最終話

「やっぱりここか!」

ドアを開け村人たちが家に上がりかいらを乱暴に掴む。

「痛いっ…!」

「かいらたんを離して!」

つくしはかいらを掴む村人の腕を必死に引っ張るが相手は男で細腕のつくしにはどうすることもできない。

「この…っ!悪魔の手先がぁ!」

「きゃあっ!」

「つくしさんっ!」

髪を引っ張られつくしは家の外に投げ出される。両腕を掴まれたかいらはつくしに手も伸ばせないまま男に引きずられるように外に出た。

「悪魔を助けようとするなんて…」

「魅了されてるんだ!」

「悪魔の仲間になってやがる!」

「魔女よ!こいつは魔女なのよ!」

「そうだ!魔女だ!」

つくしの体を掴み上げ、村の女が持ってきたロープで乱暴に体を拘束していく。それを見てかいらは藻掻くが自身も他の村人に拘束されてしまう。

「やめろ!つくしさんは悪魔でも魔女でもない!殺したいのはわたしだろ!わたしを殺せ!」

「かいらたん…だめ…」

口に入った砂利を吐き出しながらつくしは自分だけを殺せと喚くかいらを止めようとするがもう体は動かない。村人たちは2人をぐいぐいと引っ張り村の中心に連れて行く。そこには十字に継がれた木が薪の中に立たされていた。

「悪魔を地獄に還す前に魔女に罪を与えろ!」

「そうだ!」

「お前はここで魔女が焼かれるのを見ていろ!」

かいらは火刑台の前に組み伏せられた。つくしは背中を押されるまま十字架に近づけられていく。

「ほら、お前のせいで魔女が死ぬぞ。」

「よく見ていろ!」

「やめろ!離せ!つくしさん!」

「かいらたん、私…かいらたんと一緒に居たかった。でもこれじゃあ無理だね、せめて、先に逝っているから…」

「つくし、さん…」

村人たちの怒声が響く、口々に飛び交う言葉。魔女を殺せ、聖なる炎で浄化せよ、神の鉄槌を、松明を掲げた村人が薪に火を付ける。ばちっと薪が爆ぜる音がする。かいらはつくしの顔を見上げた。磔にされたつくしの口元が何ごとかを呟く。それが何を表すのか勘づくのとロープを引きちぎり黒く大きな翼が風を巻き起こしたのはほぼ同時だった。その翼が起こしたつむじ風は村人たちの足下を掬い皆一様にその姿を唖然とし見つめさせた。つくしは呟く。

「あぁ、やっぱりあなたは悪魔だったんだね…」

宙を羽ばたくかいらは悲しげに眉を寄せ右手を大きく振るとつくしの拘束は解けその体はふわりとかいらの元へ近寄る。

「ごめんね、嘘つきで。最初はつくしさんのこと利用しようと思っていたし最悪こうなったらわたしだけ逃げようと思っていたんだ。でも…」

かいらはつくしの手を握る。

「出来なかった。離れたくないって思ってしまった。だけどこんな姿を見せたら嫌われるのも当たり前だから知られたくなかった。それで…!」

その手を強く握り返すとつくしは握ったままの指を軽く噛んだ。びくりとかいらが怯む。

「悪魔だっていいって、言ったでしょう?」

「つくしさん…」

がくりとつくしの体が宙から地に近づく。はっと正気に戻った村人につくしの足が掴まれた。

「悪魔を引きずりおろせ!」

「そ、そうだそうだ!」

「捕まえて!!」

その声かその腕かどちらがつくしを絡めているのか。赤い瞳が暗く光る。

「つくしさん、もうここに用はないよね?」

「え…?」

ぐっとつくしの体を抱き、足を掴む村人の手を勢いよく蹴り落とす。反動で尻餅をつく村人を見てつくしはかいらの首に腕を回す。

「…ない。私にはあなたしか必要じゃない。」

「なら…長い時を生きる魔女になれる?」

「今更でしょ?あなたが悪魔なら私も似た存在になりたい。」

2人は顔を見合わせて笑うと口づけをした。悪魔の力を分け与え魔力のない人間を魔に近づけ堕とす魔法をかけられつくしは今紛う事なき魔女となった。

「ひぃ…っ!」

「なんてことだ…」

「神父様を呼べ!」

かいらの手を借りることなく宙に浮くつくしは村人たちを見据えるとふいに笑った。

「呼ばせないよ。みんな仲良く神様のところに行ってね?ほら、大好きな炎で踊れ!」

つくしは村に次々と火を放った。つくしが掲げられていた十字架を燃やし、村の女のエプロンを焦がし、井戸の釣瓶を呑み込んだ。その炎はやがて村を全て赤く彩り人々の悲鳴も花々も最初から無かったように黒く塗り替えていった。その様子を見たかいらはにいと笑いながら腕を絡ませる。

