「こんにちは、あのとき救済して頂いた×××××××××です」

兎山じわこ

初夏と高校生と少年(?)

気づけば時刻は17時を回っていた。

じっとりとした汗と晴天に殺されそうな六月半ば、恐ろしいことにまだ夏が始まってるかも怪しい。

そんな中、ひいひい言いながらギッシリと教科書とノートの入ったリュックを下げて、どうにかこうにか家へ辿り着く。

脳裏に浮かぶのはあの頭がイカれたとしか思えない体育の里中の怒鳴り声と五時間目の惨劇。何を食って生きてきたらあの教師はこんなことを思いつくのか、甚だ検討もつかないし考えても無駄なのだろう。

数日後に初の中間テストを控えているというのに、その時間に繰り広げられたのは遠征から一旦戻ってきたサッカー部員VSその他、インザ猛暑の校庭。

「正気ですか?!」「この暑い中でやるんですか!?」

「先生!サッカー部のみんなも疲れてると思います!」

「先生ー!まだ俺死にたくないでーす!」

自分を含めあちらこちらで上がった無辜の男子たちの悲鳴を一喝、「それくらい耐えろ!お前らそれでも男か!」などとあの男は言い出した。

面倒なことに当のサッカー部員どもはむしろ乗り気、いくらその他(こちら)側の方が人数が少し多いとしても、向こうは能力でその差を埋めてくる。

明らかに良くて泥仕合、最悪リンチだ。しかし決行されてしまったそれはある意味で最悪の予想…すなわち授業終了まで続く泥仕合が現実となり、

男子はこぞって汗だく、集中できそうにもない授業にも遅れついでにクラス中の女子からお前ら汗臭い消えろとでも言わんばかりの心ばかりが凍える冷たい視線を向けられる始末となった。

あのイカれ教師、いつか絶対仕返ししてやらぁ、そんな怨念が再度心の中に舞い戻ってきて、いかんいかんと頭を振る。今日はこの暑さに備えて、お気に入りのメーカーのチョコミントアイスを買っておいたのだ。こんなにイライラしていては、とっておきのアイスの美味しさも怨念に汚染されて損なわれる。

さっさとシャワーを浴びて、そのまま扇風機にでも当たりながらアイスを食べよう。そう思いながら扉に手をかけ、乱雑に開いて暑さから逃げるように玄関に飛び込む。

「ただいまー!」

体に染みついた行動として思わず言ったが、そういえば今日は母は遅くなるらしく自分のアイスを勝手に食べる兄も遠征中だった。

それを思い出し、何やってんだか自分、と苦笑してしまう。

……そう、誰もいないはずだった。

「ハイ!おかえりなさいませ!」

‭はきはきとした明るい声で話す少年なんぞ、この家にはいないはずだった。

数秒の間をおいてから、その事実に気付いた。

「え」

まさかついに暑さにやられて幻聴でも聞こえたか、そう思い鍵をしめてから前をしっかり見直してみる。

「おかえりなさいませ!…あのー、あれ?挨拶間違えてましたか?」

……幻覚?

寝ぼけてるのかと思い目を擦ると目のあたりに往復する手と一緒に汗が少し傷ついた皮膚と目に染みこむ。

盛大にしみた。

「あーーーッッ目ェーーーッッッ!!!!」

「ぎゃーーーー!!大丈夫ですかああああ!?」

「た、タオル、タオル!水で濡らしたのッ!」

「はっはいタダイマー!」


…………


ひと騒動のあと、エアコンをつけてやっと涼しくなってきた居間で、つい先ほどまで互いに訳も分からず叫びまくっていた二人が対面して正座していた。

改めて目の前の謎の人物を観察してみる。少し目立ちすぎな気もするこげ茶の水玉模様が裾あたりに入った、爽やかなミントカラーの着物を着こんでいる。

そして肩につくかつかないかくらいの、浴衣と同じ色…これまたミントカラーの手入れの行き届いたように見える綺麗な髪を下ろしている。

顔立ちからして、小学校の高学年か、中学生くらいだろうか?自分と同じ高校生くらいには見えなかったが童顔な同年代もいるものだからはっきりと断定できなかった。

リアリティのないミント色の頭髪の割に、目はどこででも見れるような焦げ茶色で、場所が場所であったならただのコスプレイヤーに見えなくもないのだろう。

しかしここは自分の家だ、もしや空き巣ではなかろうか。いや、空き巣がわざわざおかえりなさいなどと言うのか?

