曲事へのファーストペンギン②

 駅まで手を繋いで向かった。あんまりコソコソ歩くのもおかしな話だし、だからといって目立つのはまずい。なので程々に堂々と歩く。良く考えてみれば普通に歩いているだけだったかもしれない。


 駅に着いて改札を通ろうとしたところ、えーちゃんの足が止まった。手を繋いでいたままだったため、同時にわたしの足も止まる。


「えーちゃんどうしたの?」


 いったん手を離し、えーちゃんに聞いてみる。


「いや、切符買ってないなって思って。普段は電車もバスも乗らないから、そう言ったカードも持って無いし」


「そっか、じゃあ、買っておく? あ、でも家の人に見られても困るよね……うーん……」


 切符でどこかへ行くなら、予めどこで降りるか決めておかないと。絶対に行かないようなくらい離れた場所の値段を払えばどこでも降りられるのは確かなんだけど、えーちゃんに無駄にお金を使わせるわけにもいかないよね。


「ううん、気にしないで、大丈夫。放課後に隣町まで遊びに来たことにすればいいよ。そっちの方がきっと遅くまで遊べるし、帰りは迎えに来てもらえる。放課後の時間帯になったら、陽菜は家の人に遊ぶから遅くなるって伝えればいいし、私は迎えが来る前にそう伝えればいい。だから、大丈夫」


「えーちゃんがそう言うなら」


 えーちゃんは券売機でカードを作りに行った。


 それにしても、言われてみればえーちゃんと遠くまで移動する際はいつも車だった。新幹線に乗って凄く遠くに行ったことはあったけど、その時だって駅までは車で向かって、いつもの運転手さんが付いてきているから、新幹線を下りたあとはレンタカーで移動だった。それも一回だけだったし、確かその時はわたしが新幹線に乗りたいとえーちゃんに話したからだった気がする。それ以外の時は遠くに行く時でも車だったような。


「おまたせ。ごめんね、待たせちゃって」


 えーちゃんがカードを片手に券売機からこちらに戻ってきた。


「いや、全然。時間なんていっぱいあるし、気にしないで。むしろなんかごめんね、なんか余計な物買わせちゃって」


「いや、これからは電車で移動することも増えるだろうし、丁度いいよ。そっちこそ気にしなくていいよ。五百円くらい、これからのわたし達が使うお金に比べたらほんの少しでしかないだろうから」


「そうかもしれないけど……」


 えーちゃんがそう言うなら特に問題はないんだけど。確かにえーちゃんからしたら五百円は大したことない物なんだろう。うん、わたしの感覚だと結構使わせちゃったような気がしてあれなんだけど。


「それと、ヒナ、お金の事は気にしなくていいよ。全部私が払ってあげる。目一杯楽しむならやっぱりお金は必要だから。それに最後まで好き放題するくらいのお金はあるつもりだから」


「えっ、でも……」


 それはえーちゃんに悪い。そう言おうとしたが、その言葉はえーちゃんの行動に妨げられる。


「ヒナ、ほらっ、早く行こっ!」


 いつもよりも溌剌として積極的な言動。なかなか見ないその行動がわたしの言葉の続きを止めたのかもしれない。


 えーちゃんは先に改札を通って行って、こっちに振り向いて手招きしていた。


 ここで改札を通らない理由は特にないので、わたしも改札を通り抜けえーちゃんの近くまで駆け寄った。


「今日は三十万円。今日持って来ているのはそれだけだから、今日はそれしか使えないけど、足りないようだったら、明日はまた量を増やすわ。だから、遠慮なく使って」


「え、あ、う、えっ……と」


 えーちゃんの言う言葉にどう返していいのか分からなかった。


 三十万。うーん、三十万。三十万で何が出来るのか、むしろ使い切れるのか。わたしが今まで所持してきた金額から離れすぎていて、もう全然想像がつかない。


「信じてない?」


「いや、そう言うわけじゃないけど、思ったより凄い量でビックリしちゃっただけ」


「そう? でも遠慮はしなくていいからね、ヒナ。というより、遠慮されちゃんと、私が悲しいから、本当に遠慮しないで、やりたいことはどんどんしていこう。お金の事は私が何とかするからさ」


