認識の幽霊


 玄関にカギをしっかりかけて、風鈴に挨拶しながら敷地を出る。真信は一人でとある場所を目指して歩き始めた。


 先に出た他の者達もそれぞれ好きな所に向かうようだ。みんなの背中が見えなくなり、角を曲がると、静音が駆け寄って来て隣に並ぶ。


「あれっ、深月たちに付いて行ったんじゃないの?」


 確か三人で話をしていたから、てっきりそうだと思った。静音は俯きながら首を横に振る。


「奈緒さんに追い払われました」


「ええっ。あの二人だけで遊んでるの?」


「いえ。代わりに竜登りゅうとさんを連れて行きました。三人は町はずれにある複合ショッピングモールへ出かけたようです」


 淡々と言いながら実はねているのか静音は微かに唇を尖らせている。プライベートの静音は隙が多くて、立場上彼女のしかめ面ばかり見てきた真信は、なんだか笑ってしまう。


 それにしてもなぜ静音は駄目で竜登はいいのか。謎である。


「ところで真信様はどちらへ?」


「いや、解析担当から今日の定時連絡がまだ来てなくてね。連絡もつかないし。どうせ遊んでるだろうから直接説教に行こうと思って。……ここだよ」


 足を止めたのは古い建物の前だった。派手な電飾がリズミカルに輝く。ちょうど若者たちが扉を開けて入っていくところだった。


「ゲームセンターですか?」


 そう、ここは町のゲーセンだ。一歩足を踏み入れれば、ゲームの電子音、メダルが落ちる音に人の話し声と、雑多な音がする。


 入り口付近にはクレーンゲームが並び、その奥に対戦ゲームなどの機体が入っているらしい。始めて来る場所でもゲームセンターの配置はどこも同じようなものだ。真信が歩き出そうとすると、静音がついて来ていないことに気づく。


 振り返ると、静音は物珍しそうに辺りを見渡していた。


「静音、もしかしてゲームセンター始めて?」


 近づいて尋ねると、はっとした顔でうつむいてしまう。


「お、お恥ずかしながら……」


 それはムリもないと真信は納得した。静音は特別な才能があるわけではない。総合力と汎用性が異常なほど高い代わりに、マッドのような専門性のある仕事は向いていなかった。


 それは平賀では不利になる。簡単に言うといろんな仕事へ手当たり次第に駆り出されることになる。


 そのうえ静音は十八歳から真信の付き人をしていた。個人的に使える時間など皆無だったはずだ。こういう遊技場とは縁が無かったのだろう。


 真信はふと良いことを思いついて、静音の手を取った。


「いい機会だし、ちょっとやってみようか」


「ええっ!? いえ真信様、私は――」


「あ、これなんか良いよ。リズムに合わせて太鼓を叩く元祖音ゲー。ちょうど二人でできるし」


 静音の手を引いて奥へ入って行った真信は、大画面に太鼓が二つ付いた奇妙なゲームの前で足を止めた。静音を隣に立たせ百円玉を三枚入れる。


 付属のバチで太鼓を叩いてカーソルを動かす。適当に流行りの曲を選ぶとゲームが始まった。


 歌に合わせて太鼓の妖精の顔が右から左へ流れて来る。それが左端のマークと重なるタイミングで太鼓を叩く。シンプルだが難易度によっては難しいゲームだ。


 二人が選んだ難易度は『やさしげ』だが、それでも初心者やブランクがある人間にはうまく叩けない。真信もけっこうミスをする。


 連打の途中で隣を盗み見ると、静音は戸惑いながらも見よう見まねで太鼓をぺけぺけと叩いていた。


 曲が終わって太鼓の精霊が現れ結果を告げる。真信は成功。静音は『失敗じゃぁああどおおおおんっ!』らしい。終盤は上達めざましかったが、前半のミスまでは覆せなかったらしい。始めてにしては上手いほうだったがゲームの判定は甘くなかった。