この緊急事態でお預けとなってしまったチョコミントアイスを少年の色合いで思い出しながら、なるべく隙を見せないようにしてなんとか口を開いて問い詰めるしかない。

「……で、どちらさまですか」

ようやく言えたのがどうにも間抜けな一言だったので、もう少しましなことは言えなかったのかと心の中で自分を小突く。

対して、少年は待ってましたと言わんばかりの表情で、正座したままこちらに詰め寄るように顔を近づけて意気揚々と答える。

「はい!改めてご挨拶させていただきます!…こんにちは!あのとき救済して頂いたチョコミントアイスです!!」

「…………………なんて?」

「チョコミントアイスです!」

目の前の少年は、自分がチョコミントアイスであることを主張し始めた。まあなるほど確かに全身のカラーリングを見ればチョコミントと言えなくもないが

それにしたって突拍子もなければ意味もわからない。第一『救済して頂いた』って何だ、自分は頭のおかしい人を助けた覚えもなければ、食べ物を何か特別にどうこうした覚えもない。

全くもって事情が呑み込めず、ダメもとで自称チョコミントアイスに聞いてみるしかない。

「……救済されたとかってそのー、あーっと、どういう意味?」

「ああ!ええとなんてご説明したらいいか……輪廻転生ってご存知です……?」

「え、まあ多少は」

「すごい!あなた様は博識でいらっしゃるんですね!」

なんと!とでも言いたげに目を輝かせて自称チョコミントアイスは驚く。その様子はバカにしているのではなく本気のようだ。

いくら相手が不審者だとしても、この反応はなんだか悪くない。照れで頬あたりが少し熱くなっているような気がする。

「え、いやあそんな……ただのゲームとか漫画でちょっと齧っただけだし……」

「いえいえ!手段はどうあれ学んだのは事実でございます!……と、ええと話が逸れましたね、多少ご存知なのであれば大丈夫です、私もまだ理解しきっているわけではありませんので…」

照れくさそうに自称チョコミントアイスは頭を掻いて、それから一度咳払いすると慣れていないのだろうか、何度か詰まりながら話し始めた。

「ええと……六道、についてはここでは六つの生き方みたいな感じでおおざっぱに切り捨てさせていただきますね?」

心配そうな目で見てくるので、頷いて話を進めるよう促してみると、少し安心したような顔で彼は話を続けた。

「私めはかつて、その中の餓鬼道というところにいたのです。餓鬼道についての説明は……」

「えーっと、確か、他人を思いやらなかったとかみたいな自己中すぎたやつとかが落ちる……で合ってたっけか?なんか飯食えないとかだった気がする」

凄くうろ覚えの知識なせいで確証も持てないので歯切れの悪い返答になってしまったが、それで十分だったようだ。

「あ、ハイ!そうです!それで大体合ってます!」

「え、ってことはあんたオバケか何か?」

「あーいえ、あ、でも大体似たようなものか?……失礼しました、ちょっと微妙なとこですが、厳密には亡者ではない、かと。多分」

一瞬だけ、どうも少し雰囲気の違う喋りになったのは、自称チョコミントアイスの元々の性格なのだろうか?今ここで問い詰めても意味はないだろうし、なんとなく聞かなかったことにしよう。

それでええと、と空中で手をわたわたと何かを捏ねてるような動きで数秒考えこんだあとに彼は言葉を続けた。

「えーとですね、餓鬼道で私めは刑罰を長らく受けておりました、どれだけそこにいたかは覚えておりません、が随分と長く長く時間が過ぎたころ、突然変な僧侶に声をかけられたのです」

「変な僧侶」

「はい、変な僧侶です。見慣れない袈裟……丁度今の私めの服と同じような色の袈裟を着て、頭に変な匂いのする葉を生やした老人にございました」

なんだか急に雲行きが怪しくなってきたぞ

「その僧侶は私にこう言いました。君、中々徳が溜まっているな。ここはひとつ賭けをしないかい?、と。その賭け、というか僧侶自体が怪しいものでしたから、いったいどういうことだとつい問い詰めてしまいました」

まあそらそうなるわな、としか言えない。自分だってそんな不審人物現れたらビンタの一発くらいは入れかねない。

……今の自称チョコミントアイスも中々いい勝負で怪しい、などとは口が裂けても言えない。

「そうしたらその僧侶はこう言いました。今から君を食べ物に変えて、人間道の適当な場所に置き去りにしていく、もしも運が良ければ正しい者に食べられ君は転生の機を得るだろう。もしも運が悪ければその時はその時だ、と。

