三者三様の証言・竜登



「そうだ奈緒、マッドを呼んできてくれないかな」


 真信の言ったそれは、簡単なお願いのはずだった。


「マッドさん? それって、昨日畳の下に消えてった金髪の女の子ですか?」


 机に片肘をついてスマートフォンを弄っていた奈緒も、軽い気持ちで聞き返す。出発に際して必要な物は全て真信達が揃えてくれるという。なので奈緒は暇を持て余していた。


「うん。たぶん倉に居ると思うから。出発前にマッドの意見を聞きたいんだ」


「はあ、まあいいですけど」


 そんな風に安請け合いしてしまったのがいけなかったのだ。


「………………いや倉って、どこ?」


 屋敷内を探索し始め五分ほど経っただろか。屋敷が広すぎて奈緒は少し迷っていた。方向音痴というわけではないが、ほぼ始めて入ったようなデカい家で、特定の場所に行けというほうが難題なのである。


「せめて方向を訊いてから出ればよかった~。でも今更戻るのはちょっとアレだし、悔しい感じ。てか真信先輩に頼りたくないしぃ」


 両側をふすまに挟まれた細い廊下で、少女はぶつぶつと文句をつけながら辺りを見渡した。さっき居た部屋から自分がどう進んできたかは分かる。しかし、屋敷の全体像を知らないので現在位置が割り出せないのだ。


「うぅむ。片っ端から部屋を突っ切れば、いつか端っこに着くだろうけど…………んっ?」


 左の部屋から物音がする。誰か居るかもしれないと襖に手をかけようとすると、直前で勝手に開いた。


 半分ほど開いたそこには一人の女性が立っていた。身長は高めで、緑がかった黒髪をおかっぱに切りそろえている。あるべき所にパーツを並べただけのような無機質な顔には、人間の意思を感じさせない人形めいた無表情が貼り付いていた。


(なんだか暗そうな人だな……)


 何度か見かけたことがある女性だ。この屋敷に住んでいるのだろう。ならば倉の位置を訊けば教えてくれるはずである。


「あ、あのぉ……ちょっとお聞きしたいことが」


 愛想笑いを浮かべて話しかけたが、女性はすぐに奈緒から目を逸らし、我関せずとでもいうような態度でポケットからガムの包みを取り出した。そしてそのガムを無言で奈緒に差し出してくる。一枚取れ、ということらしい。


「えっ? えっと――――ぁ痛たっ!?」


 困惑したままガムを取ろうとすると指先が何かに勢いよく挟まれた。ちょうど爪の生え際をしたたかに打たれ悲鳴が上がる。


 よく見ると女性の持つガムは偽物で、その正体は駄菓子屋とかにあるガムパッチンであった。

 つまり奈緒は女性のイタズラに引っかかったのだ。


 荒手の挨拶なのかと、奈緒は涙目になりながら女性の顔を見上げた。

 だがそこにあったのは変わらない無表情だけだ。イタズラが成功したというのにニコリともしない。


 いったい何がしたいのか。何をさせたいのか言わせたいのか。相手の考えが全く読めない。奈緒が混乱で言葉に窮していると、おかっぱの女性は黙したまま部屋を出て、廊下の向こうに消えてしまった。


「ちょ、待っ――え、えぇー…………なにこれ」


 最後まで女性の表情筋はピクリともしなかった。あまりの意味分からなさに文句を言うこともできなかった。


 置き去りにされたまま地味に引きずる痛みに指先をさする。すると今度は、女性が消えた方向から別の足音が聞こえてきた。


「おお? 拷問姫ごうもんきちゃんじゃん。どうした背中丸めて。そういや千沙ちささんとすれ違ったけど、もしかしてなんかされたのか?」


 現れたのは、髪をワックスで尖らせ耳にピアスを開けた青年だった。確か竜登りゅうととかいっただろうか。


「その千沙ちさっていう人、おかっぱの女の人ですか? それなら、はい。なんかガムパッチンされたのに反応が無かったんですよ」


「あ? ゴムパッキン? 新しい拷問道具か拷問姫ごうもんきちゃん」


「ガムパッチン。耳腐ってるですか? あとその呼びかたやめてください。指つぶしますよ」


「おおお、すまん。すまんからそのどっから取り出したか分からんクルミ割り機は仕舞え? 君が言うと洒落にならんぜ。それと千沙ちささんが無表情なのはいつものことだから勘弁な。付き合い長い俺でも喋ってるの聴いたことないし」


