日は毎日沈む
奥深い山の中、雑草にかき消されたかつての私道の先に、一人の小柄な男が屈み込んでいた。見つめているのは半ば土に埋まった石塔だ。
「なるほどな。たしかに大昔に結界の
一向に
「さぁて。これは過去使われたものです、なんてところで分析をやめるのは良い子ちゃんのやることでしょ。汚れきった大人はもう少し人の悪意を疑ってみようじゃないか」
まるで子どもみたいに笑いながら石塔の周りを、一歩一歩踏みしめるように歩く。
「そうだな……視点を変えてみよう。『これは過去のものだ』という認識はつまり、『今は作動していない』という認識と同義かな。おやぁ? けれどそれだと解釈が広がってしまわない? “今は”ということは、“今じゃない”時間が全てのけものだ。現在と過去、そして現在と未来は同義じゃない。ならこの視点から過去と未来を見てみれば? ほうら両方“今”じゃない」
足元の地面を撫でる。そこには最近掘り返した跡があった。他の石塔とは違い、ここのものだけ地に埋まっている。何かを仕掛けるには石塔の下部に触れる必要でもあったのだろう。だからこんな痕跡が残るのだ。
「つまりこれは、過去と未来を誤認させる術式なんだろう。この結界は過去に作動していたものではなく、未来に作動するものだ。あぁ、騙された。ひどいな、なんて嘘つきなんだろう、許せないな。──俺は嘘が嫌いなんだ」
「さぁて、アカデミスタのクソ共は
頭の後ろで手を組んで青空を仰ぎ見る。今日の最高気温は三十五度くらいらしい。だが山間部に位置する緒呉はそれよりも数度低い。照り付ける日光にさえ気をつければ夏でも過ごしやすかった。
昨日などは少し雲が出ていたが、これから晴れの日が続く。最後に雨が降ったのは先月末だったろうか。段々気温が上がっている気がする。祭が予定されている七日は、八月の最高気温になる予定なのだそうだ。
とはいえ鬼追い祭の本番は夜からなので関係ないか、と
夜が明ければ八月五日。祭まで、あと少ししかない。
小里家こそが緒呉にかつて君臨した鬼の子孫である。
そう知った真信たちは、小里家について調査を始めた。
夕食の仕込みをしながら、真信は今日までの成果を脳内で確かめる。
(アカデミスタが緒呉を選んだのには、きっと
狙いの味に仕上がった味噌汁の火を止めた。豆腐を切って、その中に落とす。深月は煮崩れした豆腐をあまり好まない。
(静音と千沙は緒呉に関する資料が役場や町立図書館に移されていないか確認しに行ってて、明日帰って来る予定になってる。手に入れた薬と町民の血液は昨日マッドへ発送済みだ。マッドなら任せていて大丈夫。そういえば奈緒から変な報告が来たけど……)
昨日の夜かかってきた電話を思い出す。いつもの定時報告の他に、その日は別の連絡があった。
『
「只野? 誰だろう。そういう人は知ってるだけでもいっぱいいるしな」
『うっわ平賀やべえな。可愛らしい女の子でしたが、お心当たりは? 本当にないんですか?』
「ないけど……なんか声のトーン低くない? 大丈夫?」
『誰かさんに多量の仕事押し付けられてちょっと疲れてるだけで~す。それより本当に知らないんですね? たぶん「えり」に関わる名前だと思うんですが』
「えっ、
『その様子だと本当に知らないみたいですね。う~ん、ってちょっとマッドさん! それたぶんお高い皿なんでそんな使い方したら駄目です! ああもうっ、真信先輩、もろもろの詳しい報告はみなさんが帰ってからしますのでっ。ていうかこっちでもまだ調査中ですし! 深月先輩をくれぐれもよろしくお願いしますよ!!』
そうして通話は慌ただしく切れてしまった。皿がどんな使われ方をしていたのか気になるところだが、あれからまだ奈緒からの連絡はない。彼女の言う通り、向こうの状況は帰ってから詳しく聞くほうがいいだろう。
今は、こっちの問題に集中しなくてはならない。
(小里の家の中を調べたいけど、そうすると必ず
鍋を見下ろす。手を伸ばしたポケットには、マッド特製の強力な睡眠薬(『起床欲も疲れも吹き飛びグッナイ粉薬』というらしい)が入っている。一度眠れば、隣でトランペットを吹き鳴らしても起きないほど強い薬だ。
昼間、見つかる危険を
真信はそう考え、何くわぬ顔で夕食の準備を手際よく進めるのだった。
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