第2話 初ノ唄 想走

 突然戦闘を仕掛けて来たのにも関わらず疾風の如くこの場をあとにした阿含。そんな相手に戸惑うもひとまず落ち着き、アノンは遺跡の中へ戻ることにした。


(この遺跡内、他に何かないか。何か思い出せるものが)


 ジャラ…


 生い茂る雑草の中を歩いていると金属質の様な物を踏みつける。アノンは手探りで足元を探り、それを拾った。


「…ペンダント?」


 ペンダントを開くと1人の女性の顔写真が入っていた。年層は10代後半くらいだろう。写真は色褪せてはいるが気にさせない程、女性の笑顔は素敵だった。


「……」


 気になりながらもまずは遺跡内を見落としなく散策することに集中した。

 しかしこれ以上何かあるわけでもなくペンダントをポケットにしまい、アノンは外へ出ることを決める。


 光のゲートを潜り外に出た時だ。


「?」


 アノンは正面に誰かがいることに気づく。

 華奢な体。その後ろで背負う地に着くほど長い太刀。そして素顔を見せないインパクトのある謎の獣のお面。その者は鳥居に寄りかかりアノンが出て来るのを待っていた様子だった。それを物語る様にアノンが姿を現した途端、足を歩ませ距離を縮めてくる。


「……」


 足音だけが物音を鳴らす。

 次の瞬間――


 ガキィイイン!!


 気づけば相手は太刀を振り下ろしておりアノンは瞬時で剣を抜き、刃を交じり合わせた。

 歩いてる状態から攻撃に移り変わるタイミングは波が海に同化する滑らかさを擬似し、実に華麗な剣技だった。


「お前、女だな?」

「……」


 スゥー


「!!」


 アノンの力を上手く利用し、体を回転させ簡単に背後へ回って来る。そして最初の斬撃がアノンへと振り上げられた。


 ズパッ


「ちぃッ!」


 相手は太刀を片手で操り、その豪腕を見せつける。


「女の割に力はバケモノだな」


 しかしそんな悠長なことを言ってる場合ではなかった。アノンが口を開いてる最中も相手は瞬時に距離を縮めて次の一振りを準備していた。


(速い……)


 素早い剣捌き。アノンは全て躱しきれず斬撃を浴びる。


「ちょ、待てよ!。さっきの男といい急に敵対視してきやがって!。襲われるこっちの身にも!」


 必死に声かけするが聞く耳を持つ様子はなかった。

 太刀の長いリーチから放たれる斬撃は厄介だがその分、相手の内側には大きな隙が生じる。話し合うには一度止めるしか方法はないと、アノンは戦うことを決めた。


 振り下ろされる斬撃を躱し、刃先から辿るように相手との距離を詰めていく。しかし相手も隙をそう安安と見せるつもりもなく、不利になりそうな時は空かさず距離を離し、太刀のリーチに見合う距離から再び斬撃を落とす。それをまたアノンが躱し距離を詰めようとする。しばらくこの流れが一巡して続いていた。


「はぁはぁ」


 アノンに疲れが見えてきた。対する相手の方はお面を被っている為、どういう表情をしているのか顔色を窺うことも出来ない。


(参ったな…しんどいぞ)


 躱しきれずに徐々に増えた斬撃の痕。そこから血が大量に出血する。


(……死ぬ)


 ゾク…


 そう思った時、阿含との戦いで見せた冷たいオーラを体の中で感じた。


(…そう言えばあの時も、死を悟って変な力が湧いてきた)


 相手はアノンから感じるオーラに嫌な予感を感じたのか、猶予を与えることなく斬りかかろうとする。


「怯えろ」


 背中をぐにゃりと反らし相手の斬撃を躱す。そしてアノンが太刀に触れた時だ。太刀から伝って流れ出す酷く冷たいオーラが相手の体を駆け巡る。


死腐ノ狂気ダーテニティ


 冷たい目でアノンはそう呟いた。相手は体を震わせ、両手で太刀を握りしめる。


「…やめとけ。もう俺に剣を向けることは出来ねぇ」

「……」


 相手が退くまでアノンは何もせず眺めるつもりだった。しかし、戦いへの執念と言うモノがなんなのか。この時、アノンはそれを思い知ることとなった。

 相手が太刀をアノンでなく自身に向けた次の瞬間。


 ズブッ


「!?」


 太刀が相手の腹を貫く。この自傷行為にアノンは理解することが出来なかった。

 アノンが相手への警戒を解いた時、太刀がアノンの肩を突き刺す。


「!?」


 先程まで恐怖に怯えていたサマはどこにもない。予想もしない出来事に動揺する。痛みで恐怖を殺したと言うのか。アノンは愕然とするばかりだった。


(何者何だコイツ…)


 アノンが再び太刀にオーラを伝わせ相手に恐怖を植え付けるも同じく自傷行為を繰り返し恐怖をその都度、断ち切っていった。


(このままじゃコイツ本当に…)


 またアノンのオーラが相手に流れ込む。


「ハァッ…ハァッ…」

「!!」


 その時、か細い息を漏らす音が微かに相手から聞こえてきた。太刀がもう一度、腹を突き刺そうとした時、アノンがその両手を抑えた。


「……やめてくれ」

「ハッ……ハッ…」


 何故ここまで戦うことに、殺すことに命を懸けられるのかわからない。しかしその強い意志は、今の自分にはないものだとアノンは感じた。


「俺をそんなに殺したいか?」

「……」

「ならもう抵抗しない。殺したきゃ殺せばいい」


 アノンは相手の前に座り目を閉じる。


「俺はさっきまで眠ってて、起きた時には記憶もないもない真っ白な人間だった。これから記憶を集める為に何か動こうとも思ってたけどお前がそこまで自身を危機に追いやってまで俺を殺したい言うなら、俺はもう何も抵抗しねぇ。何も悔やむモノなんて今の俺にはねぇんだからな」

「……」


 しばらく沈黙が続くと



 …ザッ



「?」


 相手はこちらに背を向けて石階段を下っていった。アノンはそれを黙って見つめる。相手の姿が見えなくなると何かを投げられた。アノンはそれを手に取ると正体はガラス瓶に入った塗り薬。それもかなり上質な物だ。


「……ただの殺戮者の暇潰しだったか…もしくはアイツにも心があったか……もしくは…」


 アノンは口を開くことを止め、大の字で倒れる。


「とりあえず……一旦考えんのやめよ」


 風に靡かれ心の隙間に鈍い痛みが走るも、アノンは瞬時に眠りへと落ちた。

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罪雄戦記 人乃 片治 @hasekaku

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