 正直その時は本気で怪しいと思っていました、第一僧侶として不審すぎる色合いにございましたから。しかし考えるうちに、賭けに乗るのも悪くはないのでは?となんとなく思ってしまい、了承したのです。ここまではよろしいでしょうか?」

全くもってよろしくないが、そこは諦めることにした。もうこれはきっとツッコミを入れてはいけないのだろう。続けるよう促して正気を保つことに集中することにした。

「はい、ええとそれでそのあと私は、その僧侶の手によって気づけば爽やかな緑色のこぢんまりとしてひんやりとした身…僧侶が言うにはチョコミントアイスになったそうです。そうして僧侶が私を持って、空へと飛ぶと、

 何度か家屋に近づいては離れ、近づいては離れを繰り返して数刻、その後にある一つの家に入ると、私を涼しい箱…冷凍庫というのでしたっけ。そこに私を仕舞い込んで、去っていきました。

 その後、さてこんなところに入れられて本当に自分は食べてもらえるのか、そもそも僧侶は本当のことを言っていたのだろうか、そんな今更にも程がある疑念に苛まれていたのでしたが、

 幾ばくか時間が過ぎたころに、こんどは少しだけ暑い場所へと、はい。酷く熱いあなた様の手によって引き出されました。」

そこまで言われてふと思い出すのは、一昨日食べた見覚えのないアイスのことであった。

その日は今年に入って初めての真夏日だったそうで、干からびて死にそうなほどに暑い日で誰も彼もがぐったりとしていて、勿論自分もその一人だった。

朦朧として帰宅した後、そういえば買った覚えのないチョコミントアイスを食べたような記憶がある。

判断力もかなり落ちていたため、母が買っておいてくれたか、自分が買ってたのを忘れていたかのどっちかだろう、と自己完結したような気もする。

そう、今こうやって思い返してみれば……見たこともないメーカーだったような気がしなくもないし、そういえば食べ終わった後に捨て忘れたゴミが消えていたような気もする。

自分で捨てたのを忘れていたかな、なんて思っていたが……

ここまで来ると本当に少年は、自称ではなくチョコミントアイスなのかもしれない、なんという馬鹿らしい考えすら浮かんできた。

「ああやっとか、しかし随分と熱いしこのままでは溶けてしまう、そう思いながら訳も分からぬまま抵抗しようともしましたが、力なき食品に逃げる力などなく、アッサリ蓋を開けられ、そのまま早速と一口食べられてしまいました。

 しかしあなた様は!朦朧とした目ではございましたがそれはもう…私の身には勿体ないほどの感想をうわごとのようにつぶやきながら少しずつ私めを食べていったのです!お忘れかもしれませんが構いません、というか今言われてしまうと

 恥ずかしさのあまり私ドロドロと溶けてしまいます!ああッ思い出すだけでも頬が溶けるような勢い……まさかその純朴そうな見た目でありながらあんなにも情熱的なことをお言いになるなんて……あッ違うのです決して貶しているわけでは」

待て頬を染めて身をよじり始めたチョコミントアイス人間、いったい自分が何を言ったのか。

問い詰めたいが聞きたくない、いったい何を言ったのか気になるけどなんか知りたくない。どんな恥ずかしいことを言った自分思い出したくないぞ自分。

何より絵面が完璧に少年を痴漢する青少年になってしまう。性的なことを言うのを強要してるみたいになるから、頼むからその『言ったほうがいいのか』みたいな目をするのはやめてくださいマジで。

頼むから、話をもとに戻してほしい。そう懇願すると話題が逸れていたことに気付いたのか恥ずかしそうに話を続けた。

「あッ……はい、すみませんでした。ええと、それで削られゆく私はあなた様のチョコミントアイスへの愛にこれが愛なのかと感服した次第にございまして、今までの迷いをキッパリと捨て、晴れて

 あなた様の手によって救済され、こうして新たなる生を得たのです。今ここにこの身があるのはあなた様のおかげです!本当にありがとうございました!」

駆け足の口調ですべてを話し切ったチョコミントアイス人間は、深々と土下座をしてきた。口調も素振りも全部使って、本気で感謝の念を表そうとしている様子に

未だ不審人物の疑いは拭いきれなくとも、その気持ちだけはひしひしと伝わってきた。

これは本当にどうしたものか、そう思ったあとにふと思い出したのは、その救済されたチョコミントアイスがなぜここにいるかだった。

「ところで、どうしてこんなところにいるんだ?鍵とかかかってたはずなのに」

「それでございますか!私あの後に一度僧侶のもとへと戻ると、彼は所謂何某かの神格だったようで…その後どうしたいかと聞いてきたので私は、あなた様に恩返しをしたいと申したのです。

