花盗伝 ある花盗人の物語

夏村響

1.蜜に酔う

第1話

 目が覚めると暗闇だった。

 コー・リンは用心深く、周囲の気配を探りながらそっと半身を起こした。関節が軽く痛んだが、怪我はなく、縛られてもいない。体が自由に動くのはありがたかったが、体を探ってみると当然のことながら、武器は取り上げられていた。

「小僧、いるか」

 暗闇に囁くように言うと、すっと碧い炎が空中に灯った。

「ここはどこだ?」

 返事はない。

「ぼんやりでも姿を現せるってことは近くにはあるんだな」

 ゆっくりと立ち上がって、改めて周囲を見渡す。目が闇に慣れてきて少しはここの様子が判ってきた。板張りの粗末な部屋だ。家具らしい家具はなく、今、自分が転がされていた薄っぺらなマットが敷かれたベッドの他には何もない。牢屋というほどのものではないが、窓がないところを見ると、誰かを閉じ込めるために作られた小部屋のようだ。

 ぎちりと音がした。

 慌ててそちらに目を凝らすと、扉についた小さなのぞき窓から、コー・リンをみつめる一対の目があった。

 女、か?

 切れ長の青い目は一旦、引っ込むと、低い声で傍にいるらしい誰かに命じた。

「あの男を私の部屋に連れてきなさい」

 さて、鬼が出るか、蛇が出るか。

 コー・リンは、不敵に笑った。

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