第17話

『いいんじゃない。なんならあんたがここで働けば』

「……お前なあ」

「おい、どこへ行く」

 不意に男の声が横合いからして、慌ててコー・リンは口をつぐんだ。

「何だ、ルカじゃないか。お前、お客が付いたはずだろ、こんなところで何をしている?」

「ああ、ええっと」

 現れたのは年配の男衆だ。怪訝げにじろじろとルカの姿をしたコー・リンをみつめる。

「お客……ええっと、旦那様は眠ってしまって、その……」

「寝ちまったってか」

 不意に彼は笑い出した。

「まだガキみたいな顔した奴だったもんな、お前、あの坊やに子守唄でも歌ってやったのか」

「……そんなことは……ありませんけど」

 微妙に口元を引き攣らせながらコー・リンは言ったが、男衆はそんなことには気付かず言葉を続ける。

「で、お前、どこに行くんだ? また、あねさまのところか」

「え? 姐さま?」

「あの方はお忙しいっていうのに、遊女の教育には手を抜かねえからなあ」

「教育……」

「うん? 何だ、違うのか」

「あ、違いません! そうです、姐さまの所に行く途中でした!」

「そ、そうか。そんなに張り切らなくてもいいだろうに」

「それで、姐さまは今、どちらに?」

「そりゃあ、ご自分のお部屋だろう」

 そう言って、男衆は右側の細い廊下を指さした。

「そういやあ、今日はお顔を見ていないなあ。お部屋に籠っていらっしゃる。どうしたのやら」

「それでは私がご機嫌をうかがって参りますわ」

 うふふふと笑いながら、コー・リンは男衆が教えてくれた右側の廊下に滑り込んだ。

「おいおい、姐さまがお前ら遊女に甘いからって、調子に乗るんじゃねえぞ、お忙しい方なんだからな、いいな?」

「はーい」

 可愛らしく返事をしながら、コー・リンは廊下を小走りに進む。

「よし。これでダイヤモンド・エルに会える」

『そう簡単に行くかなあ』

「あの男の話しだと、遊女がダイヤモンド・エルに直接会うことはよくあるみたいじゃないか。意外と早く終わらせることができそうだぞ」

『それは良かったね、坊や』

「……お前が言うな、小僧」

 ぶすりとして言い返すと、改めてコー・リンは辺りを見回し、鼻をぴくつかせる。

「何だ? 微かだが匂いがするな」

『香水かな? 甘い香りだね。そう言えば、ダイヤモンド・エルの部屋はいい匂いがするんだろ?』

「うん。しかし、これは香水か? 香水なら遊女たちからもしていたが……まあ、いい。この匂いを辿れば彼女の部屋に行きつくだろう。いい道しるべになる」

 周囲に目を配りながら、匂いのする方にコー・リンは歩いた。そうして行き着いたのは頑丈そうな鉄の扉の前だった。

「まるで要塞だな」

 その扉を見上げながら呟くと、彼は大きく息を吸った。やはり例の匂いはここからする。

「間違いない。ここがダイヤモンド・エルの部屋だ」

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