22 眠り姫たちの事情 3
マリーがサラサラと黒髪を揺らしながら姿を消すと、状況は一転する。
実質攻撃可能な人員がリーゼラひとりになるからだ。
「リーゼラを無効化して、その後ろのヤローまで一気に叩くか」
脳内の声にロバートは首を振る。
「それでもいいが、残りの人員を盾に使われるのが嫌だ。時間がかかるがここは確実に行きたい」
その意見に同調したのか、フンと鼻を鳴らす音が聞こえた。
ロバートが立ち上がると不用意にスカーレットが突っ込んでくる。
それを受け止めると、ボインと大きな胸がロバートの腕の中で押し潰された。
「ロバート様……」
妙に火照った表情と上目遣いの目がアレだったが、なんとかスカーレットの瞳をのぞき込みながら体内の魔力波を探る。
「意識は半分ほど覚醒しているな」
ロバートは脳内の声に頷くと、もう一度辺りを確認した。
レイチェルはまどろむような視線でこちらを眺め、リーゼラが的確な射撃でロバートの眉間めがけて魔法銃を発射する。
遮断魔法で弾丸を弾き、念の為スカーレットをかばうように抱き寄せると……
リーゼラから「ちっ」と、舌打ちが聞こえてきた。
――あれは覚醒しているかどうか微妙だな。
ロバートがため息をつくと、スカーレットは腰に手をまわして更にグイグイ抱き着いてくる。トロンとした表情に……
押し付けられた柔らかな場所の感覚がアレでソレで、もうエロすぎる。
「俺が身体を操作するからお前はリーゼラの射撃を防御していろ……ついでに会話が聞こえないように耳でも塞げ」
命令口調だがどこか照れたような脳内の声に、ロバートは笑いを堪えながら。
「了解」
とだけ伝えて、身体の制御を任せる。
スカーレットとはいろいろあったようだから、聞かれたくない話もあるのだろう。
ロバートはそう判断して身体の感覚と音を遮断し、リーゼラとレイチェルを探査魔法で監視した。
攻撃はやんだが、二人の目が徐々に大きく見開かれ……
レイチェルは真っ赤な顔になり、リーゼラは形の良い唇をわなわなと震わせた。
「いったいあいつは何をしてるんだ」
ロバートが不安を感じ始めると。
「スカーレットはこの時空から離脱した、後は任せる」
そっけない声と共に、身体の感覚が戻る。
「あ、あんたスカーレットに何てことすんのよ!」
叫びながら突っ込んできたレイチェルを抱き留めようとすると、ロバートの顔面に向かってグーパンチが飛んできた。
――避けるべきか受けるべきか。
悩むロバートの動きが止まったせいで、左頬に見事なストレートがヒットする。
「へっ?」
殴った本人がおどろきの表情を見せたが、ロバートはなんとかレイチェルを抱きしめた。
目の前に大きく見開かれた碧眼が揺れている。
――同じ双子だが、やっぱり別人だな。
ころころと変わる豊かな表情にロバートがクスリと笑うと。
「そ、そんないまさら優しい顔したってダメよ!」
レイチェルはそう言って読心魔法でロバートの考えを見ると……顔を真っ赤にして視線をそらした。
無言でチラチラと恥ずかしそうにロバートの顔をうかがうレイチェルに。
「やはり双子でも全然お前らは違う、それに可愛いと思ったのは事実だしウソ偽りない心だ」
ロバートは念を押すようにそう言った。
「な、ななな何……ボケたこと言ってんのよ」
「女性に対してそう思ったなら素直に言葉にするべきだと教えられた。それに読心魔法があるにせよ、ちゃんと言葉にしたい」
レイチェルは諦めたようなため息をついて、真正面からロバートの瞳をのぞき込み。
「ぐちゃぐちゃになってた記憶とロバートの考えが一気にあたしに流れ込んできたから、ちょっとパニックになっちゃったけど」
楽しそうにクスリと微笑むと。
「あたしやっぱり、悪い魔法使いに騙されたみたい」
レイチェルはゆっくりと瞳を閉じた。
リーゼラから応用魔法銃の一斉射撃を受けたが、ロバートは防御魔法で防ぎながらなんとか事を済ます。
「ふふふ、もう……あなたを殺してあたしも死ぬわ!」
レイチェルが金髪を揺らしながら消えてゆくと、鬼気迫る表情のリーゼラが魔法銃をブンブン振り回しながら突撃してきた。
ロバートが探査魔法で何度確認しても。
リーゼラが操られてるのか素なのか……やっぱり、判断できなかった。
○ ◆ ○ ◆ ○ ◆ ○
クライはディーンが指で示したサインを読む。
「距離を取れ」
