第21話

「こんな深部にまで潜入してきて、たかが花を盗むのが目的とは。お前の目指す花がここのどこにあるというのだ」

「それは、マダム。あなたの中に」

「……お前、まさか、私を口説いているのか? たかだか花盗人が、何を勘違いしている」

「ベッドに戻って先ほどの続きをしたいのはやまやまですが、今の私にはそれほどの時間がありません。仕事をさせていただきます」

「何をするというのだ」

「はい。あなたの胸をその碧い剣で斬り裂き、そこにある花の蜜を頂戴いたします」

「ふん。やはり、私の命を狙っているのではないか」

 彼女は険悪な表情でコー・リンを睨みつけると、手にしている碧い剣を掲げるようにして持った。

「私の胸を斬り裂いて殺すつもりのこの剣を、易々とお前に返すと思っているのか。返り討ちと言う言葉もこの世にはあるのだぞ」

「いいえ」

 穏やかにコー・リンは言う。

「私は花盗。花の蜜を盗む者。あなたの命を奪うつもりはありません」

「これ以上、ふざけたことを言うな、盗人め」

「私はコー・リンと申します。よろしければそうお呼びください」

『おい、リン。喋りすぎるなよ』

 突然、碧い剣から少年の声がした。さすがのダイヤモンド・エルもぎょっとして、思わず剣を取り落した。

「な、何だ? 剣が喋った?!」

 数歩、後ずさる彼女の反応に、コー・リンは当然だと頷く。

「大丈夫。そんなに怖がらないで」

 そして、絨毯の上に落ちた碧い剣を素早く回収し、そのついでにトーイの取り落した刀を遠くに蹴飛ばした。

「この剣は私の相棒ですから」

「相棒? ……お前、花盗人などと言っているが一体、何者なんだ? 気味が悪いぞ」

『気味が悪いんだって。言われているぞ、リン』

「いや、お前のせいだから」

「……剣と話しができるのか」

 怖がりながらも、ダイヤモンド・エルは興味津々で碧い剣とコー・リンを交互に見て言った。

「一体どういうからくりだ?」

「さて、どうでしょうか」

 にこにこと愛想よくコー・リンは応じる。

「人にはいろいろと秘密があるものですから。あなた様にもおありになるでしょう?」

「ほう、私に、か」

「はい。例えば、この部屋に漂う香り、とか」

 その言葉に、ダイヤモンド・エルだけでなく、床に座り込んでいたトーイもはっと顔を上げ、敏感に反応した。

「核を突いたようですね」

「……何が言いたい?」

「この香り。これはティールの花と樹液を混ぜて作るこうですね。ティールは殺菌作用があることで有名な木です。その香をこれほどに焚く理由は……死臭を消すためなのではありませんか?」

 すっとトーイが立ち上がった。目が冷たく光っている。

 ああ、本当に猫のような男だな。

 呑気にそう思いながらもコー・リンは用心深く、そっと後ろに下がってふたりから充分な間合いを取った。

「噂によるとここには隠し部屋があるとか。その扉はおそらく」

 真っ直ぐに彼が指さしたのは本棚だった。

「何か呪文でも唱えれば開きますか?」

「その必要はない」

 笑みさえ浮かべてダイヤモンド・エルは言った。

「ある場所を押しさえすれば、簡単に開く扉だ」

 トーイがにゃああと鳴いた。どうやら姉に余計なことを言うなと抗議したようだが、彼女は取り合わない。コー・リンを探るようにみつめながら言葉を続けた。

「だが、お前がその隠し部屋に何の用事があるというのだ? 花を盗みに来たのではなかったか?」

「はい。花盗人としては、目の前にある秘密の花園を覗かないわけにはいきませんので」

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