茹でガエルのこころ③

 危うく間違うところだったが、えーちゃんの指摘もあり、反対側に行かずに済んだ。


 モールに併設された映画館は、特有の小ささと開放感がある。入口がなんかすごい広いし。というか、入口じゃないし、ただモールの一部にくっついているだけだし。だが、これでも映画館は映画館。上映館数の少ないような映画まではやってないが、有名どころは一通りやっている。


 さて、来たのはいいけど、何を見たものか。そもそも、いったい今は何を上映しているのか。


 適当なコメディとかでもいいけど、えーちゃんはそういうの今日見なさそうだしな。恋愛もの……はどうなんだろ。わたしはあんまり知らないし、えーちゃんからもそういう話は聞いたことないからよくわからないけど。アクションものはわたしが見るならそこそこ楽しいけど、コメディとかと同じでえーちゃんはあんまり興味ないかも。と、なると、やっぱり、恋愛系が一番マシなのかもしれない。


「えーちゃんは、何かみたいのある?」


 一応、訊いてみる。


「陽菜の見たいのでいいよ」


 わたしが誘ったんだから、見る映画くらいはわたしが決めた方がいいか。


「うーん、じゃあ、これとかでいい?」


 適当な恋愛映画を指さしながら、えーちゃんの答えを待つ。


「陽菜がそれでいいなら」


「分かった。じゃあ、これを見よう」


 えーちゃんがいいなら、あとは早いものだろう。学生チケットを各自購入して、売店で何かを買って、映画を見る。それだけ。


 ポップコーンはどうしようか迷った末、レギュラーサイズを一つ買ってシェアすることにした。飲み物はわたしがオレンジジュースで、えーちゃんがウーロン茶。


 開場されるまで時間にえーちゃんと雑談をしながらポップコーンをつまんでいたら、半分くらいになってしまった。えーちゃんはあんまり食べている様子はなかったし、つまるはわたしの食べすぎ。うーん……。これなら、最初から別で買った方がよかったのかも。もう一つ上のサイズを頼むのも一つの手ではあったのかもしれないけど、レギュラーとラージの差は謎に大きい。急にサイズが大きくなるため、ラージを頼むと食べきれる気がしないのだ。


「えーちゃん、ごめん、ほとんどわたしが食べちゃったね。その……もう一つ買ってこようか?」


「ううん、別にいいよ。そもそも私はそんなに食べる気はないから。それだから、レギュラー一つで済むと思ったんだし」


「そう……? えーちゃんがそう言ってくれるなら、いいんだけれども……」


 やっぱり少し申し訳ない感じはある。


 そんなこんなしていたら、開場された。カップルだったり、女性同士だったりが、これからわたしたちが見る恋愛映画が映し出される三番スクリーンのある右側の通路へ向かっていく。同じ時刻に上映開始される映画は子供向けのアニメらしく、反対の左側には親子連れが多く向かっていく。中には大人もちらほらとはいるが、その大半は親子連れだし、多分子供向けアニメであっているはず。


「わたしたちも行こうか」


 わたしたちも3番スクリーンに向かうことにした。


 最近公開されたばかりらしいこの映画はそこそこ人がいた。周りに人が一切いないなら、こそこそと話すくらいなら大した問題はないのだが、そういうわけにはいかなかったので、ほぼ無言で映画を見た。


 映画自体は、それなりに面白かったのだけれども、えーちゃんとはなしもできなかったし、すぐ近くにいろんな人がいたので、えーちゃんと二人でいるという感覚もあまり感じなかった。どうやら映画をチョイスしたのはあまり正しくはなかったようだ。


 ただ、劇場を出る際、ナチュラルにえーちゃんと手をつないでいた。映画中にどうやら手をつないだらしい。たぶんわたしからだろうけど、えーちゃんはそれを指摘するわけでもなくつないでくれていたらしい。ちょっとうれしい。


 映画も見終わり、時間も割といい時間である。


「今日は、この辺までかな?」


「うん、そうだね」


 わたしたちは、モールを出て駐車場へ出た。雨はすでに晴れていた。水たまりを避けながら駐車場を歩き、ずっと待っていてくれたらしい車に乗りこんだ。


 車の中。わたしは特に話すこともなく。わたしが全く話さないからか、えーちゃんも特に話すこともなく。


 ただ、わたしたちは手をつないでいた。


 無言でいても、手をつないでいるというのは、割と近くに感じていられる。それを強く認識した一日であった。


 手をつないだまま、数十分。わたしの家につく。


「それじゃあ、また」


「うん」


 短い別れの挨拶とともに、つないだ手を放す。少しだけ感じるさみしさを心の余剰スペースに置きながら、わたしは車から降りた。


 いつもの家に帰り、夢から覚めた時の気持ちと心の余剰スペースから拾い上げた小さなさみしさを胸に、玄関の扉を開けた。


 靴を脱ぎ、階段を上り、自分の部屋へ戻る。


 ゴムを外し、尻尾を解く。服を部屋着に替え、脱いだ服を持って階段を下りて、洗濯機の中に放り込んだ。


 トントンと包丁でまな板をたたく音が聞こえる。きっとキッチンにお母さんがいるのだろう。


「お母さん、晩御飯は食べてきたから、わたしはいらないよ」


 そう一言かけてから、自分の部屋に戻った。別に本当に食べてきたわけではないが、そういう気分ではないし、それに別に食べなくても大丈夫ではあるだろう。カロリー的に考えれば。


 あとは、宿題をどうにかするだけ。そうしたら今日は寝るとしよう。


 部屋に戻ったあと、学校用のバッグから宿題と筆入れを取り出し、机に着いた。


 無駄に時間をかけ、宿題を終えた後。わたしはベッドに潜り込んだ。


 うつ伏せで顔を枕に埋めながら、今日の出来事を軽く思い浮かべる。


 向かう途中に、ウインドウショッピングに、クレープに、映画、そして、帰りの車の中。ほんの少しだけ、わたしの心にあるもやもやが薄れたような気がする。そうして、一通り思い浮かべた後に体をコロンと一回転。仰向けになって、瞼を閉じる。


 少しずつ溜まった謎のもやもやを抱えながらわたしは眠りについた。

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