誰の思惑だったか


「やあ真信君。あれから深月と話したのだろう? どうだったかな?」


 廊下の真ん中に直立した源蔵がにこやかな笑みでそう問いかけてくる。真信は表情を変えず答えた。


「わかりきったことを。あれもあなたの筋書きだったんでしょう」


 ああ見えて意外にも警戒心の強い深月を捕らえやすくする。源蔵からあのタイミングを見計らって指示が出されたのだと、静音たちから証言は得ていた。


 全て見透かしていた少年の言葉に源蔵はつまらなさそうに肩をすくめる。


「なんだ、やはりネタは割れていたか。簡単な話さ。聞いていた君の性格なら、いつか確実に狗神を知ろうとすることは予想がついた。だが君と深月、二人の主張が噛み合うわけがない。そうして君と意見をたがえた深月には決定的な隙が生まれる……。事実そうだっただろう?」


 挑発するような視線。背後の門下達から殺気が漏れるのに内心冷や汗をかきながら、男に喋らせるため真信は口をつぐむ。


 真信は深月を助け出しに来たのだ。無用な戦闘──まして敵の殲滅せんめつをするためにいるのではない。


 黙したままの少年に業を煮やしたのか、源蔵は真っ白な顎髭あごひげを撫でて嘆息した。


「ふむ。動じないか。ということはあれか、平賀の人間としてではなく、一個人として深月を助けに来たというわけかい」


「そうだと言ったら、どうするんです」


「はは、なぁに、邪魔はしない。ただ、あと三分ほどここで待っていてもらいたいだけだ。今あの部屋の監視に君達が映り込むと困るのでね」


 やけに厳密な時間指定に真信は微かに首を傾げた。


「待機班、今の言葉に心当たりは?」


 襟に隠したマイクへ投げかける。しばしの沈黙と相談するような声、そしてキーボードを叩く音。おそらくシステムの再解析を行っているのだろう。


 真信のもとに集まった門下の中でも、特にハッキング等機械操作に秀でた人間が四人いる。その内の一人――くだけた敬語を使う少年が驚きの声を上げた。


『うっわ、プログラムが隠されてました。こりゃ先輩がたの作ですわ。俺らじゃすぐには止められねぇっす』


「そこまで踏み込まなくていい。概要だけ教えて」


『えぇっと、専門でない真信様がわかるように説明しますと、……長時間撮影した動画をうまく切り貼りして、永遠にループ再生しても違和感ないようにするプログラミングなんすよ。五分頂ければ停止させられますけど』


 説明を聞く限り直接深月を害する類いのものではなさそうだった。なら放っておいて構わない。


「いや、いい。その再構成された映像、どこかで上映でもされるのかな」


『設計図に載ってた例のシアタールームっすよ。なぜかガス散布機能が設置されてる完全密室。そこで自動的に流れるように設定されてます』


「わかった。ありがとう」


 合成された映像の用途は……いくつか思い浮かばなくもない。だが真信はそれを口にせず再度源蔵へと視線を戻した。


「何を企んでいるんですか、あなたは」


 へたに語れば誤魔化されかねない。相手に喋らせることができればそれが一番いい。


「そんなことを言って、いくつか目測は立てているんだろう?」


「憶測で物を言うのが嫌いなんですよ」


「この期に及んで聡いふりなどやめたまえ。君は感情のままに行動するほうが合っているのではないか?」


 男も簡単には口を割らない。直球で訊いても、態度と視線でそれとなく誘導しても、風に揺れる柳のようにはぐらかされる。


 未だ会話の主導権を握れていないことが少年を焦らせる。仕方なく伏せたカードを一枚場に出すことにした。


「最上階のシアタールームに集まりつつある、ボディーガードを連れた老人たち。彼らは十戒衆じっかいしゅうですね」


「おや、知っているのかい」


「平賀を舐めんな」


 意外そうな顔をした源蔵に、門下の一人が咬みついた。さきほどマッドと共に爆薬で壁を吹き飛ばしていた青年だ。声を震わせて源蔵を睨みつけている。


「出資者の素性くらい完全に調べあげてる。平賀の緻密さをお前はわかってない!」


「はいはい竜登りゅうと。短気は損気だよ落ち着いて」


 真信が踏み出した青年を引き戻し、肩を叩く。青年は名を呼ばれて気まずげに目を伏せた。


 いささか気勢を削がれたものの、真信には彼を叱責する気はなかった。真信にもその気持ちが理解できてしまうからだ。

 それは、自身が所属していた組織を愚弄されたことへの怒りではない。畏怖の対象が軽視されたことへの狼狽ろうばいだった。


 静音が視線で合図を送ってくる。源蔵の予告した三分が経とうとしている。真信は源蔵から情報を引き出すことを諦め確認に徹することにした。


「源蔵さん。今回の件、あなただけが立てた策ではありませんね」


 確信に触れる言葉に源蔵の眉がピクリと動く。男は低く抑えた声で、たのしげに吐息を洩らした。


「ほう? どうしてそう思う」


「先ほど僕のことを誰かに聞いたような口振りでした。つまり、僕の思考を正確に把握し予測できる誰かが関わっていたということになる。僕はそんな人間、一人しか知りません」


 始めて樺冴の屋敷を訪れたとき、真信は思った。


 ────いったいどこからどこまでが、誰の差し金だったのか、と。


 いま考えれば、そんなもの明白だ。


「僕がこの町に来たのも、深月と出会ったのも……彼女を特別に感じるようになったことも。全て親父の筋書き通りだっていうのなら納得がいく」


 真信の父でもある、平賀家現当主。

 平賀を統率する絶対支配者。

 他人の思考が聞こえるのではないかと疑われるほど人心の揺れ動かしかたに秀でたあの男ならば、それくらいはやってのける。


「深月に友人を与え、仲違いさせることで隙を作り拘束する。そして捕まえた彼女を餌に巨大呪術結社のトップ連中を引きずり出す。ええ、筋書きのシンプルさは評価します。けどそこまでするほどの利益があるでしょうか。深月自身の協力を仰がず、騙すようなことをしたことも謎だ。

 ──なので、もう一度訊きます。あなたの本当の目的はなんですか」


 これが最後の問いかけだと真信は語気を荒げて源蔵を見つめる。


 実を言えば、まだ分かっていないことがある。なぜ今件にわざわざ真信が抜擢ばってきされたのかだ。たとえ三男であろうと真信は当主の息子だ。何も知らされず遠方へ送られるほど雑に扱われはしない。


(一番動きを把握できそうな駒として選ばれたのか、それともならなかったのか……)


 対する源蔵は微笑を浮かべて半身をずらし、廊下の先を指し示す。


「その答えはここにない。時間だ、進みたまえ。深月を助けに来たのだろう? 正直は私一人では手に余る。君たちがどうにかしてくれるなら、ありがたい」


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