 表示された結果を見て静音は眉を吊り上げる。


「むっ。……真信様、しばしお時間を頂けますか」


 静音は真面目な努力家だ。そして負けず嫌いでもある。あの平賀の訓練を生き残り実力を認められたのも、そのためだ。


 そう、真面目で負けず嫌いなのだ。静音の眼は完全に太鼓ゲームを見据えていた。


「いいよ、バルサンが終わるまで結構あるし」


 返事を聴く前に小銭を投入する静音を見て、真信は彼女を残してその場を離れた。しばらく放っておいてよさそうだ。


(たまの息抜きだ。楽しんでくれるといいけど)


 静音はこっちに来たあとも平賀にいた頃と同様に真信に付きっきりだ。本人が望んでやっていることだとしても、たまには自分だけの時間が必要だろう。なにより静音は遊ぶのが下手だ。いろいろ見て回れば、違う価値観も生まれるはずである。


 真信は真信で用事を済ませるべく、対戦ゲームの機体を覗く。すると一番奥の古い機体に探していた人物が座っていた。


 中学生くらいの痩せた少年だ。光る画面を一心に見つめ手元を素早く動かしている。

 色だけが違う同じキャラが画面内で戦っていた。黄色いほうが手から青白い球体を放出し青い方を倒す。K.Oの字が大きく表示され、少年が手を休めた。


「こら、定時報告の時間過ぎてるよ」


「ん? あぁ、真信様っすか。もうそんな時間かやっべすんません」


 顔を横から覗き込むと、少年は悪びれずに手刀を切る。真信はそれにため息をつき隣に腰かけた。どうせうるさく注意しても素行は良くならない。真信は本題に入ることにした。


「それで、頼んでた解析は?」


「町中の監視カメラの解析っすよね。終わってますよ」


「どうだった?」


 先日頼んでいた件について報告が来ないので聴きに来たのだ。しかし少年はぐっと背伸びをして空中に視線を彷徨さまよわせる。返事を待っていると、やがてぽつりと言った。


「……真信様、幽霊っているんすかね」


「それは……」


 急な問いに真信は答えられなかった。


 現実的に考えるなら答えは否である。幽霊など存在しない。火の玉はプラズマ、鎌鼬かまいたちはあかぎれ、幽霊の正体は枯れ尾花であると科学は説明づけ、その神秘性を奪ってきた。


 しかしそれだけでは説明できない世界があることを、真信は知ってしまった。


 そも狗神だって広義で言えば幽霊の一種である。あれだけしっかり触れられる存在を霊体だとは思えないが。その辺りは呪術に詳しくない真信には分からない。


 返事に窮していると、少年は小銭を入れてゲームを始めた。さっきと同じキャラを選んでステージに移る。


「一人いるんすよ、町の出入り口では映らなくて、いたりいなかったりする町外の人間が」


 また手を動かしながら少年が語る。真信は画面を眺めつつ確認を取る。


「それが、あのカードを入れた犯人ということ?」


『――殺し屋がキミを見ている――』


 赤い字でそう記された、折りたたまれたシンプルなカード。指紋や紙質を検査したが未だ送り主を特定できていない。町に入る部外者は全て記録しているが、合致しそうな者が見つからないのだ


 ならばと、真信は見えない犯人を捜すことにした。


 姿を隠す術ならば隠形おんぎょうを見たことがあるから不自然なことでもない。深月の指導で静音が使えるようになったので、他にも使える人間はいるのだろうと推測もできる。指紋どころか足跡等、何の痕跡も残っていないことには疑問が残るが。


 カードの送り主はやはり呪術関係者なのだろうか。その問いに少年は答えず、代わりにちらと真信を流し見る。


「どうっすかね。屋敷周辺での出現記録はないっすよ。映像見る限り誰かに会いに来たみたいな感じっすけど」


「時期的にカードの件と関わりありそうなんだが。誰かに、か。うーん。せめてその相手を特定できればいいんだけど。その誰かにカードを委託したのかも……いや、それだとまた方法が分からなくて振り出しに戻ったか」


