依頼主


 林に紛れるように存在していた隠し通路。その突き当たりで、マッドと門下の青年が壁に何かを設置している。取り付けを終え、二人も壁から離れた。


 3、2、1……


 声無きカウントがその時を告げる。そこだけもろく作られた壁を少量の火薬が打ち破った。


 煙が晴れぬうちに人影達が室内へと雪崩なだれ込む。突然の粉塵ふんじんに呆然となっていた五六人の見張りを無力化していく。


 煙が晴れる頃には侵入者達以外に立っている者はいなかった。


 倒れた中には口にキノコを詰め込まれ沫を吹いている者もいたが……マッドのやることならば死に至るまではないだろう。そう判断して真信は廊下の先へ目を向けた。




 ひざまずいた静音達は、自身達に課せられていた任務について語り始めた。


 真信が拐われた時、なぜ門下達はいち早く地下通路からビルに侵入できたのか……。


 どこかに忍び込む時の作法はこうだ。

 まず場所を特定する。次に設計図等を入手し、間取りを確認。侵入プランをいくつか練って実行に移る。


 しかしあの時、それほどの時間はなかったはずだ。ではなぜ彼らは侵入を成し遂げたのか。


 理由は明白だった。そもそも地下通路を設計したのが平賀だったからだ。


「依頼は今からおよそ二年前」


 前に進み出た門下から渡された書類には、依頼内容と依頼主の情報が記されていた。


 要求されたのは完璧な防衛、監視システムとそれを実現する建造物。そこには人外の怪物を閉じ込めるほどの強度を持った地下室が必要だった。


 平賀は一度その依頼を断っていた。最後の条件に具体性がなく、要望を満たすにかなわないと判断されたためだ。


 しかし再度、依頼主から提案がなされる。


 ──幽閉に必要な呪術知識の提供。


 呪術と近代思考は決して交わらない。二つを付き合わせると矛盾が多過ぎるからだ。


 憑き物や地蔵信仰、お守り、破魔矢はまやいわしの頭……。

 平賀の標榜ひょうぼうする近代的科学思想は、それらの信仰や宗教の神秘性を完全に否定する。


 事実平賀は、十年前にも樺冴家に関する依頼を断っている。


 だがここに来て平賀家の現当主である真信の父は依頼を受諾した。


 そうせざるを得なかった。


 その理由に真信は心当たりがあった。

 深月が言っていたのだ。


『──呪術集団が科学を取り入れ、近代的テロリストが呪いに興味を持ち始めてる』


 そ変化は深月側──呪術者側だけにあったのではない。

 平賀の顧客や、その仕事の対象者達が、呪術に関心を持ち始めていたのだ。


 変化に対抗するには知識が必要だ。だが平賀にそのノウハウはない。書物だけでは手に入らない、実戦に耐える知識を入手せねばならない。


 そうして平賀と依頼主は手を結んだ。


 真信が拐われたビルは平賀の技術力を示すために建てられたデモンストレーションに過ぎない。組織の者達がいたのは、それを気に入り流用したからだ。


 依頼によって真に建てられたのは、この美術館にも似た風采の建物だった。


 支払いは大きな呪術組織から行われたが、依頼を持ってきた仲介者はその組織に属さない第三者だった。建物に関する細かな要求も仲介者としてこの男が指示している。


 そうして一月前、突然家から姿を消し転校していった真信の行方を問いただしに来た静音達へ、当主は任務を与えたのだ。


 とある町にいる男と接触し、以降その男の指示に従い少女の護送をせよ、と。


 その男こそ────





 小型無線から監視カメラに映る人間の位置情報が伝えられる。脳内に広げた見取り図と照らし合わせ、真信達は見張りと巡回を避けて地下へと進んだ。


 順調に人を避け、ついに最下層へと足を踏み入れた真信達の耳に、遠く靴音が響く。


「……待機班」


『わかりませんっ、その階層に人はいないはずです。代わりに黒いもやみたいのが映ってます。なんだこれ、それ本当に人間すか?』


 しかし靴音は確かに近づいてくる。真信は思わずポケットに指をかけ、他の面々もすぐに動けるよう腰を落として身構える。


 靴音が止まった。


 曲がり角から現れたのは、磨きあげられた革靴と、一分の隙もない真っ白なスーツを着込んだ男。


「やぁ、皆さん。よくここまで騒ぎを起こさずに来た。さすがは悪名高き平賀の人間、といったところかな?」


 菩薩のように微笑み、シルクハットを脱いで優雅にお辞儀をする男は、他の誰でもない。


「────菅野すがの源蔵げんぞう


『カミツキ姫幽閉計画』


 狗神の欠点──使えば使うほど使役者の精神を喰らっていく──という極秘情報で呪術組織をそそのかし、彼らの協力者として平賀に依頼を持ち込んだ張本人。


 樺冴深月の後見人であるべき者。



 裏切り者が、そこにいた。


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