え、擬人化する能力ってそういうこと?

琴野 音

この能力いる??

 くたびれた六畳間。紛れもない我が家で、僕は帰ってきたのだと実感する。

 暴走ハイエースに巻き込まれて意識不明の重体として病院に運ばれた僕は、どうやら一週間近くも眠っていたらしい。この家に帰ってくるのはもっと長い日を跨いだ気がする。


「さて……」


 仕事はどうなったのか、アパートに住み着いた猫はどうなっているのか。そんなことはどうでもいい。今の僕は、選ばれし者なのだから。

 棚に飾られたアニメのフィギュアを手に取り、流行る心を抑えつけながら手を伸ばす。


 そして、【彼】の言葉に従い一言だけ呟いた。


「『擬人化』……」


 その瞬間、かざした手が眩く光る。

 そう、僕は『擬人化』の能力を得たのだ。






 何も無い白い空間に、いつからそうしていたのか僕は四足のオシャレな椅子に座っていた。目の前にはカフェでよく見るタイプの細く丸いテーブル。対面の椅子には知らない男の人が座っている。


「……あなたは」


 よく見えない。ぼんやりと男のような気がするけど、どうしてもハッキリと視線を当てることが出来ないのだ。

 これは夢なのかもしれない。しかし、その割には意識が整っている。よくわからない。


「私は、君たちの呼ぶところ『神』だ」

「はぁ……」

「私がここにいる理由……君に伝えなけらばならない、『佐藤 琴春』君のこれからの悲劇を」


 神を自称するその男は言う。

 僕は事故に巻き込まれて、未だ身体は眠り続けていると。

 事故に遭ったせいで、身体機能は健全ながらも寿命があと十年ほどだと。

 これは現代医学ではどうすることも出来ないと。


「そっか……」


 彼の言葉に謎の説得力を感じ、よくよく噛み締めてみる。

 あと十年。それは悲しむことなのだろう、普通の人にとっては。しかし僕は、別に現世に思い残したこともないし、それを悲しむ人も今や誰もいない。親は事故で既に死んでいるし、趣味のせいか友達もいない。

 噛み締めた結果、僕は声を大にして言う。


「さして問題はないですね」

「……君はなんて強いのだろう。うぅ……」


 あれ、泣いてる? 何か勘違いをしているみたいだ。この神様感受性豊かだな。

 ただ単純に脳死して今を生きているだけなのだけど、逆境に立ち向かう好青年にでも見られたようで、神様は涙を拭う仕草をする。


「わかった。君には特別に一つだけ好きな能力をやろう。もちろん、他人を殺してもバレないなど人道に背かない程度にな。これは内緒だぞ?」

「は、はぁ……」


 友達すらいない僕が誰に言うのだろうか。


「ほら、言ってみたまえ。何の能力が欲しいんだい?」

「そ、うですねぇ……」


 せっかくくれるのだから、思い切ってアレを言ってみるか。ちょっと子供っぽい思考だけど。


「じゃあ、『擬人化する能力』で」

「…………え?」


 やっぱりこんな反応か。そりゃそうだよな。全擬人化少女を愛しすぎたせいで、友達がゼロにまで減ってしまったのだもの。特殊性癖なわけだから呆れられるのも仕方ない。


「すみません、やっぱり無理ですよね……」

「あ、いや! もちろん問題ないぞ! 任せておけ!」

「そ、そうですか? ……ならお願いします」

「わかった。そろそろ起きる時間のようだ。君の生に祝福あれ」




 そうして、神様との不思議な出会いは終わった。

 病室のベッドで目を覚ました僕は、その出会いが実際にあった事だとすぐさま理解し、同時に『擬人化能力』の使い方を察した。

 彼が言っていたように本当に身体は健全らしい。医者は寿命について一切触れず「車の事故で無傷は奇跡」と壊れたおもちゃみたいに連呼していたから、現代医学で治せないというのはそういうことなのだろう。詰まるところ、気づくことすら出来ないと。


 しかし、僕の心はそんなことを気にしている暇などなかった。早く、いち早く家に帰って能力を試さなくてはならないのだから。







 そして、今に至るだ。

 いま光を受けたフィギュアは、その小さな身体に生命を宿し僕の前に立つ。


 ……はずだったのだが。


「あ、あれ?」


 まさかの不発。初めてなので上手くいかなかったのかもしれないと、気を取り直してもう一回。


「『擬人化ぁあああ!!』」


 今度は腹から声を出してみた。隣の住人からするとさぞ迷惑であっただろう。その証拠に壁を一発殴られた。

 しかし、手ばかりが光って一向に成功しない擬人化。これではただの『一瞬手が光る能力』だ。


「な、なんで?」


 そのまま不発の原因を考えて、短い人生の三日という時間を費やした。




 そして、ついに原因が判明した。


「なんてことだ……『擬人化』の能力なのに、既にリスの擬人化キャラである『まいんちゃん』に力を使ったって、マッ〇シェイクをさらにかき混ぜるようなものじゃないか……」