少年の姿をした魔女キルケからはそれほどの魔力を感じなかったが、しきりにディーンが警戒していることも気になり。クライは少年に自分の魔力が届くギリギリの位置まで下がった。
「いったいどこでどうなったか知らないが……キルケ、お前から天神の気配がする」
ディーンの言葉に、クライは眉をひそめた。
天神とはこの時空を司る最上神の名前。
古龍などの神と呼ばれる存在の更に上位に存在し、世を統べる権利を持つと言われているが……
「悪い事は言わん、あいつらとかかわって上手く行ったやつはいない。まだ意識があるのなら急いで手を切ってくれ」
ディーンがゆっくりと歩み寄ると、少年が無表情のまま少女のような声で答える。
「人の世の聖人よ、どこまで知っておるのか。だが、目的のためなら手段を選んでおれんこともある。お前たちまで傷つける気はない、しばらくの間下がっておれ」
その言葉にディーンは腰を下ろし、ナイフを構え直す。
指のサインは……
「没交渉、カウント五」
クライはそれを確認すると、先制攻撃用に詠唱を終えていた幾つかの魔術をコントロールしながら、息を止め。
脳内でゆっくりとカウントダウンを始める。
……五、四、三、二、一。
真正面から鋭いアタックをかけたディーンのナイフが弾かれた。
クライは独特の反響音から、あのナイフは全ての魔力を吸収すると言われる神具『ガロウ』だろうと、あたりをつける。
ディーンが使う神具は三つ。
同じくナイフとして使用している全ての魔力を反射させる『アイギス』と左目に潜む魔力増幅の『マーガ』
ディーンの攻撃パターンは、ガロウで相手の魔力を吸収してマーガで増幅・変換しなららアイギスで反射させる。
単純だが、ディーンの体術と神具の性能を考えると無敵とも呼べる攻撃だ。
しかもクライが同時に発した衝撃波も少年に到達する前に無効化されている。
それを易々とやってのけたキルケの実力に、クライは背筋に冷たいものを感じたが。ディーンは初手が弾かれたことなど気にせず、お構いなしに攻撃を始めた。
少年は無防備に佇んでいるが、ナイフを受けるたびに薄っすらと周囲に魔法陣が浮かぶ。
「解析は任せた!」
無責任なディーンの叫びに、クライは舌打ちすると。
「遠すぎる、もう少し近付けるようにしろ!」
雨音にかき消されないよう大声で叫んだ。
クライは攻撃を始めてから気付いたが、少年の周りには無数の枯葉が舞っていて、それが雨風に乗って鋭い刃物のように攻撃を仕掛けてくる。
噂に高い森の魔女、キルケの魔法のひとつ『暴風刃』だろう。
その卓越した魔術も驚きだが……初見でそれをかわしながら攻撃を仕掛けるディーンの動きに、クライは舌を巻いた。
「もう年なんだ、少しは労わってくれ」
ディーンの左目が薄く赤く輝く。
ナイフの打ち込みが激しくなると、舞う枯葉の刃が少し緩やかになった。
クライは葉ひとつひとつを見切るように防御魔法をかけ、方向性を少しずつ変化させながら近付いて行く。
――そこで初めて、少年の目が大きく見開かれる。
幾らスピードが落ちたとは言え、無数の飛び交う葉をひとつずつ制御するなんてキルケにも信じられない芸当だった。
「さすがの伝説の魔女でも、こんな精密で几帳面すぎる魔術は知らないだろう! あれが最凶最悪の魔導士、クライ・フォルクスさ」
ディーンが少年の動揺を突くように飛躍してナイフを叩き込む。
魔力を吸収しようとするガロウとキルケの魔法が拮抗し、大きな魔法陣が一瞬だがハッキリとあらわれた。
「几帳面すぎるは余分だ!」
クライは叫びながらその魔法陣を脳裏に焼き付けると。
ディーンが振り返ってニヤリと笑う。
その笑顔にクライが頷くと二人は同時に後ろへ飛退き、距離を取った。
「読めたか」
「ああ、問題ない」
「で、策は?」
ディーンの質問にクライは微笑みながら。
「お前の理論が正しいのなら……ここはロバートに任せるべきだろう」
つまらなさそうに呟く。
「じゃあ俺たちはこの後どうするんだ?」
「目覚めの温かいスープの準備と、濡れたやつには乾いたタオルと毛布の用意かな」
クライの言葉にディーンが肩をすくめる。
「違いない……じゃあ戻って、まずは温かいチャーイでも飲むか」
ディーンがナイフをホルスターに戻し教会に向かうと、クライも佇む少年を背にする。
すると二人の濡れた肩にぼんやりと……
雨雲の隙間から漏れ始めた朝日が、キラキラと輝いた。
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