べリアルの転換期④


 まだ歩き回って何を食べるか悩むことになるかとも思ったけど、良く考えた結果いつ電話がかかって来るか分からない以上晩ご飯は駅ビルの中にあるお店で適当に済ませた。結局駅から出ることはなかったし、服装格差はあまり影響のがなかった。


「ヒナ、先に戻っていてくれない?」


「何かするの?」


 えーちゃんがどこかに行くって言うならついて行きたいけど。


「ヒナが一緒だと少し難しいから、出来ればホテルで待っていてくれる方が嬉しいんだけどね。どうしても付いてきたいって言うなら仕方ないけど」


「うーん、そこまで言われちゃうと、流石について行きづらいなぁ。じゃあ、ホテルで待ってるよ」


「うん、ごめんね。何をしていたかはちゃんと後で伝えるから」


 一人歩いて、一人ホテルに戻り、一人部屋の中で待つ。


 えーちゃんを待っている間、これからを考えた。いや、勝手に頭に思い浮かべられたというべきか。


 これからどうなるのか。


 家には帰れないだろう。帰れるのかもしれないけど、それはここまで付き合ってくれた、そしてこの先まで付き合ってくれると約束してくれたえーちゃんへの裏切りになる。


 こうまでしてなんだが、まだ戻れる。まだ、戻れるのだ。


 スマホを見る。このスマホを捨てる瞬間、その時こそが本当の意味で後戻りできなくなる時だろう。


 スリープモードの黒い画面を見る。そこには自分の顔が写っていた。




 ああ、凄く楽しそうだ。そして、凄く悲しそうだ。




 心に靄がかかっていた時はどんな顔をしていたんだっけ。


 毎晩お風呂から出た時に見る顔、毎朝尻尾を作る時に見る顔。


 思い出そうとしても、思い出せない。思い出せないということは特に何も思わないような、何も思っていない顔をしていたはずだ。




 今のこの楽しそうにしているわたしは幸せなのだろうか。




 笑っている訳じゃない。特に変わった表情をしている訳じゃない。でも、どこか嬉しそうにしているように見えるこのわたしは。


 迷うことが無い。今のわたしは、今まで生きてきたわたしの中で一番の幸せ。一番幸せな日々を過ごしているに違いない。


 こんなに楽しい日々の中にいることが不幸せな訳が無い。


 まるで自分に言い聞かせるようだった。


 だから、考えないことにした。わたしが幸せなのは間違いないんだから。幸せがなんなのかなんて考える方が間違いなんだ。


 その後は何も考えずボーとしていると、部屋の扉を3回ノックされた。


「えーちゃん?」


「うん、ただいま陽菜」


 部屋のかぎを開け、扉を開いた。


 扉の先には少し手荷物の増えたえーちゃんがいた。


「ごめんね、遅くなっちゃった」


「うん、結構待った」


 待たされた所為で変なことまで考えちゃったし。


「まぁ、それについては後でお詫びがあるから」


「むー、分かった」


 ところで、その手に持った袋の中身は何なのか。それを聞こうとしたところ、左手に持ちっぱなしだったスマホが震えはじめた。


「ん……結局来ちゃったか」


 えーちゃんがそう言う。


 結局来た……ああ、うん、結局、来ちゃったみたいだ。


 明るく光る画面に表示された文字は、「お母さん」。えーちゃんの行っていた通りということでもある。


「出た方がいい?」


「いや、そのまま切って」


「分かった」


 言われたとおり電話はそのまま切った。


「これでいい?」


「うん、それでいい」


 そう言ったえーちゃんは持ってきたものをテーブルにまで置きに行った。


 電話は出ずに切っちゃったけど、でも無駄な心配まで帰る訳にもいかいない。一応、えーちゃんとプチ旅行に行くとだけメッセージを送っておく。


「えーちゃん、電源切った方がいい?」


「そうだね、その方がいいと思う」


「分かった、じゃあ、切るね」


 スマホのボタンを長押しして、電源をオフにした。


「じゃあ、そのスマホは明日駅に置いて来よう」


「うん」


 スマホを手放す……考えないと決めた。だから、えーちゃんの言われたとおりにする。それに間違いはないはず。だって、ここまで楽しい日々はえーちゃんがいたからこそのものだから。


