第4話

 貧民街には三つの居住空間がある。

 ひとつはバラックの立ち並ぶ地上の貧民街。貧しいが善良な労働者たちが住む場所である。

 ふたつめは、貧民街の周辺に建つ中流クラスの人々が暮らすアパートや雑居ビルの、その屋上に小屋を建てて住む人々。彼らの住む場所が屋上なだけに空と呼ばれている。コー・リンたちがいるのがここになる。

 空に住む者たちは何かしらの商売を営んでいる。彼らは大抵の場合、勝手に建物の侵入し、屋上に小屋を建てて住み着いている不法侵入者なのだが、住んでいるという既成事実を作った後で、退去を求める建物の持ち主と交渉し、用心棒をかって出たり、商売で得た何パーセントかを収める契約をするなどして自分たちの居住権を守っていた。

 コー・リンの場合は、建物の持ち主であり、一階で口入屋を営んでいるダイン・レムにサリが引き合わせてくれたおかげで、無償でここにこうして住むことが許された。しかも、コー・リンたちが住んでいるのは後から突貫工事で建てた小屋ではなく、元々屋上にある部屋なので、粗末ながらも浴室もトイレも付いており、隙間風に悩まされることもなく、かなり快適に暮らすことが出来ていた。尤も、危険な仕事を依頼されても断りにくいというおまけつきではあるのだが。

 そして、最後が貧民窟と呼ばれる、地下に迷路のように張り巡らせている下水道を利用した地下空間だ。非合法の闇の取引をする者たちのたまり場で、ここに住む者、ここを商売の拠点とする者と様々だが、まっとうな人間はまず、ここには近づかない。貧民窟に足を踏み入れれば、生きて帰って来ることが出来ないと言われているからだ。

 その恐ろしい貧民窟を差配しているのが例のダイヤモンド・エルだ。彼女は貧民窟の最深部で娼館を営んでおり、彼女目当てに政府の高官や王族も身分を隠して通ってくると言う噂もある。つまり、そういった連中が彼女の背後には付いている、ということだ。

 その美貌で男を虜にし、その体で男を腑抜けにしてしまうというダイヤモンド・エルは、しかし体術に長けた女傑であり、並みの男では彼女にまず敵うことはない。不敵なコー・リンにして仕事を受けるかどうか躊躇してしまう所以である。


 コー・リンは、ふと目を眇めて更に遠くを見た。

 そこには貧民街を見下すようにそびえ立つ豪奢な城の姿がある。白を基調に濃紺と金で彩られたその城は、外見の美しさに『白百合城しらゆりじょう』と呼ばれていた。言わずと知れたこの国の王族が住む城である。

 城から少し離れたところに建っている丸いフォルムの白い御殿は『白蓮御殿しろはすごてん』と呼ばれる、いわゆる後宮だ。そこは王の妻である正妃を始め、様々な身分の女たちと王の血を引く子供たちが生活していた。そのため、そこには独特の世界観が存在した。

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