第7話

 サリはひとつ肩をすくめる。

「あるにはあるが、あれは邪道だ。黒魔術と呼ばれる禁忌の術。さすがの俺も手を出そうとは思わん」

「あるんだな」

「よせよ。人間が神の真似なんざするもんじゃない。それに」

「それに?」

「そうして蘇ったとしても、蘇るのは肉体だけで魂は蘇らないというのが通説だ。空っぽのダイヤモンド・エルがあのあらくればかりが集う貧民窟を今まで通り差配できると思うか? 」

「肉体だけか。心と頭の中身は戻らないってことだな」

「ああ。考えても見ろ、そもそも貧民窟を作ったのはダイヤモンド・エルその人だ。彼女以外、貧民窟を差配できる者がいると思うか? 一見、しとやかな女性だが、不眠無休でも動けるタフな体と素早い決断力を持ち、頭も良く狡猾だ。彼女が死んだ、蘇ったなどと噂される今も、貧民窟は昔と変わらずきちんと運営されている。それはダイヤモンド・エルが普通に生きているという証拠だろう」

「そうか」

 ふっと小さく息をつくと、コー・リンは言った。

「ダイヤモンド・エルが生きているなら良かったよ。死人の花の蜜を盗むなんておぞましいことはしたくないからな」

「へえ、お前でも怖気づくんだな。死人でも相手は美しい女だぞ? 血が騒ぐんじゃないのか?」

「……お前、私を何だと思っているんだ」

 傍らからくすくす笑う少年の声が聞こえて、コー・リンはますます不機嫌になる。

「お前は知らないだろうが、心に咲く花は生きているうちにしか咲かないんだ。人が死ねば、心の花も枯れる。枯れた花の蜜は毒でしかない。それを盗むなんてことはしたくない」

「ほう、蜜が毒にねえ。確かにそんなものは触りたくはないな」

「いや……」

 少し、躊躇してからコー・リンは言った。

「触りたくないとか、そういうことじゃないんだ。毒と言っても生きている人間に作用するという意味で毒なだけで、死が自然の摂理なら、枯れた花の蜜が毒に変化することも自然のことだから……」

「うん? 何だ? 何が言いたい?」

『死者への冒涜』

 ぼそりと少年が言った。

『それをリンは恐れているんだ。毒になった蜜を恐れているんじゃない。死んだ人の蜜を盗むことが死を穢す行為にあたるんじゃないかと、それを彼は恐れている』

「何だ、それは。まるで聖職者のようなことを言う」

『元々、リンの母親は聖職者だったから幼少の頃からその影響が……』

「小僧、黙れ」

 コー・リンはぴしゃりと言って少年を黙らせると、改めてサリに言った。

「呪具の用意はできた?」

「……ああ」

 とんとカウンターの上に呪具を詰めた皮袋を置くとサリはじっとコー・リンの漆黒の瞳をみつめた。

「さっきの噂だが、反魂とまでは言わないが、なにやら奇妙な気配を感じる。用心はしておけ」

「判ったよ。ありがとう」

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