暴風
平賀家の次男、
機嫌を損なえば息をするように人を
暴力に限らず、
だが一部の門下からは熱狂的なまでに支持されている。
それは
体力、筋力、素早さ、近接戦闘において求められるスキルが軒並み平賀の戦闘員を軽くしのぐ。単体での戦闘能力は平賀随一と目されてきた。平賀門下の古株をして、
彼が他人に無理な指示を出すのは、当人が「オレならできる。お前もやれ」というスタンスでいるせいだった。逆に言えば
だからこそ、彼を慕う門下たちは言う。
『彼に生きて付き従えることそのものが、自分の有能さの証明になる』と。
だが真信のように生き残るのに精一杯な人間からすれば、
「よぉ真信。お前が家を出て以来だなあ。日も暮れたしちょうど百日ぶりじゃねぇか。何が起こってっか教えろ」
「
まとう空気も、荒々しい口調も、真信が家を出る前から何も変わらない。いや、髪の色が青から緑に変わっている。また染めたのだろう。彼の髪色はしょっちゅう変わる。そのことを真信は、身内だからこそよく知っていた。
現れたのは
目の前に光明が見えた気がした。
まさか次兄の顔を見て、前向きな気持ちになれる日が来るとは。真信は自分でも形容しがたいほどの感銘に打たれた。
だがその感動も一瞬で幻想に返る。真信は自分の体が吹き飛んでから、兄に殴られたのだと気づいた。
「がはっ。──っ」
驚く
「質問に質問で返してんじゃねえ。お前を殴ってる暇はねぇだろ? 時間とらせんじゃねえよ」
「……ごめん」
じゃあ殴らなければいいのでは、という正論を言う者は誰もいない。
「ったく。なんっだあの化物どもは! いつから日本の山はバケモンのテーマパークになりやがった。お前なんか知ってんだろ真信」
「ああ、説明する」
自分を見つめる
再会して確信した。やはり平賀の人間を自分は、大切な家族だとは思えない。
冷えた心のまま、いま判明している情報を
「頼む、
「おいおい、頼みかたがなってねえんじゃねえか? あのバケモンとの遊びは楽しめそうだがよぉ。殺しちゃいけねえって制限つけられて、しかもやるこたあ石くれ壊せ? オレになんのメリットがあるってんだ、おい」
実篤は耳のピアスをいじくりながら高圧的に真信を見下してくる。眼光は鋭いがその口元はにやにやと笑っていた。こちらの出方を見ているのだ。
真信は慣れ親しんだ懐疑に笑ってみせる。
「メリット? 何を言ってるんだ。
次兄を真似てにやりと笑うと、実篤は途端に上機嫌になって真信の背中を叩き始めた。
「くくっ、はは! んだよ! 平賀を出て
「情? 僕らの間にそんなものないだろ」
「あったり前だろう。いいぜ。そうだな……依頼と手間賃、これで借り二つ相殺だ。お前の無茶ぶり叶えてやろうじゃねえか。おうお前ら! 聞いての通りだ。仮称“鬼”は殺さねえ。石塔はぶっ壊す。最っ高にシンプルな依頼じゃねえか。無線がやられてっから経過報告はいらねえ。結果だけ伝えろ。各自場所の確認はいいか? いいだろさっさと仕事しろ! オレは真信についてっからよ」
「「「はっ!」」」
返事が響いた時にはもう、部下たちは
だが真信の中に一つ、違和感が生まれた。
(わざわざ自分の部隊を連れてくるなんて。次兄はいったいどんな仕事で来てるんだ?)
鬼の件は知らなかったから、緒呉に関するものではないのないだろう。真信の監視ならば本人が出て来る必要もない。現れた時の
真信の平賀での扱いは『経過観察』のはず。直接の誘導等はないと見込んでいた。だから平賀から
(いや。平賀を出た僕が詮索すべきことじゃないか)
今回の件をたまたまや偶然で片付ける気はない。だが平賀の性質上、深く考えすぎるのも視野を狭くさせる誘導の可能性があるため禁物だった。なにより今は余計なことに頭を回していられる事態ではない。
結界を壊す目途はついた。次に優先すべきは深月だ。
「
「あぁ? そりゃ何基準の美人だ。グラマーか? 尻はデカいか? ヒップのサイズは」
「
「いや知ってんのかよっ。女の尻のサイズ把握してる弟は身内の恥だっつうの。真信の女か?」
「
否定しようとして、耳が異音を拾う。木の幹がへし折られるような音が近づいてくる。
音は社務所のほうからだ。暗闇に目をこらす。そこから飛び出してきたのは、金髪の少女を背負った静音だった。
「静音?
「! 真信様! ──っと
「よぉ静音。九十六日ぶりだなあ。あいかわらず上等な目つきしてやがらあ」
息を切らせた静音が、平賀の子息たちを前に
人々の中に弟の姿を見つけたのだろう。菖蒲は背中から飛び降りて
「兄さま!」
「姉さま!」
「あぁ? どっちがどっちだ?」
双子はよほど不安だったのか、互いを確かめ合うように抱き締め合った。
「こいつらが例の双子か」
次兄の問いに、かしこまった静音が頷いた。
「はい、深月さんから預かって……いえ、それより申し訳ありません皆さま。連れてきてしまったようです」
「はぁ?」
「どうして謝って……?」
平賀兄弟は同じように首をひねって、すぐに気づく。あの木材が折れる音の出所は静音ではない。それは今も続けて響いている。さっきより接近しているようで足音が地響きとなって伝わってきていた。
木々の間を掻き分けて走って来るのは、異形の怪物。
「鬼!」
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