茹でガエルのこころ②
後部座席の奥、というより、わたしが乗った場所から見て隣にはえーちゃんがいる。これもお決まり。この一連の流れがすべてお決まりなのだ。毎月第二日曜日にえーちゃんは、車でわたしの家に向かいながら電話をかけてくる。わたしは遊びの誘いを断る気はないし、えーちゃんもそれがわかっているからこそのお決まりなのだろう。お出かけの準備をし終えているわたしは玄関で待つだけ。
そこから数十分か車の中でえーちゃんとたわいもない話を交わす。そうしていると、感覚的にはほんの一瞬でモールにつく。
「それではお気を付けて」
運転手のおじさんに見送られながら、降りしきる雨の途切れた時を見計らい、建物の中に入った。
「うーん、そこそこ混んでるね」
雨だからと言って、大幅に客足が削られるようなことはなく、人たちの影が多数見える。
「いつもより、少しは少ないけど、車で来るような家族客はあまり減ってないのかもね」
「あとは、私たちと同じで、雨で予定変更とかもあるかも」
「うん、そうかもしれないね」
そんなたわいもない話をしながら、店頭に置かれている服やアクセサリーなどをほどほどに見て歩く。わたしは金銭的理由で、えーちゃんは家庭の事情で、服やアクセサリーなんてどうせ買えないし、あんまりじっくり見ても仕方ないのだ。安くて小さめのアクセサリーなら買えるのかもしれないけど、今日は別に買い物に来たわけではないから、強く興味を向ける必要もないと思った。あくまでメインはえーちゃんと一緒にいること。一緒に過ごし、お話をするそれで充分楽しい。いや、ほかの何よりも楽しくてかけがえのない時間である。普通なら、話したり一緒にいるだけでいいならお互いの家でもいいと思うかもしれない。けれど、わたしたちは、そうではない。家は、家で疲れるのだ。だって親が見てる。誰かが見ていたならそれは本当の意味では二人ではないと思う。それならば、周りに人がいても誰もわたしたちを見ていないこういう場所にいたほうが、より一緒にいる感じがしていいのだ。
服などには目を向けないぶん、より一層視線が向くのは食べ物だ。スイーツやスイーツやスイーツに目が向けられる。あとはたまにたこ焼きとかそういうもの。でも、メインはもっぱらスイーツ。服一着のお金があれば結構食べられる。えーちゃんに至っては本気出せば、いくらでも食べられるほどのお金を持っているだろうし、わたしだってそれなりに買う金はある。だからと言って、食べ過ぎるとカロリーとか気になるのでさすがに好き勝手に食べあさるようなことはできなかったりはするんだけど。
そんな感じで、クレープ購入したわたしたちは、それ手にしたまま、どこか座れる場所がないかと探す。混雑しているこの場所で席を探すのはそれなりに困難で、どっちかというともうそろそろ離れようとしている人を見極めて、その付近で待機していたほうが早いことも多々ある。あたりをきょろきょろと見渡してみる。もしかしたら、注文したクレープが先に出来上がって、ちょっと前に席を探し始めたえーちゃんがもうすでに席を見つけているかもしれない。そうやって、周りを見渡してみると、クレープを手に持って二人掛けのテーブルについているえーちゃんを発見した。流石はえーちゃん、もうすでに席を見つけてキープしてくれていたようだ。周りや足元には気を付けながら、やや駆け足でテーブルをめざした。
「おまたせ」
「ううん、全然待ってないから大丈夫」
まぁ、うん。クレープの出来上がりの差。そんな大した時間ではない。このやり取りをしたかったから言ってみただけだ。でも、こういう意味自体は対してない言葉のやり取りでさえ楽しい。こういうのが楽しいのだ。
「さて、食べよっか」
「うん」
わたしは、手に持っているホイップクリームがたっぷり入ったクレープに噛り付いた。モチモチとした触感の生地にふわふわとしたホイップクリームの触感、ベリーのさわやかな酸味が口全体に広がり、その直後にホイップクリームの濃厚な甘み酸味を追うように舌に絡みつく。
ちらり、えーちゃんのほうを見やる。クリームやソースといったものが見当たらない。ということは、いつものを食べているのだろうか。
「えーちゃんはいつもの食べているの?」
「ううん、今日はシナモン入の奴」
ということは、バターシュガーではなくて、シナモンバターシュガー。
「あんまり変わらないような……」
クリームじゃないのがなかなか。
「えーちゃんって、いつもバターシュガーとかそういうのよく食べているけど、ほかのは食べないの?」
「うーん……」
