高さに面食らう幽だが、段々と冷静になっていき、彼女のことを見る余裕が出てきた。


小さめの体に、健康的なスカートからのぞく脚、全体的に細く、しかし健康的に見えるのは彼女の元気溢れる笑顔のなせる技か。髪は自然な茶髪で肩あたりまで伸ばしている。少し毛先がくるくるしてるのが愛嬌がある子だと印象付ける。

満面の笑顔を見せるその顔は、幼さは残るものの、眼は大きめで、全体的に整っていて、

要するに、可愛い。とてつもなく愛らしい。正直ドタイプだ。

「そういえば職員室に何をしにいくんですか?」

そう問われ、ハッと自分が彼女を凝視していることに気づき、慌てて彼女から目をそらす。……変に思われでもしないか。

「いや・・・鍵を返しにね!」

俺はあわてて取り繕う。

「なるほど! じゃあ、そのくらいはご一緒させていただきますね!」

と、無邪気に笑い先に図書室を出る光華を見ながら、思った。


(・・・まあ、もう少しやってみるか)

先程決めたはずのことをいとも容易く曲げる。

男子とは単縦なものである。いつの時代も、可愛い女の子には弱いのである。

もちろん本が親友の俺でもそれは変わらないのだった。


そしてそれは自覚していても変わらない。


先に行く後輩につられるように、彼は図書室の扉を閉め、部屋を後にする。

その顔は気持ち悪いほどのニヤニヤが張り付いていた。

そして、俺はこの時知らなかった。この後輩が、さらに波乱を呼ぶことに……。

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