第3話

「……匂うな」

「何ですって?」

「あなたさまから微かに腐敗臭が致します」

「無礼な!」

「お鎮まりを。それはきっとあなたの罪ではありません」

 激昂する女に彼は鮮やかに微笑んだ。

「そしてなによりこの盗人めは、必ずあなたのお役立ちますゆえ」

「……まことか」

「はい」

 深く頭を下げるコー・リンを、それでも女はしばらく睨みつけていたが、やがて諦めたように頷いた。

「判った。お前の自信に満ちたその態度を信じよう……信じて、良いのだな?」

「お迷いですね。男一人を自分の元に攫うなどと、大胆なことなさった割に、あなたは幼い子のように震えて迷っておられる。私の力を信じきれませんか」

 一瞬の沈黙の後、重く静かに女は言った。

「確かに、私は迷っておる。お前に頼むしかない、それが判ってお前をここに招いた。だが……噂は真実なのか? 花盗と呼ばれる盗人は、人の心の深みに咲く花を盗みとることが出来るという。その花を盗まれた者は、あるいは叡智を、あるいは愛を、あるいは美貌を、永遠に失うのだと。……出来るのだな?」

「はい」

 簡潔に答えると、コー・リンはうやうやしく頭を下げる。

「この盗人めはあなたのために働きましょう」

「……いいだろう。お前を信じる。……狙うのはアレン街のリトルグリーン荘に住むロレンという女だ。その女から美貌という花を根こそぎ盗み取っておいで。その後であの女が枯れようが朽ち果てようがどうでもよい」

「かしこまりました。ですが、その前に」

「判っておる。報酬なら望みのまま与えよう」

「それも勿論いただきますが、女の花を盗みに参りますには、必要なものが」

「何だ?」

「私から取り上げましたあおい剣をお返しいただけますか」

「……よろしい」

 女はベッド脇のテーブルにかかっていた一枚の布を取り去った。そこには目も覚めるような碧い鞘に収まった短剣が置かれていた。

「これのことだな」

 そこにいたか。

 内心、ほっと息をついたが、それを顔には出さず、コー・リンは言った。

「はい、左様で」

 そっと、両手を差し出した。

「お返しください」

「美しい剣だ。これが噂の花盗の剣か」

「はい。ですが、それを扱えますのはこの世界に私きりでございます」

 ふんと鼻で笑うと女は言った。

「何もこの剣をお前から取り上げようというのではない。私が気にするのは、本当にこれを返せばお前は私の言うことを聞くのかということだ。返した途端、逃げ出されては話しにならん」

「そこは信じていただくしかありません。そもそも、その剣が無くてはマダムの望みを叶えることは出来ませんから。どうかお返しください」

「……判った」

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