「気持ち良さそうだね。でもこれでつくしさんもわたしも追われる身だね。」

「もうこんな所に興味ないし、かいらたんを罵ったあんな奴らどうでもいいの。私にはあなたが居ればそれでいいんだから。」

灰を吐く黒煙に揺れる人影に今度はかいらが火を投げると人影は地に伏せ転がった。

「ふふ、じゃあ行こうか。」

「どこに?」

「つくしさんとどっかでゆっくり過ごしたいよ。山奥にでも籠もろうか。」

「歩かなくていいから足も疲れないしね。」

ひゅんとつくしがかいらの周りを飛ぶ。

「…あんまり飛ぶと疲れるからね?」

「なっ!そういうことは早く言ってよ。」

つくしが口を尖らせながら地上に降りる。かいらもそれに続いた。

「まぁゆっくり慣れていってよ。」

つくしに手を差し出しそのまま手を繋ぎ2人は村を出て行く。煙に揺らぐ村は次第に離れていく。

「あぁ、そうだ。新しいつくしさんにプレゼント。」

つくしの髪にかいらがつけたのはあの家で咲いていた白薔薇だった。

「ありがとう…いつの間に摘んでたの?」

「ふふ、似合うね。1番大きく咲いていたのをつくしさんが井戸に行ってる時に摘んだんだ。この花も、もう枯れない。つくしさんとの思い出はずっと綺麗なまま。」

「悪魔なのにロマンチストだなぁ…ねぇ、そういえばどうして私を騙そうって思ってたのに帰るなんて言い出したの?」

「それはねー、思ったよりわたしの傷の治りが早くて悪魔だってバレて町のクソ神父を呼ばれたら最悪だし、これはこの子を利用しようと思ったけどそれより先に自分の身が危ないかもなーって考えてあの家を出ようとしたんだけど…なんとまぁ思いがけず引き留められちゃって。」

照れるように笑うかいらにあの時のことを思い出し恥ずかしくなったのかつくしは目を逸らして何のことか分からないと言った。白薔薇が一緒に揺れる。

「それに、さっきも本当に殺されてもいいと思ってたんだ。」

「え…なんで…」

「やっぱりわたし悪魔だから、どこに行っても楽しく暮らせないし人間に取り入らないと生きにくいのが嫌で…多分つくしさんが先じゃ無くてわたしが火炙りにされてたらそのままもう諦めて燃やされてたと思うよ。」

思わずぎゅっとかいらの手を握る。こうしていないとすり抜けてしまいそうでつくしは不安になった。それを見てかいらは笑う。

「でもこれもねー阻止されたんだよね。先に火炙りにされそうになった金髪の子がね、言葉にしないで口元だけで告白してきてそんなの見たら応えるしかないし。」

ねぇ?と顔を覗き込んでくるかいらの視線から逃げるように目を泳がせるが強い眼差しから逃げられなかった。

「もう一回あれ言って欲しいんだけど?」

「今は…ちょっと…」

「えー、言ってよ。ほらほら、あ、い、し?」

「無理!」

つくしの歩みが早まる。だが手を繋いだままなせいで距離が開くことはない。

「ちぇー。まぁいいや、ベッドの上で言ってもらおう。」

「なっ!!」

山は深く険しくなっていく。人目に付かない場所に住まいを見つけただ2人だけ、お互いのために生きていく道を進むのは誰かから見れば不幸なことだろうがそれは善と悪どちらにも信念という正義が存在しているように2人から見ればこれが正道で互いを救い合う正義で酷く残酷な結果を選んだことすらも例え暗闇でも眩しく光る希望だった。2人の姿は鬱蒼と茂る森に隠れてゆく。人道から外れることを選んだことを咎める誰かもいない、草木だけが知る新たな生家は2人を優しく迎え風は後押しするように柔らかに吹いた。魔女と悪魔はお互いの手を取り抱きしめ合う。溶け合う体温を感じ存在を肯定し合うために。星降る山での幸せは永劫失われることなく続いていくかは分からない。それでも2人は今確かにある互いの温もりを手放さないように生きていく。

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時に残酷なこの世界で生きるなら 朱音海良 @kairaxkogasa

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