第23話
「確かに。人は人を裏切っても、知識は人を裏切りません」
そして少し、
「悲しいことですが」
「それを悲しいと思うのなら、お前の心はまだ荒んではいないようだな」
ダイヤモンド・エルはじっとコー・リンをみつめた。
「盗人などをしているくせに、不思議な男だ」
「いえ、充分、荒んでおりますよ、マダム」
力なく微笑むと、コー・リンは言う。
「私は……私の血は人を裏切り続けていますから。そして、この手は何も救えないのです」
「救えない、だと?」
ダイヤモンド・エルは軽く笑う。
「まるで王の憂鬱だな」
「王の……憂鬱」
「ああ、そうだ。……知っているか。わが国王は、毎日、民の幸福を祈って朝な夕なに祈りを捧げるそうだぞ。朝は日の光に、夜は月の輝きに。
それで私たちを救えると本気で思っているらしい。笑えるな。祈って得られるのは祈った者の一時的な心の平穏だけだ。私たちの生活は何も変わることはない。どうしたのだろうな、賢王として知られた王が。おかしくなっていくようだ」
「王は」
静かに、喘ぐようにコー・リンは言った。
「祈ることで、強くなりたいのかもしれません」
「そうか、そうだな」
ふと、横たわる姉に目を向けて、彼女は頷く。
「私も祈った。どうか、私からもうひとりの私を奪わないでくれと」
「それに答えてくれたのが、善良な神でなく悪魔だったというわけですね」
「愚かだと人は笑うだろうが、それでも私は構わない。……元々、ダイヤモンド・エルというのは私たち姉妹が子供の頃に作り出した架空の友達の名前だった。彼女は美しく、強く、何でも出来た。何にも、誰にも負けなかった。悔しい時、辛い時に私たちの心を支えたのは、美しく強いダイヤモンド・エルだったんだ。私たちはいつかダイヤモンド・エルになろうと誓い合って生きてきた。だから」
彼女はそっと、冷たい姉の手を握った。
「私たちはふたりでひとつ。ふたりでダイヤモンド・エルなんだ。どっちが欠けても成立しない。だから、どんな手を使っても姉を失いたくないんだ……」
最後の方の言葉は涙で濡れているようにコー・リンには聞こえたが、それには気が付かないふりをした。
「……色々とつまらない話しを聞かせてしまったな」
静かにダイヤモンド・エルが言った。
「今まで誰にも話さなかったというのに、何故かお前には話してしまった。おかしなことだ。お前に話しても意味のないことなのにな」
「ええ、そうです」
コー・リンはふと目を逸らす。
「私は何の力もないただの花盗ですので」
「そうだな。そのただの花盗は」
そっと傍に寄るとダイヤモンド・エルはコー・リンの頬を指先で触った。
「なかなかにいい男だ。私の好みだよ」
え?
一瞬の間の後、コー・リンは恐る恐る自分の体を見下ろした。そして、ああ、と絶望的な声を上げる。
いつの間にかに術は解けて、コー・リンは元の姿に戻っていたのだ。しかし、彼の体にルカのドレスは小さすぎた。真紅のナイトドレスはぴったりと彼の体に張り付き、今に破れてしまいそうだ。
「この格好は……最悪だ……」
『いいんじゃないか。変態街道まっしぐらって感じで』
笑いをこらえているような声が碧い剣から聞こえてくる。
『なかなか可愛いぞ、ルカちゃん』
「小僧、へし折ってやろうか」
『やれるものならやってみろ』
「お前なあ……!」
「おい、コー・リンとやら」
苦笑交じりにダイヤモンド・エルが割って入った。
「痴話喧嘩の途中で悪いが、お前の正体がばれたところで、トーイの術も解いてくれ。その代わり、さっきほども言ったようにお前のことは見逃してやる。術を解いたらここからとっとと出て行け」
「それは本気で? こうして秘密を覗き見た私を見逃してくださると?」
「信じられないという顔だな」
「失礼ながら、あなたには敵が多い。ダイヤモンド・エルが実はふたりいて、しかもそのひとりがこの有様」
コー・リンはちらと横たわるダイナに目をやる。
「これはあなたにとっては弱点です。その弱点を知った私を見逃してくれるのですか?」
「そこは信じて貰うしかないな」
「判りました。信じましょう」
あっさりと頷くと、コー・リンは懐から例の羽ペンを取り出した。そして、トーイを手招く。
「こっちへ来い」
憮然とした表情で、それでも請われるままにトーイはコー・リンの前に立った。
「動くなよ」
言うや、羽の部分でさらりと彼の額をひと撫でする。と、途端にトーイは背中を丸め、激しくせき込み始めた。
「トーイ!」
「大丈夫」
心配して弟に寄り添うダイヤモンド・エルに、優しくコー・リンは言った。
「もう、言葉は戻っています」
「トーイ? どうだ? 何か言ってみろ」
「エ、エリナ……」
かすれた声でトーイは言うと、いきなり姉の体をぐいと押した。
「離れてろ!」
そして、後ろ手に隠し持っていた刀をぎらりと引き抜く。
「悪いな。逃がしてやるという約束はお前とエリナの間で交わしたものだ。俺は知らん」
「そう来るか」
にやりと笑って、コー・リンは後ずさる。
「なかなかいい理屈だよ」
「お褒めいただき光栄だ。じたばたするなよ、お前の血で部屋が汚れる。ひと思いに殺してやるから心配するな」
「そうか。そう言って貰うとありがたい。こちらも遠慮がなくなるというものだ」
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