第3話
「ん…………?」
浅く目覚め未だ夢の境界にいるままに温もりを求めつくしの指は狭いベッドのシーツを撫でるが、帳の中散々触れあった体温に行き着かないことに気づきゆっくりと瞼を上げると外から水の音が聞こえてきた。起き上がり乱れた髪を解き整えドアを開けた。
「あぁ、おはようつくしさん。」
「おはよう…お花にお水あげてくれたんだ、ありがとう。ごめんね、起きられなくて…」
「大丈夫だよ。まぁ昨日の、その、あれがそれで…あ、あぁそうだ!」
ちゃぽんと揺れるじょうろを置きかいらはつくしの手を取り家の中に入る。
「はい、今日はこれを着たらどうかな?」
「これ…昨日直してってお願いした服…?」
渡されたのは新品同様になったつくしのブラウスとスカート2着だった。擦り切れていた所が綺麗に直されていた。
「急がなくてよかったのに、全部直してくれたの?」
「こんなの直すの簡単だからね!ふふん!」
「本当に上手いんだね。どうやってるの?」
「え?!…あ、あー、企業秘密…。」
「なにそれ、ふふ。まぁいいや、ありがとう。」
スカートを1着椅子にかけ、ブラウスとスカートをベッドに置きつくしが着替え始めたのを見てかいらはドアノブに手をかけた。
「水あげ終わらせてくるね。」
「分かった。」
外に出て地面に置かれているじょうろを拾い上げ中に残った水を薔薇にかけていく。ふとその動作をやめじょうろを覗き閉まっているドアの方をチラリと見て視線を戻し顔を上げて薔薇を眺めた。ぽつぽつとしか咲いていない。かいらはじょうろに入っている水に手を翳す。ゆらりと水面が揺れ陽の光に紛れてキラリと光った。満足げにかいらはまた水を薔薇に与える。中身が空になる頃につくしがドアを開けた。
「なんかこの服着心地が良くなってるような気がするよ。」
「わたしが繕ったっていう付加価値が付いているから?」
「そういう気分の問題じゃないって。本当に着心地が…」
「あはは、分かったよ。そんなことよりさ、昨日食べ損ねたきのこのソテー食べたいなー。1人で井戸まで行って水汲んできてお腹空いたよ。」
「起こしてくれて良かったのに。村の人に会って面と向かってお前は盗賊の可能性が~とか言ってないよね?」
「言わないよ!誰にも気付かれないで水を汲んできたから!」
「暗殺者みたいなこと言わないでよ。会ったら挨拶してよね。じゃあ料理するから中に入ろう?」
「やった!」
先にドアを開け中に入っていくつくしにかいらも続いた。そうして2人の生活はゆっくりと時を進めていく。庭の白薔薇に水をあげるのはかいらの役目になりその間につくしが料理や家の裏で洗濯をしたりかいらが町に行くことを嫌がったので1人で花を売りに町まで行くこともあった。2人で森へ行くことや本を読むことも楽しみの内だった。かいらが水やりをする毎に白薔薇は庭に広がり花も大きくなりその数も増えた。つくしは町にたくさん売りに行けると喜んでいたが村人たちはその様子を見て徐々に不信感を募らせていた。今まではどの家庭も細々としか育てられない花を懸命に守り同じくらいの収入だったのに両親もおらず散々助けてきた少女が村の中では裕福な方に属するようになったことは村人たちにとって何とも言えない胸のしこりになっていた。そして誰ともなしに噂が回る。そういう事になり始めたのはつくしがあの女を家に上げてからだ。あの女が来てからこの村は不幸になったのだから町で騒動になった悪魔に違いない。
ある日、たまたまかいらが寝坊しつくしが井戸まで行くと村の女が行く手を阻んだ。
「おばさん、何を…」
「あんたが井戸に毒でも入れたらたまったもんじゃないからね!もうここの井戸は使わせないよ。」
「そんな…なんでそんなことを言うの?私、毒なんて入れたりしないよ!」
老人が村の女に加勢し始める。
「うるさい!お前が悪魔を家から追い出さないからこうなっているんだろう!」
