文明利器
樺冴の屋敷は、普通の屋敷とは形が異なる。
普通は和風の屋敷といえば、門から入って広い庭があり、敷地の奥に母屋があるものを指す。よくテレビドラマなどで車を停車させているのが前庭である。
庭の中には倉や小屋など、母屋とは離れた付属屋があるのが一般的だ。
しかし樺冴の屋敷は違った。それらしい門はなく、道路に面する生け垣からいきなり母屋が立っている。ここに普段深月や真信が過ごしている座敷がある。大きすぎることに目をつむれば、表からは古いだけの一般家屋に見えなくもない。
屋敷の敷地を正方形とすると、母屋はL字型をしていた。余った右上のスペースが広い庭としてあり、ここに土蔵造りの倉がある。
脇には小さな池もあった。道路側の物干し竿で足りない時は、こちらの広い庭にある干場も使うようだ。
他に付属屋はなく、屋敷を人目から隠す木々が生い茂っているばかり。
どうしてこうもおかしな造りになっているのか。
それは、屋敷を訪れた客人を、さっさと中へ招くためであった。
「深月、お話がありますのでそこに座って」
掃除開始から一時間ほどが過ぎた。やり始めると真面目に取り組むようで、深月は「意外と汚れてるなー」と独り言を呟きながら廊下の隅を丁寧に拭き取っていた。
そこへ埃まみれの真信がやって来て、いつになく神妙な面持ちで深月を座敷へ呼び出したのである。休憩時間だ、というわけではなさそうだった。
深月は疑問符を浮かべながら言われるままに腰を下ろす。
なんとなく、なんとなく特に深い意味はないが正座した。その姿勢以外が許されない雰囲気が少年から出ているような。
うっすらとした笑みを口元に固定した真信が、深月が正座したのを確認しておもむろに話を切り出した。
「深月はさ、国の行く末にすら関わる大事な物を守ってるんだよね」
「まぁそうなるねー」
樺冴家のどこかある、狗神の使役者にしか入ることのできない部屋に隠された宝。三種の神器、その精巧な複製。悪用したい人間が入手すれば利用法はいくらでもある。単なる呪具としてすら危険性の高い品だ。
他者に渡すわけにはいかない。それどころか存在すら秘匿すべきものである。
深月の肯定を受け真信は、自分と少女の間に積まれたそれを指差した。
「なら、この有り様はなんなのかな?」
うず高く積まれた小さな機械たち。一つ一つは拳大ほどだが、それが何十個も集められているのでちょっとした前衛的な置物のようになっている。
機械に詳しくない深月には見分けが付かないが、その全てが盗聴機であった。
よくある三穴コンセント型や、アンテナの立った長方形の薄型取り付けタイプ、さらに長距離からの通信傍受が可能な高価なものまで。展覧会かなにかと間違えそうなほど、多種多様な盗聴機がそろっていた。
自分の住む屋敷にこれほど設置されていたとは。深月は半ば呆れながらそのうちの一つをつまみ上げた。
「こんなのどこで見つけてきたのさー」
「天井裏、家具の隙間、コンセントの中だよ」
「なんでそこ掃除しようと思ったの……」
「つい
「癖かー」
不思議な癖もあるものだ。手にしたそれは普通の後付けコンセントにしか見えない。
しかし深月にこんなものを取り付けた覚えはない。つまりこの屋敷に侵入した第三者が置いていったものに違いなかった。
「この家は防犯意識が皆無すぎる。玄関には鍵穴すらないよね?
「大丈夫だよー、うちには
猫宮さんとは樺冴家に出入りしている三毛猫のことだった。深月が勝手にそう呼んでいるだけで本名は知らないのだが。
真信は深月の言葉を冗談だと受け取ったようで、騙されないぞと首を振る。
「いやいや、猫さんにそんなことできるわけがない。番犬じゃないんだから」
「できるよー猫宮さん半猫又だもん。
「猫又っていうと……、長生きしすぎて妖怪になるやつだっけ。うそ漫画の中だけの存在じゃないの? どおりでオヤツの要求が毎回あざとい訳だよ自分の可愛さ熟知してるよあの子」
真信が変な所に反応する。少年はもっと驚き疑うだろうと思っていたが、狗神を見慣れているせいで感覚が麻痺しているのかもしれない。
というよりも
ならばと、深月はもう少し続けることにした。
「それに
付喪神となった道具には簡易的な意識が宿り、自立行動をとる。
庭に残った血痕には箒が砂をかけるし、深月が放置した皿は自分でスポンジに洗われて棚に戻る。
「じゃあ、たまに用意してたキャベツがいつの間にか千切りされてたりするのは……」
「包丁さんの仕業だねー」
そんなことが起きているなら、さすがに気づけよと思わなくもない。
この少年、人を探る目で観察するくせに、妙なところで素直だから違和感がある。まるで意識的に楽観主義を演じているかのようだ。見ていて不安になる。
本人はその食い違いを自覚しているのだろうか。
「といってもここの付喪神はあんまり長時間動けないからねー。
「それ安心できる要素がないじゃないか。だからこんなに盗聴機仕掛けられるんだよ」
深月は手にしたままだった盗聴機を、
「でも平気だよー。この屋敷の中じゃ、悪意ある機器はすぐに壊れてしまうから」
「確かに全部壊れてたけど、……なんで?」
「
「いや、予想しとこうよ」
「しないよー。だって樺冴が相手してるのは、総理大臣を呪い殺そうとするよーな呪術集団だもん。そういう人達は文明の利器を嫌うのが普通」
機械の山の向こうにいる真信へ、深月は身体を伸ばして近づく。丁度猫が背伸びした格好になり、二人の顔が接近した。
真信の瞳には困惑と羞恥と、────警戒の色が浮かんでいた。
面白い少年だ。必死に無害な好青年であろうとするのに、どうしても他者への疑いを捨てきれていない。
彼がどんな半生を過ごしてきたのか、深月は知らない。少なくとも呪術者側の人間ではないだろう。
源蔵はなにやら話そうとしていたが、あえて耳を貸さなかった。知る必要はないのだ。どうせ、あと少しでこの関係も終わる。
「呪いだ祝いだって、結局人間の信仰由来だからねー。神秘を暴く科学と、神秘を守る呪術とは、極めて相性が悪いってこと」
顔を赤くして仰け反った真信の額を、人差し指で軽く押した。意表を突かれた真信は後ろ手をついて倒れるのを阻止する。
少年は深月の話を理解しようと眉間にシワを寄せている。それにもの寂しさの隠れた笑みを投げかけ、深月は真信から離れた。
「マシンガンだのライフルだのでどんぱちやるような奴らの相手は警察組織の仕事だよ。手に負えない」
そう言って眼を細めた。そう、呪術的な観点からの接近でないと、樺冴家の存在はわからないように徹底的な情報規制が行われている。
間違っても、現実主義の暗殺集団やらテロリストなぞに存在が伝わるはずがない。
────そのはずだった。
元の位置に身体を戻した深月は、目前の盗聴機器に視線を落とす。少女の冷えきった表情を見て、真信が身震いした。
「でも、最近はその不文律が破られてきてる。呪術集団が科学を取り入れ、近代的テロリストが呪いに興味を持ち始めてる。…………これがその証拠なのかもねぇ」
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