「う、うん」


 なんかちょっと珍しい。いや、本当に珍しい。えーちゃんが凄く積極的。それに、言葉数もいつもよりとても多い。


「じゃ、じゃあ、本当に遠慮しないけど」


「うん。今日の資金、いや、これからの金銭的な面は任せて。ヒナはやる事をどんどん考えていって」


「わかった」


 そこまで言われたら、そうするしかない。うん……まぁ、最後の最後にはお金も物も、この世界のものは意味を持たなくなるもんね。なら、気にしないようにしよう。えーちゃんのことだし、心配はないだろう。


「陽菜、今日はどこまで行く?」


「うーん、そうだねぇ……」


 四駅ほど先の結構栄えた街まででもいいんだけど、どうせなら終点まで行ってもいいかもしれない。


「どこかの終点まで行ってみる?」


「うん、いいんじゃない。それで、どの電車に乗る?」


「そうだなぁ……次に発射する電車とかでいいんじゃない?」


 それが何かは知らないけど、どれに乗っても終点まで行けばそれなりに栄えているはず。


「じゃあ、あれだね」


 えーちゃんが指さす電光板を見る。一番早いのはあと二分後に三番ホームから出る電車。


「って、もうすぐじゃん、急がなきゃ」


 わたしとえーちゃんは少し急ぎ足で、三番ホームに向かった。改札口から微妙に離れているが、流石に二分もかかることはなくホームに辿り着いた。


 もう少し早ければもっと混んでいただろうが、わたし達が乗る時間帯には出勤するであろうスーツ姿の人はほとんど見当たらず、既に停車している電車の中は一人であれば座れる程度には空いていた。


 電車に乗り、閉じている扉背中を任せ、寄りかかる。


 車内の掲示板モニターを見る限り、ここから終点までは一時間はかかる。それなりに離れた町だし、きっと学校に何か言われることもないだろう。


 わたし達が乗り込んで間もなくして電車は発車された。その後、電車に揺られていた一時間の間、えーちゃんと会話しつつ、大して面白くもない街の風景を眺めていた。どこもたいして変わらない。どれくらい栄えているかくらいの差しかない。どの街も、大きな差はない。そう感じたのは大して興味が無かったからなのかもしれない。


 今日何をするか。お金の心配はないといっても、基本的には食べることくらいしか思い浮かばないわたしの発想力もなかなか残念なものだ。終点に着き、街を見れば何か思いつくかと思ったけど、今のところ新しく何かを思いつきはしていない。


「それで、まず何をするの陽菜」


「まずは、何か食べようか」


 何も思いつかないし、とりあえずは思いついているのをしていく方針で。思い返してみれば、朝ご飯も食べていなかったし丁度いいだろう。


 時間帯的にはまだ飲食店が開くには少し早い時間だが、喫茶店なら開いている程度の時間。


 それなりに栄えている街であるなら、駅周辺のどこかしらにはきっと喫茶店があると思う。


 周りを見渡してみて、喫茶店を探す。喫茶店はすぐに見つかった。結構店舗数が多いチェーン店で学校から十分くらい歩いたところにもある店だ。とりあえずはあそこに入るとしよう。


「えーちゃん、あの喫茶店に入ろう」


「うん、わかった」


 喫茶店に入り、席に案内される。


 席に着くと三つ折りのメニューを開く。


 本格的なのはこの後お昼ご飯として食べるということにして、ここは軽食で済ませよう。そう思ったんだけど、結構おいしそうなパフェを見つけた。いつもなら安いモーニングセットで頼んで終わりなんだろうけど、今日は贅沢をしてもいいだろう。


