曲事へのファーストペンギン⑤
「ごめん、わたしばっかり遊んでる」
「ううん、気にしないで。私は陽菜を見ているだけで楽しいから」
「そうは言っても、無理やり連れて来ちゃったようなものだし、その上お金も出してもらっているのに、わたしだけ遊んじゃってるし」
「いいんだって、楽しそうな陽菜を見ているだけで十分楽しいから」
「でも……」
なんて言えばいいんだろう。ごめんじゃ弱いし、すいませんってのも違う。こういう時はどういった言葉を言えばいいんだろう。
「気にしなくていいってば」
言葉選びに迷っている内にえーちゃんの方が言葉を続けた。
「言ったでしょ、私、ヒナの事が好きだって」
騒音だらけのここでも、その言葉はしっかり聞き取れた。まるでその五秒にも満たない、短いようで長く長いようで短い時間の間だけ、全ての音が止まったかのように。
えーちゃんの方に集中していたからなのだろう。実際に音が止まったわけじゃない。だから、これは、きっとわたしの意識の問題だ。自意識過剰なだけだろうけど、やっぱりえーちゃんの「好き」って言葉は……。
「お待たせしました。では、こちら引換券になります」
いつの間にか先ほどの店員が戻ってきていて、引換券を手渡してきた。
「それでは、失礼します」
ナイスタイミングだった。店員がわたしの迷走している思考を吹き飛ばしてくれた。また変な考えをするところだった。だってそんなはずはない。私も、えーちゃんも女性だ。普通はそう言った発想に思い至らないはずなんだ。そう思っちゃうのはきっと私が……いや、せっかく吹き飛んだ考えを引き戻すかのような思考はやめよう。それよりクレーンゲームだクレーンゲーム。うん。
次は何を取ろうか見繕おうとしたが、そこでえーちゃんに再度声を掛けられる。
「何か取るのもいいけど、そろそろ連絡を入れた方がいいかもよ」
えーちゃんにそう言われたので、スマホを起動して時間を見て見ると下校時刻から20分ほど過ぎた時間であった。
「そうだね、じゃあ、一回外に出よっか」
外に出て、ゲームセンターからある程度離れてから家に電話を入れようとしたが、どっちもまだ働いている時間帯だ。両方にメッセージでも送っておけば大丈夫だろう。
『今日は美代子ちゃんとあそんで帰るので遅くなります』
よく送る文章のそのままなので、予測変換でポンポンと打つことが出来る。過去のやり取りをさかのぼってみると、同じ文章を何度か見る。ある種定型文となりつつあるこの文章もあと何回使うのか。使う頻度はきっと増えるだろうけど、数えられるほどしか使わないだろう。
えーちゃんの方を見る。えーちゃんはスマホで通話をしているようだ。
「はい。ええ、6時に。いつもより大きいので。ええ、はい、それでお願いします。では」
「迎えの電話?」
「うん。ごめんね、待たせちゃった?」
「そんなことないよ、そもそもえーちゃんがいないと今日だってこんなに楽しめないかっただろうし、あの大きなマグロも持ち帰れないから、えーちゃんはそんなこと気にしないで」
むしろそんな小さなこと気にされたら、わたしはどうすればいいのか分からなくなる。お金を全て払ってもらっている上に、入るのが嫌なゲームセンターに連れて行って、その挙句自分一人で遊んでいたし。
そう考えると、とても酷いことしている。どうしよう。一体なんて謝ればいいんだろう。
「ありがとう、陽菜」
どう謝ろうか考えていると、えーちゃんにそんなことを言われた。
「え、えっと、え? う、うん。でも、お礼を言わないといけないのはわたしの方なんだけど」
言われたものの、何に対するありがとうなのか心当たりがない。謝ってほしいって言われるのなら分かるんだけど。えーちゃんのありがとうの理由を考えるよりごめんなさいをしないと。
「でも、ありがとうもそうなんだけど、どっちかというと、ごめんなさい。わたしはそれも伝えないといけないと思う。今日はお金全部払ってもらったのに、なんか私一人で楽しんじゃって本当にごめん」
謝ってみるとえーちゃんはキョトンとしている。そうして、少ししてからクスリと笑った。その反応見てふと気づいたけど、さっきのありがとうは、「待たせた?」という言葉への返答、その後に続くそこまで深い意味はない自然な対応だったのでは? 完全にわたし一人で迷走してしまっている。
「それこそ気にしなくてもいいんだって、何度も言わせるつもりなの? ヒナは」
これは、この流れは。今日二回ほど、もう二度も見たから流石になんとなく予測できる。
「私はヒナの事が好き。だからヒナが私を好いていてくれるなら、私はヒナに何でもしてあげるし、ヒナは私に何をしてもいいの。だから、ヒナは何も気にしなくてもいいの」
三度目。流石にこれだけ言われれば分かる。間違いじゃない。そう、そんなの昨日の夜の時点で本当は分かっていたはず。いくらわたしのやりたいことを一緒にしてくれるといっても、ふつうはそんなことまで付き合わない。そういう事をむしろえーちゃんが提案してくれたのだ。それは、もう間違いなく友情なんてものじゃない。もっと上の……。
「……うん、わたしも……えーちゃんの事が好きだよ」
「やっと分かってくれたんだね。うん、まぁ、ヒナの事だから、きっといろいろ考えてくれたんだろうけど。私はちゃんとヒナの事が好き。意味のない言葉としてやすごく軽い意味の言葉として塗り潰されている単語だけれども、それでもやっぱりこの言葉が一番だと思うから」
スッと、小さく息を吸うその息遣いさえ聞こえてくるほどに、えーちゃんに集中している。ビルの隙間からこちらに向かって来る、目が眩むほどのオレンジ色の光線すらも気にならない。意識が全てえーちゃんに向かっている状態。人生で一番集中している。十四年。歳としてみればまだまだ短い時間だが、それでも十四年。純粋な時間として見てば結構長い。その十四年でここまで集中したことなんてないはずだ。
「好きだよ、ヒナ」
そして、予測出来なかったほど強烈な予測できた言葉をこの耳でしっかりと聞いた。
「わたしも……わたしも、好きだよ」
そうして、わたしもとても大切なその言葉を伝えた。
その言葉を伝えた瞬間、とてつもないほどの集中は切れ、急に目を開けていられなくなる。今更に光が眩しくなったのか、視界がぼやける。
「そんなに嬉しかったの? うん、でもそう思ってくれているって事が私もすごく嬉しい」
えーちゃんの指がわたしの下まぶたに触れる。それで分かったが、私はどうやら泣いてしまったらしい。
「うーん、そこまでじゃないけど、ここで泣いてるのも目立っちゃうし、少し歩こっか」
えーちゃんに手を引かれ、ついて行くように歩く。いつだったかもこんなことがあったような気がする。あれは幼稚園の頃だったか、小学生のころだったか。
「陽菜は覚えている? 昔もこんなことあったって」
「うん、なんとなくだけど」
「まぁ、あの時は逆だったんだけどね」
逆……そうか、あの時は確か、えーちゃんが泣いていて、私がえーちゃんを連れて外に連れ出した。えーちゃんが幼稚園に途中から入って来て、まだ時間がそれほど経っていない時の話だ。
その出来事は家のレベルも、頭の良さも、何もかも違うわたしとえーちゃんが仲良くなった理由であり、私がえーちゃんの事をえーちゃんと呼び始めた理由でもある。
連れ出した先で話した内容は覚えていたが、まだ幼かったのもあってちょっとだけあやふやなところもあったがきっかけさえあればすぐに思い出せる。
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