 それはもう喋らないではなく喋れないのではと疑いがよぎる。奈緒は大人しくクルミ割り機(指用)をポケットに仕舞った。


「ところで、奈緒ちゃんは何してる最中?」


「真信先輩に頼まれて、倉にマッドさんを呼びに行く途中です」


「倉? 逆方向だな。案内しようか?」


「わぁ~、顔に似合わず気が利きますね~」


「嫌味言わないと生きていけない人種か? ……にしても、真信様がマッドを呼びつけるのは珍しいな。なんかの作戦会議してたんだろ? 普段はマッドを近づけないようにしてるのに」


「あなたは会議に出なくてよかったんですか?」


「俺は火薬と戦闘以外は能無しだからな。まあ、バカなんだよ。お役に立てない。だから、俺は真信様の手足であればそれでいい。どんな作戦も命令も、こなしてみせるさ」


 よほど腕に覚えがあるのだろう。竜登は力こぶを作って爽やかに笑う。真信のことを心の底から信頼しているようだ。


 なぜあの少年にそれほど心酔するのか。彼の情けない姿を見たばかりの奈緒にはいまいち分からない。


「どうしてそこまであの人のこと慕ってるんですか」


 竜登は人の問いを深読みするほど頭が良くなさそうだったので、素直にそう尋ねてみる。

 竜登はやはり特に考えずに答えた。


「んんー。平賀ではな、門下の命は消耗品なわけよ。んで、俺たちはそれを当たり前だって思うように教育される。だから利用されていつか無様に死ぬのを受け入れてたんだ。けど、そんなんじゃ人間の精神が保つわけないから。門下ってだいたい何かに耽溺するわけ。行為だったり物だったり。心の拠り所ってやつ。俺の場合はこれね」


 言って、耳元を見せる。装飾具が付いているのは耳たぶだけではない。軟骨にまで穴が空いていた。


「全部ピアスですか」


「そ。だいぶ塞がってきたけど、体中に穴空いてるよ、俺。真信様はさ、こんな俺らに『そんな物にすがらなくていいように、俺に全て任せろ』って言ってくれるんだ。真信様だけはいつでもさ、俺たちが死なないように傷つかないようにって、頑張ってくれる。そんなんもう、嬉しいじゃん? この人に付いて行けば間違いない。この人のためならなんでもしようって、そう思えるんだよ」


 陶酔とうすいするようにうっとりと語る竜登の姿を見て、奈緒は納得を得た。


(真信先輩が抱えてる重荷の正体はこれですね~。手を離したら不幸になるのが目に見えてる奴等に囲まれて、隙を見せることもできないって感じ。

 しかも組織に居た頃は最終的な責任が平賀に分散されてたけど、ここでは真信先輩一人で全部の期待を背負しょってるのか。そりゃ吐きますよね。今までとストレスのベクトル違いますもん。慣れてないんでしょうね~そういうの)


 面倒な男だとため息をつく。

 竜登があまりに口が軽いので、奈緒はもう一歩踏み込んだ。


「他のご兄弟は、そうじゃないんですか?」


 さりげなく尋ねると、竜登は言葉を探すようにうなりながら視線を彷徨さまよわせる。


「うう~ん。ご長男は損益勘定だけで部下への思いやりなんて欠片もねえし、ご次男は自分が気持ちよく暴れられればそれでいいって感じだからなぁ。まあ、そうは言ってもお二人ともカリスマ性あるし、お二人の派閥の方が真信様のより大きいんだけど」


「へぇ……。平賀を継ぐのって、やっぱり真信先輩のお兄さん――長男さんなんですか?」


「順当に行けばそうだな。でも俺は――――ああ、あそこ。明かりがついてるから、たぶんマッド居ると思う。マッドは頭いいけど頭変だし真信様の言うことしか聞かねぇから、気をつけてな」


「……ふ~ん。ご忠告受け取りました。いってきま~す」


 竜登が濁した言葉の続きが気になりつつも、これ以上問いただすのは不自然かと諦める。縁側から見送ってくれる竜登に背を向けて、奈緒は置いてあったサンダルを履いて庭に出た。



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