「よし、決めた。えーちゃんは何にする?」


 メニューをえーちゃんに手渡す。


「私はブレンドコーヒーだけでいい」


 えーちゃんはメニューを特に見ることもなく閉じながらそう言った。


「じゃあ店員さん呼ぶね」


 テーブルの上にある店員を呼ぶボタンを押した。


「ご注文お決まりでしょうか」


 客がまばらなのもあり、店員はすぐに席まで来た。


「イチゴパフェとブレンドコーヒーをください。あと、コーヒーは先でお願いします。」


 えーちゃんの分まで注文する。こういった場所なら大体はわたしがまとめて注文をする。


「コーヒーはホットかアイスかお選びいただけますが、どちらになさいますか」


「ホットでお願いします。」


 えーちゃんは冷たい物があまり好きじゃない。なので、飲み物は温かい物か常温の物を良く飲んでいる。家でも常温の水しか飲まないらしい。キンキンに冷やした炭酸ジュースを良く飲むわたしとは大違いだ。


「ご注文繰り返させていただきます。イチゴパフェがお一つとブレンドコーヒーのホットがお一つでよろしかったでしょうか」


「はい」


 長く待つこともなくコーヒーは運ばれてくる。わたしは水を、えーちゃんはコーヒーを飲みながらしばらく待っていると、イチゴパフェが運ばれてくる。


「お待たせしました、こちらイチゴパフェです」


 写真通りのパフェが運ばれてくる。突出して凄く美味しいというわけではないが、チェーン店ならではの安定した美味しさがある。


「伝票失礼します。それではごゆっくり」


 スプーンをソフトクリームに突き立て、赤いソースのかかったそれをすくい口に運ぶ。


 うん、いつもの味。チェーン店の利点でもある。大きく味が変わることはなく、どこでも食べられる。


 このパフェの値段は千と二百円普段から食べようと思う値段ではないけれども、今日はそう言うのを気にしない。でも、これでもその価格。やっぱり三十万はパッと使いきれるとは思えない。


 使い切る必要は無い。好きなだけ使ってもなくならないとだけ考えて行動しよう。


 先に運ばれてきたコーヒーを飲んでいるえーちゃんを待たせるわけにもいかないし、パフェはサクサクと食べて次に行こう。


 いつもより二割ほど早いペースでパフェを食べ、会計を済ませて店を出た。と、言ってもどうしよう。店出たのはいいけど、次に何するかなんてやっぱり思いつかない。


「とりあえずはこの辺り歩いてみない?」


 まあまず何があるか分からなかったらどうしようもないし、歩き回るしかない。


 駅周辺を歩き回ってみる時間帯的には、一部の飲食店や居酒屋、バーを除いてほとんどの店が開いている時間帯。


 それなりに栄えているからと言って、そこまで大きな場所ではない、店は沢山あるがその半分は飲食関係の店だ。駅ビルで何か見てもいいが、駅ビルのものは高い印象が……そうか、値段は気にしなくていいんだっけ。


「えーちゃん」


「なに?」


「そう言えば駅ビルの方見てなかったし行ってみない?」


「うん、いいよ」


 のんびりと足を進め駅まで戻る。


 駅ビルの中なんて冷やかしくらいでしか普段は入らないけど、今日は値段を気にしないで済むから冷やかしにはならないかもしれない。


 そう思って、入っては見たものの、えーちゃんが選んで持って来てくれたワンピースから着替えるということが出来ず、結局は冷やかしになってしまった。


 何かを買っても良かったといえばよかったのだけれども、家に持ち帰ったら親に何かと言われるに決まってるし。


「本当に何か買わなくても良かったの?」


「うん、持ち帰ったら親に見つかるし、面倒なことになっても困るしね」


「そんなことなら、早く言ってくれればよかったのに。服なら一旦私が預かるよ。明日持って来れば済む話だし」


 えーちゃんはそう言っているけど、それはそれでえーちゃんに手間をかけさせてしまう。それに、まだ学校を休んで初日だ。服を変えるにしてももっと後でもいいだろう。


「まぁ、でも、今日のところはいいかな。もっと後になったらそれもいいかもしれないけどね」


「そう、陽菜がいいなら、それいいけど、次は何するの?」


「そうだねぇ……そろそろお昼ご飯でも食べる?」


「分かった。お店は任せるね陽菜」


 時間もいい時間だしごはんってのは悪くない選択。お店選びも任されたことだし、どこか適当に入ろう。

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