進む時
人里を離れた森の中。獣道を切り拓いた一本の道を、一台の車が走る。車はやがて、大きな邸宅の敷地に入っていった。
正面玄関の前に停まった車から、五人の人物が降りてくる。
招待状に名前のあった真信と、深月。それに、静音とマッドもいる。何があっても対応できるように真信が選んで二人を連れてきたのだ。服装は自由と言われたため、学生組は制服を、静音とマッドはそれぞれスーツと白衣を着ていた。
そして最後の一人。夏の制服を着込んだ奈緒が、全員の前に進み出て丁寧にお辞儀する。
「ようこそ御出でくださいました。当会場の主に代わり、御礼申し上げます」
聴こえる声はいつもの奈緒のものだ。しかし真信は彼女との間にどうしようもない隔たりを感じた。奈緒が本当の間者であったことを真信が知ったせいなのか、それとも奈緒が意図して距離を置いているのか。もしかしたら、その両方なのかもしれない。
「ここに連れてきた理由。まだ説明をしてくれる気にはならない?」
真信が問うと、奈緒はへらっと笑って邸宅を示す。
「それはこの奥で話します。真信先輩、せっかちは嫌われますよ~?」
口調こそ同じでも、その目つきは普段の彼女とは違う。地獄の淵を何十年も覗き続けたような、薄暗い覚悟が宿っていた。
「そうは言っても、あたしとあの人の関係くらいは説明すべきですかね。道すがら説明しますから、はぐれないようについて来てください。ここ無駄に広いんで迷ったらヤバイですんで」
大きな扉をくぐって中へ入る。正面に大階段があり、左右には廊下と部屋が続いている。
壁際には壺や絵画といった調度品も並んでいた。しかし平賀で美術品の簡単な鑑定を教えられた真信には分かる。あれは全て、二束三文の偽物だ。
「今から会うのは、あたしの命の恩人です。深月先輩には、十戒衆の後釜に座った人物って言ったほうが早いかもですね。
階段を上がるのに、奈緒は深月に手を差し出した。エスコートということか。深月は
「
曲がり角で奈緒が吼える。振り返ると確かに、一番後ろを付いて来ていたはずのマッドがいない。
「あれっ」
「やけに静かだとは思いましたが……」
「どこ行ったんだろうねー」
「も~っ! 皆さんしっかりしてくださいよ~。まあ、マッドさんなら野生でも生きていけるでしょ。いつか巡り会えることを信じて先に進みましょう。
そのまま奈緒について行くと天井の低い部屋に出た。家具もカーペットもない、殺風景な部屋だ。床には白いタイルが一面に貼られ、中央にだけ赤いタイルが数枚固まって存在している。
部屋の一番奥には扉があり、奈緒はそこを指差した。
「あの先です」
真信と静音が部屋に踏み入る。奥へ進んでいく二人について行こうとした深月を、奈緒は繋いだ手を引っ張って止めた。
何事かと見返す深月に、奈緒は微笑んで囁く。
「深月先輩は、ここで」
奈緒は深月をその場に残して、中央の赤いタイルの上まで進んだ。先に扉まで着いた静音と、深月が来ないことに気づいて足を止めた真信とで、三人がほぼ一直線に並ぶ。
奈緒がスカートからリモコンを取り出しボタンを押した。
「!?」
「なっ!」
タイルを突き破って鉄の棒が飛び出してくる。棒はそのまま伸びていき、天井に突き刺さった。それも一本ではない。真信と静音を囲む位置に何本も出て来る。
結果二人は、一メートル四方の
部屋に入らなかった深月と、赤いタイルの上に居た奈緒は無事だ。明らかに真信達を狙った罠だった。
真信と静音は檻を掴んで外に出ようとするが、鉄は固く敵わない。
二人が抗議の声を上げようとした瞬間、柱に電流が流れた。
「うがぁっ」
「静音!? ──ぐわっ」
身体を駆け巡る電撃に檻から手を離す。全身が痺れ、目の前が一瞬暗くなる。視力が回復するのは早かったが体は思うように動かない。
微かに漂う人肉の焼ける匂い。檻の中の二人が倒れ、
深月が二人に駆け寄ろうとすると、また奈緒がそれを遮った。
「深月先輩はこっちじゃありません」
奈緒が部屋の左側を指す。すると壁の一部が移動し、通路が現れた。中から出てきたメイド服の女性が華麗にお辞儀する。
「深月先輩はそっちへ。
「奈緒ちゃん……」
「深月先輩、こっちはあたし達の問題なんです。先輩は先に進んで、あなたの問題を片付けちゃってください」
奈緒はあくまで深月に対して笑みを浮かべたままだ。それに深月は頷き、倒れ伏したまま自分を見つめる真信に視線を向けた。
「真信。先に行ってるね」
「……わかった」
しびれる舌を動かして、真信はなんとかそう返事をした。
深月がメイド服の女性と共に奥へ消えていく。すると奈緒は半分意識を失っている静音に背を向け、真信を見下ろした。
「ほら真信先輩。こっちを向いてください」
そこには、感情の消えた冷たい顔があった。
「審判の時です」
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