「いっそ内部犯じゃ?」


「その可能性は、できれば最後に検討したいんだ」


 相手の目的が撹乱かくらんならば見事にはまっている自覚がある。だからこそ身内を疑って内部崩壊させることは控えたいのだ。


 なおも唸る真信に、少年は思い出したようにゲームの手を止めた。


「ていうか、真信様はこの幽霊と会ってると思いますよ」


「霊体と遭遇した記憶ないよ?」


 いたりいなかったりする誰か。そんな人間に心当たりはない。少年はまた画面の敵を一方的に殴りつけ、K.Oさせた。そしてスマホの画面を真信に見せる。


「同じ路地に入ってくまでは映ってたんすよ。覚えてません? フードまでチャック全上げした不審者」


「あっ」


 映っていたのは荒い画像だ。フードをかぶった人物が路地に入っていくところだった。顔は分からない。なぜなら頭まですっぽりフードに遮られているからだ。


 これは真信が吐いてしまった時に水をくれた人物に間違いない。どうしてあんな奇妙な出で立ちの人間を今まで忘れていられたのか。それどころか、今の今まで意識に上ることすら無かった。


(これも何かの術だっていうのか?)


 疑問に頭を悩ませながら、真信の中に浮かぶ一つの情景があった。それは四年前の山の中。一家三人を撃ち殺した場で見た、取り残された靴。


 一家全員の暗殺を依頼された仕事で、どうして誰も生き残った少女に対して言及しなかったのか。その謎の現象と真信に起きた現象とがいま、彼の中で一つに結び付いた。






 少年を先に帰らせ、真信は静音のもとに向かう。なんやかやで三十分ほどが経過していた。場所を移動している可能性も考え辺りを見回しながら進む。


 太鼓ゲームまで戻ると周囲に人混みができていた。その一番前に、静音はいた。


「なっ、なんだあれ……」


 そこには、さっきまでオロオロしていた女性の姿はなかった。


 静音は画面を真剣な面持ちで見つめ、眼にも止まらぬ速さでバチをさばく。ほぼ団子状態の顔マークが叩かれる度に次々と吹き飛んだ。


 表示されているのは最高難易度『鬼畜』。特別な操作をしなくては出現しない隠し難易度だったはずだ。


 たった三十分で何があったのか。最後の連打が終わり妖精の顔が笑顔で吹き飛んだことで、曲が終わった。途端に人々が歓声を上げる。


「すげーぞ姉ちゃん! フルコンしやがったっ」

「いやあ、これほどの急成長は始めて見たな」

「んじゃ次は難しい曲を。おいっ、誰か百円! カンパしてやれ」

「いいぞーやれやれ!」


 盛り上がる会話を聴いて真信は理解した。どうやら静音はゲームセンターの常連たちから指導を受けたらしい。教えるたびに上手くなっていく静音に常連たちもヒートアップし、ついに『鬼畜』を打ち倒すゲーマーへ進化させたのだ。


 静音は次々飛んでくる褒め言葉にたじろいでいる。ちょっと困っている様子だが、迷惑とまでは思っていないらしい。その上気した顔には控えめな笑みが浮かんでいる。


 これは暫くそっとして置いた方がいいかときびすを返そうとして、静音と目が合った。


 真信を見止めた静音は顔をぱっと輝かせバチを置く。それを真信は、飼い主を見つけたペットの様に似ていると思った。


「迎えが来ましたので、私はここで」


 続きを促していた客たちから軽いブーイングが上がる。その人波を掻き分けて静音は真信のもとまで辿り着いた。


 また来いよーと手を振って来る常連客たちに控えめに振り返して、二人はゲームセンターを後にした。


 隣を歩く静音は頬が緩み目元が柔らかい。まるで童心に帰っているようだ。


「楽しかった?」


 気になってそう訊いた。静音は間髪入れずに笑みを深める。


「はい」


 何年かぶりに見る静音の本当の笑顔は、なんだか子どもみたいで可愛い。

 真信はその笑みを目に焼き付けながら、先ほどの常連客達に心の底から感謝した。





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