 思わぬ落とし穴。擬人化したものに擬人化させるのはどう考えてもおかしい。こんな事に三日も気付かなかったなんて、僕は馬鹿だ。

 しかし、そうと決まれば話は早い。僕はアパートに住み着いた猫を呼び出すためにツナ缶を皿に盛って表へ出る。


「ららにゃ〜ん、ご飯でちゅよ〜」


 貫禄の猫なで声である。

 いや、こうしないと来ないのだ。僕は声が低いから怖がってしまい、懐かれるのに二年ほどかかった。苦肉の策だったのだ。

 塀の上から顔を出したララ(猫の擬人化キャラから名前を拝借)は、機嫌よく尻尾を立てて擦り寄ってくる。


「お前だけは僕にも優しいな……」


 だから、こんなことに巻き込むのは気が引けるが、そこは大丈夫。人間になったら命をかけて育ててあげるから。短いけど、猫なら同じくらいの寿命だろう?


「『ぎ、擬人化』」


 外ということもあってやや小声。それでもしっかり手は発光してララを包み込む。

 これは、成功か?


「……………………」


 当たり前のように、不発!!

 どうなっているんだこの能力!!


 その夜、暗い部屋で手を光らせまくることでしばしの役目を与えてやった。




 一週間。もはや『擬人化』という概念を知るために辞書を購入した日のことだった。

 何度も読み直し、付箋まで貼って『擬人化』を調べ尽くした僕は、また手垢まみれのそのページを開いていた。


「『擬人化』……か」


 その瞬間、意識していないのに手が光りを帯びる。


「な、なんだぁ!?」


 光は伸び、辞書をまるごと包みこむ。今までとは桁違いの光量。まさか、辞書を『擬人化』するつもりなのか。

 問題ない……問題ない!! 何せ僕は、ありとあらゆる擬人化が大好物なのだから!!

 部屋を埋め尽くす光が徐々に薄まり、鼓動の速さが残り時間を刻むように視界が開ける。

 そして……。


「はじめまして……琴春様」

「おぉ……」


 成功した……目の前に……擬人化少女が。

 やや古めかしい着物を着た小柄な少女。長い栗毛の髪をなびかせた清楚な面持ち。辞書の擬人化としてこれ以上無い。


「辞書が……女の子に……」

「違います」

「……え?」

「私は辞書ではなく、文字を司る神です」

「……え?」

「この日本に数多くいる八百万の神。その一人です」

「……え?」


 神様? 辞書子(いま命名)ではなくて? それってつまり失敗では……。


「あの、何をしにこちらへ?」

「その前に、話しておくべき事があります」


 栗毛の少女はゆっくりと腰を下ろすと、僕もまた同じように彼女の前に座る。


「まず『擬人化』。こちらの能力なのですが、物や動物などを人に変える能力ではありません」

「え、な、どういうこと??」

「あなたに能力を与えた神なのですが、万物の創造神という最も偉い方なのです」

「はぁ……」

「なので、地球なんて田舎の文化に詳しくないのです。つまり、『擬人化』の意味そのものを理解されておりません」


 ちょっと何を言っているのか理解できない。あの神様、確かに僕に擬人化の能力を授けると言ったはず。


「優しいお方ですので、あなたが余りにも可哀想に見えたのでしょう。どうしても願いを叶えてあげたくなったのですね。『擬人化』という言葉から、『創造神様が思う擬人化ってこれかな?』な能力を作ってしまったのです」

「…………あの」

「はい」

「その口ぶりからすると、君は知っていたと?」

「はい」

「何で間違ってるって言わなかったの?」

「上長ですから」


 なにそれ会社!? 圧力凄いのか!?

 頭が追いつかない。つまり、僕のこの能力は一体何なのだろう。


「その能力は『擬人化』という『文字』にのみかけることが出来る私を呼び出す能力です」

「え……いらない……」

「創造神は私に言いました。『擬人化という文字から人型が出ればいいのかな? ねぇ君、文字からそれっぽい格好して出てくれない?』と」

「それっぽい格好!!」

「本を読む大正時代の女の子をイメージしました」


 なんて……なんて無茶苦茶な能力だ!!

 女の子が出てきたところで擬人で無ければ意味が無い!! 食指に触れない!!

 だって神様だもの!!


 やはり手が光る程度の価値しかない。これから僕は何に希望を感じて生きていけばいいのだろう。

 そんな折、栗毛の少女は不意に立ち上がる。


「あと、一つ制約がありまして」

「こんな能力に!?」

「私を呼び出せるのは一時間だけです」


 言い終えた彼女は、ポンと音を立てた消えてしまった。

 残された僕は魂を抜かれた人形と化して、ただただ時計を見つめるばかり。


「これで……終わり?」


 死んでしまった能力に最上級の肩透かしを食らった僕は何となく辞書を開く。そこには『擬人化』の文字が他より綺麗に書かれていた。


「『擬人化』……」

「なんですか?」


そして現れる栗毛。


「……回数制限はないのね」

「………いきなり呼び出されても……困る」


 あ、ちょっと可愛い。

 こうして、平社員のような神様を呼び出す能力を手に入れた僕は、「この子は文字の擬人化だから」と自分に言い聞かせて二人で生きていくことにした。

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え、擬人化する能力ってそういうこと? 琴野 音 @siru69

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