第20話

「そうだな」

 ダイヤモンド・エルは片手でコー・リンの首を掴むと、そのまま彼を乱暴に起こした。

「この体はルカだ。お前、ルカに何をした?」

「少しの間、姿を借りただけだ」

「借りただと? 元に戻せるんだろうな?」

「うーん、多分」

「おい、お前。ふざけていると後悔するぞ。ここをどこだと思っている?」

 トーイが語気荒くそう言うと、ベッドに近づきコー・リンの顔を覗き込んだ。

「生まれてきたことを後悔するような死に方をしたいか?」

「は? 何ですか?」

 聞こえません、と言う顔でコー・リンは小首を傾げる。

「お前なあ! いい態度じゃないか!」

 ダイヤモンド・エルを押しのけると、トーイは前のめりになってコー・リンの胸元を掴んだ。

「なめていると泣くことになるぞ!」

「なく?」

「ああ、そうだよ」

「じゃあ、せっかくだから君に鳴いて貰おう」

 にこりと笑うとコー・リンは、トーイの目の前にすっと一本の羽ペンを差し出した。そして彼の額に素早くある文字を書いた。

「……って、何をする!」

 慌ててトーイは身を引くと、何事かと額に手を当てる。そんな彼にダイヤモンド・エルが心配そうに寄り添った。

「どうした? 何かされたのか?」

「こいつ、今、俺の額に……にゃあ」

「は? にゃあ、だと? 何をふざけている、トーイ?」

「ふざけてなんか……にゃあ」

「おい?」

「にゃあ、にゃあ、にゃああああ」

 トーイは手にしていた刀を取り落すと、口を手で覆い崩れるようにその場に座り込んだ。

「トーイ!……ルカ、お前、トーイに何をしたんだ!」

「へえ、結構、使えるじゃないか、この呪具」

「呪具、だと?」

 睨みつけるダイヤモンド・エルに、コー・リンはベッドの上に胡坐をかいて座りなおすと、微笑んで言った。

「この羽ペンは『言葉書き換えペン』というんだ。名前はベタだが、効果はこの通り」

 と、もがいているトーイを羽ペンでさし示した。

「彼の額にこのペンで『猫』と書いた。彼が何か言おうとすると口から出てくるのは『にゃあにゃあ』という猫の鳴き声になる。可哀そうに彼は人間の言葉を失ってしまいましたとさ」

「言葉を……」

 ダイヤモンド・エルは苦り切った顔で、手で口を覆って苦しそうにしているトーイと余裕でこちらを見て笑っているコー・リンを見比べて、そしてやがて諦めたように溜息交じりに言った。

「トーイを元に戻せ。そうすればお前のことは見逃してやる」

「それはありがたい」

 にやりとしてコー・リンはベッドから下りるとダイヤモンド・エルの前に立ち、丁寧に一礼した。

「改めまして。ダイヤモンド・エル、あなたさまの花を奪いに参りました」

「花? 命の間違いだろう。そんなことはどうでもいい。早くトーイを何とかしろ」

「若い愛人は可愛いようですね」

「愛人?」

 ふんと彼女は小馬鹿にするように笑った。

「あれは愛人じゃない。弟だ。腹違いだがな」

「弟……」

 そう言われてコー・リンは納得する。柔らかそうな黒髪や緑がかった黒い瞳、すらりとした体つきなど、二人には共通点が多い。

「なるほど、似ていますね」

「判ったなら、弟に掛けた術をさっさと解きやがれ」

「その前に、碧い剣をこちらにお返しいただきたい」

「……これか」

 彼女は自分の右手にある碧い剣を冷めた目で見る。

「こんなもので私を殺そうとは。いい度胸だな、お前」

「それは誤解です。私に殺意はありません」

「よく言う。剣を忍ばせて私の部屋に侵入しておいて、その言い訳は見苦しいを通り越して滑稽だ」

「私は暗殺者ではありません、マダム。ただの花盗かとうです」

「かとう?」

「はい。花盗人はなぬすびとです」

「花を盗む、というのか」

 呆れたようにダイヤモンド・エルはコー・リンを見た。

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