よくよく考えてみると、えーちゃんがホイップクリーム入りのクレープ食べているの見たことがない。バターシュガーか、たまにしょっぱいの食べているくらいで。一度だけアイスの入ったやつ食べているのを見たことがあるけど、基本的にはおかずが挟まった系かバターシュガー系しか食べていない気がする。
「ホイップクリームとか、どう? 一口」
わたしは手に持ったベリーベリーホイップを差し出す。追加トッピングでホイップクリームを増してるから、わたしが一口食べたからと言っても、まだかなりもっさりしている。ちょっと、気を付けて、食べ口は上にしておく。なんかホイップクリーム落ちてきそうで怖いし。
「うーん……じゃあ」
えーちゃんはそう言って、小さな一口分、わたしのクレープを口にした。
「嫌いじゃないけど、やっぱりクリームは少し苦手かな。あんまりいっぱいは食べられなさそう」
そういうえーちゃんの口の端にはホップクリーム。小さな一口でも、いや小さく口を開けたからこそといえるが、これは大量に盛ったホイップクリームのクレープだ、ほんのちょこっとついてしまったらしい。
「クリームついてるよ」
クレープを持っていない方の手を伸ばし、紙ナプキンで拭った。
「ん……ありがと。ヒナもついてるよ」
えーちゃんに指摘されるが、何となくそんな気はしていた。
「うん、まぁ、でも多分またついちゃうだろうから、先に全部食べちゃうことにするよ」
一度ついたってことは、多分またつくかもしれないし。何回もふき取るのも少し面倒くさいから。
大きな一口と小さな一口分減ったクレープをむしゃむしゃと食べていく。なんか、一口食べるたびにクリームがあふれ出してきて、早く次の一口に行かないと零れ落ちそうで怖いからどんどんと食べていく。そうしていると、すぐにクレープを食べ終えてしまった。
クレープも食べ終えたことだし、左手の紙ナプキンで口元を拭った。
早く食べ終えてしまったし、あとはえーちゃんが食べ終わるまで待つだけ。とえーちゃんのほうを見ると、えーちゃんはクレープを持つ手をこちらに向けている。
「さっき、食べさせてもらったから、お返し。私のも一口いいよ」
手に持っているクレープはまだほんの少ししか手を付けられていない。もしかしたらわたしが食べ終わるのを待っていたのだろうか。
「それじゃあ、遠慮なく」
大きすぎる一口を一口というのもあれなので、ほどほどで一口。食べる前から顔って伊熱田シナモンの香りがより強く鼻を通り抜けていった。クレープカリカリの中にモチモチを感じられ、よく謳い文句としてあるカリッモチッの美味しさをよく実感できた。
「うん、これはこれで美味しい。クリームばかりではないんだね、クレープって」
でも、やっぱりクリームは捨てがたいかも。両方食べるってのいいかもしれないけど、カロリーとかどうなんだろ。今度調べておこう。太ってるってわけじゃないけど、やっぱりいっぱい食べるとなると、少し気になるのがカロリーというものだ。気にしてるからと言って同行するわけじゃないが、やっぱり、知るだけでも知っておきたい。そんな感じ。本当になにかをどうこうするわけじゃないんだけどね。
そのあと、えーちゃんと会話しながらえーちゃんがクレープを食べ終わるのを待った。
「ごめん、待たせた?」
「ううん、全然待ってないよ。ずっとお話ししていたんだし。それに、もとはといえば、わたしが食べるのを急ぎすぎたっていうのもあるし」
ふたりして、席を立つ。ここに長くとどまっても次の人が座れないし、食べ終わったなら早く去ろう。
「さて、これからどうする?」
「陽菜に任せるよ」
「うーん……どうしよっか」
ほかの何かをするといっても、別に何か目的があるわけでもないし。そういえば、このモールには映画館があったはず。映画でも見ようかな。えーちゃんに聞いてみよう。
「えーちゃん、映画とか、どうかな?」
「陽菜が見たいなら、それでいいと思うよ。一緒に見よっか」
えーちゃんがいいなら、映画を見に行くとしよう。
「じゃあ、映画館いこっか。たしか、この階の端の方だったよね?」
きょろり、きょろり。くびフリフリ。さて、どっち側だっただろうか。間違って反対側に行ってしまったら、また戻ってくるどころか、そのあと反対側の端に行くわけだから割と面倒くさい。わたしは別にそれでもいいんだけど、えーちゃんを無駄に歩かせるのもどうかと思うし、ちゃんと正しい方向に行こう。
「じゃあ、いこう」
そういって歩き出そうとして。
「まって、陽菜」
えーちゃんに止められた。
「そっちは逆」
どうやら間違っていたらしい。
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