「ありがとう。そのお礼と待たせたお詫びは、これでするわ」


 どんと、テーブルに置かれたものは茶色い瓶。


「えっと、これは、見間違いじゃなければ」


 白いラベルに黒い文字で漢字が書かれている。


「これって、お酒……だよね」


「そうだよ。ここは日本酒も有名らしいからね。どうせなら飲んだ方がいいでしょ」


「えっと、でも、私たちまだ未成年だし、それは流石に駄目だと思うよ」


「そう?」


「うん」


 えーちゃんは 何か有りそうな声色でそう言う。


「でもいろいろ経験しないと勿体ないでしょ」


 確かにそれはそうだけど、でも犯罪は……


「だって、私たちはもうすぐ終わるんだから」


「それは」


 それはそうだ……でも、


「だから、一口でもいいから呑んじゃえばいいんだよ」


 一口……一口だけ。そうか、一口だけなら……だけど、これは流石に。


 飲むべきか飲まないべきか、悩んでいるとえーちゃんが私に詰め寄ってくる。


「どうしたの? ヒナ……別に悪い物じゃないんだよ」


「そうかもしれないけど、でもやっぱり未成年だし」


「そう? でもそんなこというなら、私たちは成人することはないんだから、年齢なんて構わないんじゃないの」


「で、でも……」


 ひざ裏に柔らかい物感触を感じた。


 いつの間にか詰め寄るえーちゃん遺体して後ずさりをしていたようで、後ろはベットとなっていた。


「ヒナ」


 軽く押されただけでベッドに倒れ込んだ。


「ヒナ、私達は他の人より短い時間しかないの。だから、その分多く経験しないとおかしいでしょ」


「だからって……」


 お酒を飲むのはいけないことだって。


「お酒だけじゃない。もう私たちは終わりが近いんだから、出来るだけ多くのこと経験した方がいいの。だってそうじゃないともったいないから。短く終わるのに、その間に何もないなんて駄目だよ」


「そう……だね……」


 えーちゃんに押し倒され、心拍数の向上と共に、思考能力は奪われていき、気付いたら肯定していた。


「じゃあ、一口だけ飲む」


 そう、ついにはそんなことまで口にしていたのだ。

 備え付けのコップに透き通った液体が注がれる。


「えっと、じゃあ、いただきます」


 コップに注がれたお酒を口元に近づける。


 ふわりと匂いが香って来るが、わたし的にいい匂いには思えなかった。かなりくさい。


 匂いからきつい名とは思ったが、とりあえずは一口だけ口に含む。口の中に甘みが広がり、


「あっこれならいける」と一瞬思ったが、すぐに臭みと絡みが追いかけてくる。無理やり飲み込もうとしたが、身体が受け付けず、コップの中に吐き戻してしまった。


「まずい……」


「ヒナはお酒駄目みたいね」


「う、うん」


「私は無理ではないんだけど、そこまで好んで飲むわけじゃないわ。家の付き合いでたまに飲む機会があるってくらい」


「そうなの? というより、えーちゃんお酒飲んだことあったんだ」


「まあね。自分の意志で飲んだわけじゃないんだけどね」


「へー」


 えーちゃんほどの家になると色々あるんだろう。


「そんなことより、もっといろいろ経験することはいあるでしょう」


 ぐいっと、えーちゃんが急接近してくる。


「え?」


「ふふっ、まぁあとのお楽しみっていうことで」


「それはどういう」


「本当はお酒に酔わせてから、いい感じにするつもりだったんだけど」


「えっと……」


「じゃあ、今夜は楽しみましょう」


 その日、夜の事はきっと忘れられないだろう。


 その短い期間に忘れることはないのかもしれないが、きっと、ずっと頭の片隅に残り続けるであろう、そんな経験をした夜だった。


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