三題噺「草」「カブトムシ」「消えた脇役」

 八月も始め、母の実家に来た僕は、縁側で一人青空を眺めていた。

 小学生の時は、虫取りにでも行っていたのだろうけど、中学生になった僕は虫が嫌いに

なっていた。

 大したきっかけは無いけど、まあ、虫を嫌いになるなんてそんなもんだろう。

 とはいえ田舎でやる事など特にないので、こうして縁側で夏を感じていた。

「田中さんちのお父さん、行方不明だって」

 ふと、母の声が聞こえて来た。

 おばあちゃんと何か話しているようだ。

「あら~流行りの深夜徘徊かねぇ」

「いやよそんな流行り」

 まあ、僕にはあまり関係の無い事だろう。

 気にせず流れる雲を見続ける。

「ねえ」

 唐突に、母とも、おばあちゃんとも違う声が聞こえる。

 声がした方を向くと、庭に見知らぬ少年が立っていた。

「……だれ?」

 当たり前の質問をする。

「ねえ、虫取りしよ」

 しかしその質問には答えず、自分の要求だけを返して来た。

 見れば確かに虫取り網を持っている。

「いや、まず誰か名乗れよ」

 小学生くらいに見えるが、流石に見ず知らずの人間についていくつもりは無い。

 一応家の中を見て、母やおばあちゃんの様子を伺う。

 しかしこちらには気づいていないようだ。

「ねえ、虫取り行こ」

 再び少年はそう言ってくる。

「いかないよ、何でそんな事」

 仕方ないので自分であしらう。

「いこうよ!」

 少年は駆け寄ってきて、僕の腕を掴んだ。

「うわっ、何すんだよ」

 見た目は小学生、当然僕より背は低い。

 でもその力は見た目以上に強く、抵抗虚しく引きずられる。


 このまま引きずられて行くのも嫌なので、仕方なく自分で立って少年について行く。

 少年は森の中へとずかずかと入り込んでいく。

 獣道でもあればまだマシだったかも知れないけど、まさに道なき道を進む。

 腰くらいの高さの植物の枝が足に当たる。

 もう少し高い植物の葉が顔を叩く。

 虫なんていくらでもつきそうな木はたくさんあるのに、それらには目もくれず、

少年は歩きづづける。

「何で僕がこんな事……」

 呟いた悪態は、セミの音に消えていく。

 やがて、突如開けた場所に出る。

 森の中にいたはずなのに、そこだけ切り株すら残っておらず、草原になっていた。

「ここだよ!」

 少年は草原の中で立ち止まり、そう言う。

「ここ?」

 木も無いような場所で虫取り?バッタでも捕まえるのだろうか?

 しかし足元を見ても虫なんていない。周りを見ても蝶なども見当たらない。

「上だよ!」

「上?」

 少年が指差す空に視線を向けると、そこには――


 巨大なカブトムシが浮いていた。


「なんだよ……あれ……?」

 形状は確かにカブトムシだ。そうとしか言い表せない。

 しかし金属で出来ているように見える。

 あれが、虫?

 冗談じゃない、虫取り網に収まる大きさじゃない。

 というか、逃げた方が良いだろう。

 すぐに来た道を戻ろうとするが、その時カブトムシのお腹が光を放ちながら開く。

「――」

 その異様な光景に言葉も出ずに立ち尽くす。

 呆然と見つめていると、開かれたお腹から、60代くらいの男の人が落ちてくる。

「あ、もう時間みたい」

 少年はそう言って、カブトムシの下に向かう。

「それじゃ、また遊ぼうね」

 そう言い残し、少年は光輝くカブトムシのお腹へと、吸い込まれていった。

 そしてカブトムシは、空高く飛びあがり、ものすごい速度で彼方へと飛んで行った。

 気づけば、辺りはもう暗く、空には星が散っていた。


 その後僕が行方不明になったと探しに来たお母さんに見つかり、無事に僕は家に帰れた。

 カブトムシのお腹の中から出て来たのは、消えたはずの田中さんだった。

 

 それから僕はあのカブトムシにも、少年にも会う事なく夏休みを終えた。

 でも、この夏起きたどんな出来事の中でも、それより記憶に残る事は一つも無かった。

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短編詰め合わせパック 館 八代 @kantyo911

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