第9話

「謀反があった。側妃の一人が王の暗殺を企てたんだ。未遂に終わったが、側妃はその場で自死、その親族は幼い子供も老人も例外なくすべて粛清された」

「そんな話し、初めて聞いた」

「王家はその事実を隠した。内部から謀反人が出たなんて恥だからな」

「いつのことなの?」

「もう五年ほど前になるな」

「それって、リンがここに来た頃と一致するじゃない……それじゃあリンは」

「どうだろうな。俺はリンを貧民街のはずれで死にかけているのを拾ったが、あいつは素性どころか、名前も言わなかった。だから仕方なく呼び名として『コー・リン』と名付けた」

「コー・リン。花を司るいにしえの女神の名前だね」

「ほう、意外と博識だな」

「意外は余計よ。でも、何だって花の女神の名前なのよ、リンは男なのに」

「似合わないか?」

「……似合うけど」

 ほのかに頬を赤らめるカシスに微笑んでから、サリは少し神妙な顔になって言った。

「……しかし、引っかかることがないでもないんだ」

「え。何が?」

「リンの母親が元聖職者だと碧い剣の少年が言ってたろ」

「うん、それが?」

「謀反を起こした側妃は、下級貴族の出身で、聖職者ではないはずなんだ」

「え。その側妃がリンの母親じゃないの?」

 サリは困惑顔で肩をすくめる。カシスはその様子に少し躊躇しつつも言葉を重ねた。

「……あ、あのさ、質問ついでにもうひとついいかな。ずっと聞きたかったことなんだけど、聞くタイミングがなくて」

「碧い剣のことかい」

 カシスは深く頷いた。

「こんな世界の果てみたいな場所に住んでいるあたしたちだ。ちょっとやそっとのことじゃ驚かない。あんたみたいな魔導師もいるんだもんね。だけど、初めて碧い剣に憑りついているとかいうあの男の子を見た時は心臓が止まるかと思うほど驚いたよ」

「幽霊は嫌いか?」

「そういうんじゃない。あの子はいい子だし。幽霊だろうが化け物だろうがそんなこと、どうでもいい。あたしが気になるのはあの碧い剣そのものだよ。あれは……どういった素性の剣なんだ?」

「あの剣は古くから王家に伝わる秘宝だよ。その存在は祝福であり、災厄でもある」

「祝福と災厄?」

 カシスは思わず、自分の胸を押さえる。理由の判らない不吉な予感に苛まれたのだ。

「……それ、どういうことよ? だいたいそんな王家の秘宝をなんだってリンが持っているのよ」

「リンをみつけた時、あの剣をあいつは両手でしっかり胸に抱えて倒れていた。まさかと思って剣に触れようとした途端、碧い炎をまとったあの少年が現れたんだ。これは参ったと思ったね」

「サリ?」

「例えば碧い剣をリンが行きがけの駄賃に城から盗んだのだとしても、もうあの剣はすっかりリンのものになっていた」

「それはいいことなの? それとも悪いこと……?」

「祝福と災厄。どっちがリンに味方するのやら。俺にも判らん」

 サリはそう言ったきり、黙り込んでしまった。

 ついさっきコー・リンが出て行った店の入り口をカシスは思わず振り返る。

「リン、あなた、誰なの?」

 そう呟いた唇がわずかに震えた。

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