第14話

「あ。はい。でも……そういう噂って、気になりますよねえ。他にも死体を見たって言う人もたくさんいるんでしょう? お兄さんは何も知らないんですかあ?」

「そういうわけじゃないが……よせよ。好奇心猫をも殺すと言うぜ」

「そうだけど……」

 コー・リンは子供が拗ねるように口をすぼめてしばらく考えていたが、不意に笑顔になると懐から財布を取り出し、そこから数枚の札を抜いた。それを男の手にそっと握らせる。

「おいおい」

「世話して貰った御駄賃ですよ。足らない?」

 言って、更に数枚を手に握らせる。

 男は困惑して、その手の中の札とコー・リンの好奇心で一杯の顔を見比べていたが、仕方なさそうに息をつくと、声を落として話し始めた。

「……俺が聞いたのは隠し部屋の話なんだが」

「隠し部屋?」

「ああ。姐さまの部屋には壁の向こうにもうひとつ部屋があるんだと。

 ある時、姐さまに用事があってやってきた男衆が、壁が少し開いているのをみつけたんだ。何だろうと気になって中を覗いてみたら、豪華な内装の部屋で、そこもとてもいい香りがしたんだと。真ん中に大きなベッドが置かれてあって、そこに」

「ダイヤモンド・エルの死体が寝かされていた、とか?」

「そうだ。たくさんの管に繋がれていて、最初は姐さまが疲労回復のために何かの薬を体に入れているのかと思ったらしい。姐さまを訪ねてよくここに怪しげな医者も来ているからな」

 医者?

 コー・リンの脳裏に、ここに来る途中にすれ違った白衣の男の姿がひらめいた。

 あいつのことか……?

「その男衆、それで引き下がればいいものを、気になって姐さまに近づいて声を掛けてみた。しかし姐さまからの反応はない。相変わらず、姐さまの寝顔は美しかったが、しかしどうも様子がおかしい。説明のつかない違和感があって、ためらいつつもそのむき出しの腕にそっと触れてみたら……その体は氷のように冷たくて、到底、生きている人間のものとは思えなかったそうだ。……そいつも姐さまの死体を見たとか、蘇ったなんて噂は既に聞いて知っていたから、すっかり怖気づいちまって、慌てて部屋から逃げ出した。しかしその翌日、姐さまはいつもの通り俺たちの前に姿を現し、貧民窟を闊歩し、女たちや男衆に指図をしている。

 彼女は死んでいなかったんだ。だが、それでもそいつはがんとして言うんだ、あの時、姐さまは確かに死んでいたってな。俺にその話をした数日後に、そいつは怯えに怯えて、錯乱してな、結局ここを辞めて出て行っちまった。その後、どうしているかは判らん。俺が知っているのはこんなものだ」

「へえ。気味の悪い話しだねえ……」

 口に手を当てて、心底、怖がるふりをしながらコー・リンは内心、面白くなりそうだとほくそ笑んでいた。


 ★

 まだあどけなさの残る可愛らしい顔立ちをした遊女は、音を立てないようにそっとベッドを降りると、あでやかな真紅のナイトドレスの、乱れた胸元と裾を整えた。そして、正体失くして眠っているコー・リンの顔を覗き込む。

「……二度と目覚めないなんてことはないだろうな。そんなことになったら、さすがに目覚めが悪い」

 彼女はそう言いつつも、彼の腰に手を伸ばし、そこに差してある碧い剣を引き抜いた。部屋の薄暗い灯りの中でも鞘の装飾に使われている宝石『天空の欠片かけら』はきらきらと輝いて彼女の心を魅了する。

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