24 眠り姫たちの事情 5

 体を制御しているもう一人のロバートとキルケは静かに見つめあっていた。


「な、なんだ。言いたい事があるような顔つきだな」

 キルケは顔を伏せ、バツが悪そうに小声で唸り。


「あんたらしいというか……実につまらん話だ」

 ロバートが鼻で笑うように言い切ると、怒ったように顔をあげた。


 聖女は歌が終わるとキラキラと輝きだし、周囲に淡い光の粒をばらまきながら姿を消して行く。


「ロバートにはまだ分からんだろう。いや、前世の記憶はどこまであるのだ?」


「今回の件でしっかりと思い出せたよ、だがまあ実感があるかといえば別だ。まるで誰か知らないやつの人生を夢見たようなものだ」

 ニヤリと笑うロバートを、キルケは不思議そうに眺め。


「だからはっきりと言っておこう、俺があんたを好きなのは前世の記憶のせいなんかじゃない。俺の……このロバートとしての確かな事実だ」

 自信満々にそう宣言するロバートに、キルケは目を丸くする。


 すると消えた聖女の光の中から、やたらボインとしたスタイルの良い女性の影があらわれ。

「まあ、なんて素敵なんでしょう!」

 甘ったるい声で呟く。


 二人が視線を向けると、そこにはシスター服を着た赤髪のやたらエロい女性が立っていた。


「闇の女王……」

「シスター・ケイト、なぜここに?」

 キルケとロバートが驚くと。


「嵐の魔力波から聖女リリス様のお声を聴きまして、せん越ながらお力を貸してたんですが……まあまあ、ロバート君も隅に置けなくなっちゃったんですね」


 ケイトは嬉しそうに両手を爆乳の前で組むと、大きな赤い垂れ目を細めてフフフと笑った。



 もうひとりのロバートはそんなシスターを見ながら……

 相変わらず異常にエロいなあと、妙に感心した。




○ ◆ ○ ◆ ○ ◆ ○




 ディーンは教会に入ると同時に体が淡い炎に包まれ、水分だけが綺麗に蒸発したことに気付いた。

「相変わらず器用だな」


 それは世界広しと言えども、クライだけが到達している魔術の極みなのだが……

 本人はあまりそのことを気にしていないようだった。


「そんな事より、いい加減種明かしをしてくれ。情報が少なすぎて座り心地が悪い」


 悪態をつくクライをなだめながらディーンが聖堂に戻ると、シスター・ケイトがテーブルに伏せるように寝息を立てている。


 気配から聖女の夢の中に移動したのだろうと判断し、ディーンは近くにあった毛布を肩にかけ。

「チャーイは少し待ってくれ、ケイトが淹れてくれたやつが一番うまいんだ。それまでお前が聞きたがってる話をしてやろう」

 クライに椅子を勧める。


「そもそもの始まりは、お前から通信を受けた翌日……オリス公国で例の邪心教と接触したところからだ」


 ディーンたちは天神の行方とその意志を追って世界を旅していた。

 なぜなら彼らの気まぐれとも思える行動が、種を滅ぼすような大惨事を招くことがあるからだ。


 過去、龍の文明を隕石と呼ばれる天からの災害によって滅ぼしたり、超古代文明をある出来事で衰退させたり。

 その力は最上神と呼ばれるにふさわしい、猛威そのものだった。


 マルセスダ復活を謳う邪心教のバックが天神であることに気付き、その意図を探ると。


「天神はどうやら今の文明……この魔法が発展した魔族と人族の世界に疑問を持ち始めたようでな」


 ディーンがあくびを噛み殺しながらクライの顔を見ると。

「それはそれで大変なことかもしれんが、スケールがデカすぎて今一つ実感が持てん。それに今回の件とどんな関係があるんだ?」

 顔をしかめて質問してきた。


「まあ焦るな、物には順番がある。天神どもは時空間魔法を妙に嫌うんだが、ロバートは生まれながらにその素質があった。そしてあいつの前世も同じで、正体は稀代の時空間魔法師……」


「マルセスダの転生なんだろう」

「そうだ、それと彼を討伐した勇者ハーベンのな」


「あの魔王を討伐した後、殺人鬼のように悪人を殺していったといわれる『惨殺の勇者』が?」


「そもそも二人の出自を調べてゆくと、同じ時代の同じ場所にたどり着くんだ。しかも文献をひも解くと、二人の容姿や魔法の特性も非常に似ていたって」


「つまりどういうことなんだ? 頭が混乱する……結論から言ってくれ」


「天神はひとりの天才時空間魔法師の誕生を阻むために、双子として誕生させたか。あるいはひとりの子供を二人に分けたんじゃないかってのが俺の推論だ」


 ディーンはクライが頷くのを確認して、結論を述べる。


「そして何の因果か二人が殺し合い……そしてまたひとりの人間として転生した。それがロバートで、あいつは生まれながらにしてその才能から天神に命を狙われている。そしてその天神だが、どうやら裏でオリス公国を乗っ取っているみたいだ」

