第2話

 豪奢な天蓋付のベッドに腰掛けた女は、下僕に突き飛ばされ絨毯の上に転がったコー・リンを冷たく見下ろした。

「お前が花盗という男か」

「……花盗というのは職業で、名前はコー・リンと申します。以後、お見知りおきを」

 愛想よくにっと笑い、膝を立てて起き上がろうとすると、下僕が肩を力強く抑えた。それを女は手を振って止めると、下僕に部屋から出て行くように命じた。

「やっと二人きりになれましたね」

 下僕が出て行き、扉が閉まるとコー・リンはすっと、女に近づいた。

「マダム、それで私に何のご用でしょう? よほど内密なことなのでしょうね。ご自分のお部屋に見ず知らずの男を招き入れ、二人きりになるとは大胆な」

「言っておくけど、下僕たちは私が声を上げればすぐにこの部屋に駆け込んでくる。つまらないことは考えない方が身のためよ」

「勿論。あなたのような美しい方に危害を加えようとは微塵も思っておりませんのでご安心を。まあ、随分、乱暴なご招待ではありましたが」

 コー・リンは大袈裟に腕をさすってみせた。それに女は細い眉を険悪な角度につり上げると憮然として言った。

「攫うように命じたけれど、痛めつけろとは言っていないわ。怪我はしていないはずよ」

「はい。おかげさまで」

「事態は急を要するのよ。無駄なお喋りをしている暇はないわ。用件に入りましょう」

「判りました。それでこの盗人めは、美しいマダムのために何を致しましょうか?」

 ふっと赤い唇を女は歪めた。笑ったらしい。

 金の豊かな髪に、表情を隠すような濃い化粧。大粒のルビーが施された豪華な首飾りはこちらを挑発するように光っている。身にまとう夜の闇のような黒いドレスは金の縁取りさえなければ喪服に見えなくもない。

 美しい女だが、どこか陰鬱とした影があり、裕福な暮らしを送っているわりには幸せそうには見えなかった。

「盗人への頼みごとは、盗みに決まっているわ」

「なるほど。それでは誰から何を盗みましょうか?」

「ある女から美貌を奪っておいで」

「……は? 美貌?」

「そうよ。出来るわよね?」

「はあ。どうしてそんなものをご所望で?」

「憎いからに決まっているでしょう!」

 靴音を立てて女は立ち上がった。

「美貌しかない女よ。それさえ取り上げてしまえば夫は私の元に帰ってくるわ、必ず……」

 ああ、なるほど。

 すっと目を細めてコー・リンは女をまじまじとみつめた。美しく飾り立てた女の姿のその奥に見えるのは、のたうち渦巻く苦しみと悲しみ、そして濁った嫉妬心だ。

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