【眠らない男の日常/ボイルドがカップ焼きそばを作ると】
皆の寝静まる時刻/夜/いつからか繰り返される男の行動──大きな影は息を殺して
頭上の戸を開き目的の獲物──いわば怠惰の獣──を確認/塔のように醜く積み重なった"それ"を見るたび刺激される罪悪感=内面へと罪は重なる。
しかしあらがう術もなく手を伸ばす──やはり今日はやめるべきか。
一瞬の逡巡──塔に伝わるわずかな動揺/しっかりと掴むもバランスを失った塔の崩壊/床に向かって描かれる墜落の軌道──ばらばらと。
落下音で目を覚ます仲間たちを容易に想像/即座に男に備わった機能が発揮される。
「俺はもう落とさない」
ディムズデイル=ボイルド──その男の独白/男は覚悟を決め、手に握る"それ"の封を解き蓋を開けた──カップ焼きそばの蓋を。
【眠らない男の日常/ボイルドがカップ焼きそばを作ると】
取り出される三種の小袋/かやく+ソース+からし入りマヨネーズ/慣れた手つきで麺の下にかやくを敷き詰める──湯戻しされたかやくが蓋の裏で恨めし気にこびり付くことがないように=経験により獲得された知識。
煮沸&注湯──熱湯により与えられる
用意される箸&もう一品=
驚愕の事実──冷蔵庫の中身/作り置きのゆで卵の消失。
わずかに漂う人の気配──電気の消えた隣室/点灯──蛍光灯に晒される人物。
口元にソースをつけた
音も立てずに焼きそばを食べ尽くしたクルツ・エーヴィス/
容器に目を移す/中身もなければ殻もない=犯人はクルツではない。
推測──この男がここにいるということは同じチームの
想像──丸々としたドクター・イースターがいかにも美味そうに卵を頬張る。
「……イースターか」──謂れのない濡れ衣。
空の容器を持ち立ち去るクルツ/くずかごの上で能力を発現──
すれ違いざまに肩に置かれる手=次はお前の番だ
気持ちを切り替える。
時間は限られている。今すべきこと──犯人探しではない/新たなるゆで卵の獲得/今から作りはじめると焼きそばは冷める/今すべきこと、それだけを考える。
──道は決まった。
三分経過──即座に行動開始/熱湯の入ったカップ焼きそばをしっかりと掴み、勢いよく湯切り/V字──W字──Z字にいたるまで/勢いあまって蓋の隙間からシンクに向かって飛び出す麺──しかしまたしても発揮される男の能力/飛び散る間際に
楽園時代に獲得した能力の応用/無重力環境での訓練──ゲップひとつで押し寄せる吐き気をとどめるために体内に張る
訓練内容はいつだったかジョーイとハザウェイの賭けの対象に/ジョーイとハザウェイ、どっちがより長く我慢できるか=死には至らない悪ふざけ。
結果は僅差でハザウェイの勝利/訓練設備は惨憺たる有様/清掃後も残ったのは二人への訓練設備立ち入り禁止命令+ラナからの冷たい視線+設備内部の名状しがたき空気。
頭から振り払う。何よりも食事時には適さない。
重要なのは過去の
蓋を開けることなく、ソースを封切ることなく蓋の上に乗せたまま、焼きそばをひとまず放置/夜の街へ飛び出した。
作る時間がないのであれば、すでにできたものを買ってくればよい。麺の冷める前に。麺の伸びる前に。眠らない男の疾走──夜の街を。ゆで卵を求めて。
すでに行くべき店は決まっていた──24時間営業のマーケットへ
麺が冷めることも伸びることもない。
トラブルもあったがそれを乗り越えて得る味はひとしおだ。麺にソースを絡ませ買ってきたゆで卵を乗せる。その上からからし入りマヨネーズをたっぷり。
いざ約束された瞬間へ/最初は卵から/箸を口に運ぼうとした──そのとき。
時刻──午後十一時三十二分。
ビジョン──訪れる漆黒の髪と瞳の女/オードリー・ミッドホワイトの微笑="隠し事は無駄"。
「とってもいい匂いね」
背後からかけられた現実の女の声/姿を消す
いつの間にか背後に立っていた金髪+悪魔の火のような輝きの緑の瞳/ナタリア・ネイルズが言葉を続ける。
「やっぱりゆで卵だけじゃ足らないものね。それにこんな匂いをさせて、あなたって悪い人だわ」
突然の犯人の自白。しかしそんなことよりも、そんなことはないはずなのに、何か見られてはならないものを見られてしまったような感覚に陥る。
「ねえ、ディム」
「これは体に良くない」
咄嗟に口をついて出る言い訳じみた言葉。
「そうね、昔ならそんなもの一切食べたいって思わなかったし、それとは比べ物にならないぐらい美味しいものは食べ飽きてるけど。どうしてかしらね、最近味覚が変わったのか、今はそれが何よりも贅沢な食事に見えて仕方がないの」
腹部をさするナタリア。
「そんなことは──」
「ねえ知ってる、ディム。妊婦ってね、とってもお腹が空くのよ」
殺し文句。勝負は決した──項垂れつつも差し出されるカップ焼きそば。しかし一向にナタリアがそれを掴む気配はない/驚愕/親鳥に食事をねだる雛鳥のように目を閉じ口を開け、それを待つナタリア──"あーん"のポーズ。
選択を迫られるボイルド。
見ている者など誰もいない。
意を決して麺をつまんだ箸──若干の震え/ナタリアの口元へ運ぶ/まるで
「どうしたんだ、誰か起きているのか」
眠い目をこすりながら現れたウフコック・ペンティーノ。目の前の光景に眠気が吹き飛ぶ。
「ああ……いや、何も不思議なことではないぞ。人間がパートナー相手にそういうことをするっていうのは知っているし、あっ! 俺にもよくピスタチオをくれたりするし、それと同じってことじゃないか、何だ別に何も気にすることなんて──」
震えるボイルド/呆れ果てるナタリア/迸る一声。
「おお──!」
ウィリアム・ウィスパーは普段と変わることなく寝息を立てた。
【END】
Marduk Instant Yakisoba 源條悟 @jyougominamoto
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