2.天空から花

第1話

 蹴飛ばされて目が覚めた。


 ベッドから転がり落ちて、コー・リンは頭を抱えながら顔を上げた。

「どうしてだろうな、最近は目覚めが最悪だ」

「黙れ。昨夜はどこをほっつき歩いていたんだ、捜したんだぞ」

「……女に攫われていたんだ、勘弁しろよ」

「女だって? このすけべ、変態、女たらし!」

「……どうしてだろうな、その台詞、つい数時間前にも聞いたような気がするよ」

 くすくすと笑い声が聞こえる。ちらりと壁際を見るとそこにもたれる様に立っている碧い炎に包まれた少年が笑っていた。

 まったく……。

 のろりとベッドの端に腰掛けると、コー・リンは深く溜息をつきつつ、仁王立ちの若い女性に向き直った。

「それで何の用かな、カシス。仕事かい?」

「あったりまえだ。口入屋のあたしがそれ以外にお前に何の用があるってんだ。仕事を欲しがっている奴に仕事を紹介するのが口入屋なんだよ。知らないのか、ええ? これだから中途半端にお高い貴族崩れは好きになれないんだ」

『違うよ』

 少年が相変わらず、温度の低い声で言った。

『リンは貴族崩れじゃない、王族崩れだ』

「……え」

「小僧、よせよ。カシスが混乱する」

『でもさ』

「カシス、それで仕事って?」

「あ、う、うん」

 困惑の表情でコー・リンと少年の顔を交互に見ながらカシスは言った。

「馬鹿な金持ちからの依頼だけど……」

「どうした?」

「報酬はいいんだけど、内容がさ」

 いつもハキハキものを言うカシスにしては珍しく言い淀む。

「あたしはさ、断った方がいいと思うんだけど、先代が持ってきた仕事だから邪険にもできなくて」

「ダイン・レムが?」

 ダイン・レムというのはカシスの後見人であり、彼女が現在、切り盛りしている口入屋の初代店主である。隠居して店をカシスに譲ったのだが、今もまだ彼の力は絶大で、重要な人物からの重要な仕事は彼を通してくることが多い。

「ふうん。ダイン・レムの顔を潰すわけにはいかないな。それでどういう仕事なんだ?」

「ダイヤモンド・エルって知ってるかい?」

「うん? それって、娼婦の?」

「ああ。貧民窟の女王さまだ。その女王の蜜を盗めってさ。できるかい?」

「女難の相でも出ているのかな」

 コー・リンはつるりと自分の顔を撫でた。

「小僧、どう思う?」

『あんたの女難は今始まったことじゃないだろう?』

「そっちじゃなくて、仕事のことだ。受けるか、受けないか」

『……そうだね』

 少年は考えながら言った。

『まず貧民窟に潜入するだけでも大変なのに、その上、ダイヤモンド・エルに接近して蜜を盗むだなんて、命がけの仕事になるよ』

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る