 言い終わると大きくあくびをして。



 驚くクライを横目に、やっぱり温かいチャーイが飲みたいなと。

 乾いた喉をごまかしながらクールに微笑んだ。




○ ◆ ○ ◆ ○ ◆ ○




 ロバートがあきれ顔でシスター・ケイトを眺めていたら。


「さあさあロバート君、そこまで言っちゃったんですから。さっきみたいにブチューっとキルケさんにやっちゃってください! 聖女様から聞きましたが、あれで意外とお胸は大きいそうですよ」


 ワクワクとした瞳で見つめながらそんなことを言い出した。


 その後ろにいたトミーは恥ずかしそうに顔をそらし、龍のままのナーシャもなぜか嬉しそうな顔つきでこっちを見ている。


 ――だれか止めないのか? シスターやトミー先生はまだしも……そうか、ナーシャは龍族だからその辺寛容なんだっけ。


 ロバートがキルケを見るとソワソワとした態度でこちらを見ている。


「おいおいどうしたロバート、お前らしくないじゃないか」

 脳内で主人格のバカにしたような声が聞こえてくると、もうひとりのロバートの意思は固まった。


 キルケの近くまで歩み寄り、その細い腰を抱き寄せる。

「な、なんだロバート」

 少し抵抗したが、逃げないように腕に力を入れると……上目遣いで見上げながら動きを止める。


 ダブダブのローブの上からでは気づけなかった大きな胸と、その透き通った青い瞳にロバートの心臓が大きな音を立てて脈打ち始めたが。


 ロバートがキルケの耳に口を寄せ、何か呟くと。


「生意気言いよって……」

 キルケが、ポロリと大粒の涙をこぼす。


 ロバートは大きく息を吸うと。

「何度でも言おう、それが俺の本心だ。お前が罪だと感じるなら俺もそれを背負おう、お前が悲しいと感じるならそれを俺にも分けろ。必ず俺がお前のための楽しい未来を築いてやる」

 そう言って、両手でやさしくキルケの肩を抱いた。


 すると床に落ちた涙がキランと音を立て、一振りの大剣に姿を変える。

 キルケはそれを拾うと。

「ならばこのハーベンより受け継いだ『悲しみの聖剣』に誓えるか」


 ロバートはそれを受け取り頷く。

 キルケはそれを確認すると、青い髪を揺らしながら輝きだした。


 消え始めた姿をロバートが見送っていると。


「ロバート君、あっち方面の誠意が足りないのでは?」


 シスター・ケイトが意味不明なことを呟いたが。

 ロバートはそれをサラリと無視しながら……異変に気付いた。


 ――この魔法波は移転?


 それはほかの少女たちからは感じなかった波動だ。


「みーつけた!」

 そう叫んで初めに反応したのは、シスター・ケイトだった。


 黒い霧が苦しみ始めたキルケの薄くなった体に飛び込み、「それ」だけを分別する。

 キルケの身体が完全に消えると、「それ」はロバートたちをけん制するように震えた。


 半身を霧に変えていたケイトの姿が元に戻ると……

 瞳を真っ赤に輝かせ、牙を輝かせながら舌なめずりする。


 ドンと重低音が響くようなケイトの魔力増幅に驚きながら、ロバートは受け取った剣を「それ」に向かって構えた。


「なんだあのバケモンは!」


 ロバートの呟きに、ケイトは鋭い眼差しで。

「あれが天神……もっともこれは、その欠片ですけど」

 そう答える。


「ナーシャ、トミー先生を連れて逃げろ、お前たちがなんとかできる相手じゃない!」


 その声にナーシャがトミーをくわえて建物から出ようとすると「それ」が動き出した。


「急いで」

 ケイトの声と同時に、闇魔術特有の黒い影が「それ」を覆う。

 鈍くなった動きにチャンスだと感じたロバートは、剣を腰だめに切りかかったが……


「なんだ、こいつ」

 かき消えると同時に、すぐ近くに移転した。


 ロバートが剣を構え直し、ナーシャたちが避難したことを確認すると。


「ディーン様は時間と空間の不確定要素だって言ってましたが……剣で切ることも魔術で衝撃を与えることも無理なんです。唯一効果があったのは、あたしの闇術とディーン様のユニークスキルだけで」


 シスター・ケイトがまた霧に変わり始めた。

 「それ」の動きを拘束するためだろう。


 ロバートは打開策を考える。


 聖人ディーンのユニークスキルは、時空間魔法の亜種だと聞いたことがある。

 ケイトの闇魔法も異なる次元から力を借り入れているものだ。


「あいつ自体が時空間のはざまに存在しているのかもしれんな」

 脳内で主人格の声が聞こえる。


「論理は要らん、解決策を出せ」

 ロバートはキルケから預かった聖剣を握りしめ。


 妙にしっくりくる手ごたえから、過去の記憶がよみがえり……

「そもそもその剣はお前の能力で、時空間のはざまを作って切り裂いていたものだろう。ぶつけてみる価値はあるはずだ」

 主人格の声に舌打ちする。


「なら魔法でサポートしてくれ、あれがタダで俺の攻撃を許すとは思えん」


 黒い霧が徐々に「あれ」を包み込むように動き、移転魔法の波動が弱まってきた。

 脳内では、最近さらに精度を増した緻密な詠唱が始まる。


「さて……三千年ぶりらしいが、やるしかなさそうだな」



 もうひとりのロバートは、幼いころの自分にそっくりな「それ」の顔を眺めながら……

 小さくため息をもらした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る