「悪魔…?何のこと?本当にわから」
「とぼけるな!」
「きゃっ…!」
ぱしんっと頬を打たれつくしはその勢いのまま地面に倒れ込む。がらんがらんと音を立てバケツが転がる。
「かいらとかいう女は悪魔に違いない!」
「何を言って…」
「あんたが悪魔をこの村にいれたんだ!」
「そうだ!」
「悪魔を追い出せ!」
いつの間にかつくしは村人たちに囲まれていた。じりじりと追われ村人たちの真ん中で地面から立ち上がれもせず責め立てられた。
「なんで…みんなどうしちゃったの…あんなに…」
あんなに優しかったのに、と言うところでつくしは言葉を切った。過去形を使うことはもう優しくないと言い切ることになりそれは両親を失ってからこの歳まで支えてくれた親切な村人たちというつくしの大切なものを自分で消すことだと思い下唇を少し噛み口を結んだ。
「悪魔を追い出せと言ってるんだ!」
「おい、聞いているのか!」
「悪魔がこの村を不幸にした!」
だがそのつくしが大切に思っていた村人たちでも埋められなかった孤独の穴を塞いでくれたかいらを口々に罵られ悔しさと腹立たしさが赤く燃える炎のようにつくしの心を奮い立たせ大声で叫んだ。
「かいらたんは悪魔じゃない!」
琥珀の瞳が揺れる。
「あなたたちに彼女の何が分かる!かいらたんは、かいらは悪魔じゃない!だって私は不幸になっていない!前よりもずっとずっと幸せだから!」
村の男がつくしの腕を掴もうとするのを振り払い立ち上がって村人を突き飛ばし走った。
「待てっ!」
「あの女め…。」
「みんな棒でもなんでもいい、武器を持ってあいつの家に行こう。」
「そうだな、準備をしよう。」
バンッと大きな音を立ててドアから家に入ってきたつくしに椅子に座っていたかいらが飛び上がった。
「うわっ!?ど、どうしたの…あ、起きられなくてごめ…」
「どうしよう、どうしよう!」
つくしがかいらの胸に飛び込む。
「え、えっと…どうしたの?」
「みんながかいらたんを悪魔だって、追い出せって言ってきて…!」
つくしの肩を抱いていたかいらがぴくりを反応した。
「悪魔…」
「そんなわけないのに!でもきっと村のみんなはこれからここに来るよ!どうしよう、なんでこんなことに…っ。」
かいらは押し黙った。するりとつくしの肩から背中に手を滑らせる。かいらが直したあのブラウスの滑らかな生地がするすると流れる。
「つくしさん、落ち着いて…村の人たちともう一度話して…」
「ダメ!」
ばっと涙で濡れた顔を上げつくしは声を上げる。
「今のみんなおかしいから…かいらたんが殺されちゃう…」
「つくしさん…」
「それに…」
ぼろぼろと落ちる涙も拭わずに喉が痛くなるほどしゃくり上げながら話し続ける。
「それに私、かいらたんが…あなたが悪魔だって構わない…」
「えっ…」
「私を愛してくれるなら悪魔だっていい。」
琥珀の瞳に映るかいらの姿はゆらゆらと揺れていた。両手でつくしの顔を包み舌先で流れる涙を掬う。
「ふっ…うっ…こんなことしてる場合じゃ!」
「つくしさん、わたし殺される覚悟が出来たよ。」
「なに、言って…」
にっと笑いながらさらさらとつくしの髪を撫で遊ぶ。
「わたしが村の人たちに殺されればつくしさんは許して貰えるかもしれない。」
「馬鹿なこと言わないで!そんなの絶対だめだよ!」
ぐっと体を寄せかいらはつくしを強くかき抱く。つくしの涙がかいらの服を濡らしていく。濡れたところが冷たくなることにかいらは自分の体温を感じる。自分とつくしは別の個体で触れ合っていることを鮮明にさせてくれる気がしてもはや言葉にもならず泣くだけのつくしを離せなかった。村人たちが鍬や鎌を片手に2人の家に迫ってきていた。
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