茹でガエルの心

茹でガエルのこころ①

 別に、特別な何かがあったわけではない。


 いつも通りであった。そう、いつも通り。少し遠ざかってみてみれば、いつも同じなのだ。


 それは確かに、小さい細々としたところを見てしまえば、違いはある。幼稚園に行ったり、小学校に行ったり……そして今は中学校。それらは確かに違うけど、特定のいかなければいけない場所に、平日は行かされている、通っている。そう考えると、変わらない。この後だって、高校変わって、大学に変わって、会社に変わるだけだろう。


 普通で、何もかもが普通で、それでいて、素晴らしかった。素晴らしいはずだ。ただ、わたしがそれを理解できないだけで。


 一日だけ、ずる休みをしてみた。親には風邪をひいたと嘘をついて。


 この世界は自由があるように思えて、まじめに見せようとすると割と自由なんかない。家にいようと外にいようと。だから、本当の自由を感じる世界とは、一人で家の中で過ごすのが一番それに近いと思った。


 父さんもお母さんも会社に行って、ただ一人、家に残った。別に何をしたわけじゃない、ベッドの上でごろごろしていたら一日が終わった。家の中で好き勝手するどころか、トイレ以外で部屋を出ることすらしなかった。


 小さなものだ。ただでさえ小さな家なのに、その中でさえ好きにする気概もない。きっと大人になっても変わらない。家が日本に、部屋が東京に、トイレが人付き合いや仕事に置き換わるだけで、何ら変わりない。本質的にはちっちゃいままなんだろう。この小さい世界でさえ、飛び回ることをしない、駄目なわたし。臆病で、何もできない小さな鳥の子供みたいなものだ。


 何かしようと思い立っても、それを行動に移すことができない。それをした後、世界が わたしにどういう反応を示すかを考えると、何もできなくなるのだ。


 ほかの人もそうだといいんだけど、みんなを見てるとそうは思えない。後先考えず行動敵るのはある意味うらやましい一面がある。自分がしたいと思ったことを、なりふり構わずに実行に移せる人たちがうらやましい。臆病なわたしはそれができない。わたしが何かをするには、やっぱりえーちゃんの力が必要なんだ。


 幼稚園の演劇のお姫様だって、小学校の時の学級委員長だって、えーちゃんがいたからできたことだ。えーちゃんが隣にいれば、小さな鳥は小さな鳥でも、大人のつばめくらいにはなれるのかもしれない。頑張って飛び回るのだ。


 そんなえーちゃんだって、いつまでも一緒にいてくれるわけではない、早ければ高校に上がる頃には別れることになるのだろう。別に友達でなくなるわけではないだろうが、きっとわたしは、ただの小さくて臆病な鳥の子供に戻るだろう。


 朝起きて、昨日の風邪は何だったのか、まるでそんなことなかったかのように朝を過ごし、髪の毛をいじって二つの尻尾を作ってから、学校を目指して家を出た。歩いていけば二十分。自転なら割と早く行き来できるんだろうけど、わたしは歩くの好きだから、徒歩で登下校している。たまに間に合わなくなったり、都合が良かったりして車に乗ることもあるけど、それはそれで歩きならではとも取れる。それは確かに時間はかかるけど、自転車より自由度が高いので、そこまで時間を重視するわけでもなし、歩いたほうがいろいろ遊び心があるだろう。それに、登下校の時間は半孤独の状態であるか、えーちゃんと一緒なのだから、どちらにせよ長いほうがいいに決まっている。


 まぁ、えーちゃんと一緒に帰るってことは、それそのものが基本的には時間がかかるということなんだけど。なにせ、えーちゃんの家自体、わたしの家とは逆方向のところにある。えーちゃんの家を経由してから帰ると一時間かかる。見事に逆方向。行って戻ってきてそして帰る。約三倍近くの時間がかかるのだ。稀にあることで、えーちゃんの家の高そうな車に乗せてもらうときはともかく、徒歩の場合はすごく時間がかかる、でもまじめな自分でいるよりかは幾分楽だし、それはそれで嫌いじゃない。


 帰ってからは同じ。いつも通り。まじめなわたし。まじめなんて本当は何なのか全くわからないのに、まじめである振りをする。それが一番世界と友好的でいられる選択肢だから。


 そして、また次の朝がやってくる。同じ。結局は同じ日常を歩む。


 次の日、また次の日。その次はお休みだ。今週初めの焼き直し、ベッドの上でごろごろするだけで一日が終わる、宿題は休日二日目にやってしまえばいいだろうと、だらけられる限りを尽くして、だらけてみる。結果のところ、学校を休んでまでして得た時間は大した意味はなかったということを理解することができた。なかなかにくどい話である。要約すれば、わたし個人で決めたことはあまり上手い方向に流れていかないということだ。とりあえず、お出かけセットを小さめのポーチに詰めて、今日は寝るとしよう。


 そして日曜日。ある意味、週初めとも取れる。だが、世間一般的な週初めというのは月曜日だろう。まぁ、日曜日は日曜日以外の曜日に変えるなら月曜日なので、今日もまた月曜日なのかもしれないけど。今日は宿題をしよう。そう思いつつも、朝の日程、髪を束ね、二つの尻尾を作った。そう思っていたのだけれども、えーちゃんから電話が来た。


「陽菜……今日は遊べる?」


「えーっと、うん、まぁ、もちろん」


 今日は宿題でもしようと思っていたのだけれども、そんなに宿題の量が多いわけでもないし、別にいいだろう。それに。えーちゃんが誘ってくれているのだから、断る理由も特になし、行くに限る。正直な話、今週の日曜日はえーちゃんが遊びに誘ってくると思っていたのだ。毎月第二日曜日、その時だけはわたしからじゃなくて、えーちゃんから遊びに誘ってくれる。いつからだかは忘れたけれども、ずっとそれが当たり前になっていた。それを分かった上で、昨日宿題をしなかったのだから、多分、もともとやる気なんかなかったのだろう。やっぱり、わたしはあんましいい子ではない。


「じゃあ、今日はどこにする? 陽菜」


「うーん、えーちゃんはどこに行きたい?」


 えーちゃんにそうは訪ねてみるけどこれもいつも通りの返答が返ってくると思われる。でも、訪ねるのは、一種のお決まり、ある種の定型パターンなのだ。


「ヒナの行きたいところなら、私も行きたい。それがいいかな」


 いつもの通りである。


 ちらり、カーテンの隙間から窓の外を見る。この時間帯にしては、薄暗くすべてが色濃く見える。さて、今日は本当なら遊園地にでも行きたかったのだけれども、これじゃあ外で遊ぶには向かない。仕方ないし、今日はいつもの大型モールにでも行って、買う気のさらさらないウインドウショッピングでもするとしよう。


「じゃあ、いつものモールとかどうかな?」


「わかった。じゃあ、そうしよう」


 となれば、あとはやることは決まった。昨日のうちに用意したポーチを腰につけ、玄関の扉を開けたら、あとは軒下で待つだけ。そうして数分すると、高そうな車がわたしの家の前に止まった。やっぱり、車の中から電話してきていたらしい。わたしはその車の後部座席に乗った。

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