 そうすると彼は私をどうやら使いか何かにしたようで、その後は追々話し合うから、数日は向こうで恩人と話してきていいよ、とのことで、ここに送ってもらったのです」

「恩返し」

「はい!恩返しです!」

このチョコミントアイス人間にいったい何ができるのか。お世辞にも力があるようには見えないし、こう言っては悪いが正直頭が良いようにも見えない。

しかしもしかしたら何かの特技があるのかもしれない、ので一応聞いてみる。

「恩返しって、具体的に何ならできるんだ?」

すると、急にそれは顔色を真っ青にして考え込んだ。そして、整理がついたのかその次の瞬間に叫んだのは

「……な、なにもできません!!!!」

堂々の無能宣言だった。

呆気にとられる間抜け二名。そしてその事実に気付いたチョコミントアイス人間は冷や汗で顔をべしゃべしゃにしながら慌て始める。

「あっえっ……俺こんなに無能だったっけ……あれ……学なんてあるわけがない……力があるわけでもないし力仕事なんて向いていない……あれ、ええ?嘘、何もないなんて……」

よほど気が動転しているのかうわごとのようにあれそれ挙げてはできない、できないと否定し悩んでいる。明らかに生気が一瞬のうちに消えた目で挙句の果てに

「あ、ああ、た、食べれないことはないですかね!?」

とか叫びながら手を口に突っ込んできた。いやいやいや元チョコミントアイスとはいえ今は人型なんだし…………味がする…だと…?

これは幻覚か?確かに伝わる爽やかなミント感、程よくアクセントを加えてくるが主張の強すぎないチョコレートの味。

正にチョコミントアイスだった。そう、しかも一昨日に食べたあのメーカー不明のものと全く同じだ。そう断言できる美味しさがあった。

齧ると口の中で柔らかくなったチョコミントアイス人間の手が取れ、本物のアイスのように溶けて食べれてしまった。一心不乱に手を齧りあまつさえ手が崩壊した感触がわかったのか

正気を取り戻したチョコミントアイス人間が手を引っこ抜くと、本当に手が消えていた。

「あ、あれ?私はいったい何を……というか手がっいやすみません大丈夫ですか!?」

慌てる彼をよそに、自分が言えた唯一の感想は

「美味しい……」

そんな一言だけだった。しかし手をもいでしまったのは事実である、わっと慌てた自分がとってきたのは何を思ったか器いっぱいの氷。

「ごめん!これで代わりになるかな!?」

なるわけないだろ!と自分にツッコミを入れるより先にチョコミントアイス人間は氷をざらざらと口の中に入れて食べきってしまったため後の祭り、

自分はいったい何をしてるんだ、と叫ぼうとした瞬間目の前でチョコミントアイス人間のもげた手は再生した。

どうやら、本当に『チョコミントアイス人間』だったようで、氷で再生できたようだ。最早現実感などどこ吹く風、夢だか何だかサッパリ。

しかしそれを見てチョコミントアイス人間はこれだ、とでも言うような生気を取り戻した顔をして今度はぐいっと詰め寄ってしゃべり始める。

「こっこれだこれです!大将あなたはチョコミントアイスお好きですよね!?私氷さえ頂ければいくらでもアイスになれます!どうですか!タダで質のいいチョコミントアイスが得られるのは今だけにございます !私めに恩返しをさせてはくれないでしょうか!?」

その勢いと、魅力的なアピールについに自分は折れた。

「喜んで!」

「ありがとうございますッ!!!」

そして欲に正直な返答をしてしまった。チョコミントアイス人間はそれで良いようだ。

さてよくわからない人のような何かが住まうつもりのようだが、どうやって隠蔽すればいいだろうか。

…と考えこもうとした矢先に玄関の戸が開く音がした。

「ただいまー、ちょっと、ちゃんと靴は揃えなさいよ荷物まで置きっぱなしにして」

「ゲェッおいチョコミントどうする」

「そっそんなこと言われましても!」

「ん?友達でも来てるの?」

「ちちちちちち違うんだけどえーーーーっとー!!!!」

最大の関門の帰宅、その夜繰り広げられる家族会議。

かくしてチョコミントアイス人間が何度かの論争を経て家族の仲間入りをするのは、また別の話である。

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「こんにちは、あのとき救済して頂いた×××××××××です」 兎山じわこ @ziwako0327

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