21 眠り姫たちの事情 2
タンクとして短剣で襲ってきたココをなんとか防御魔術で制御すると、ロバートは強引に抱きしめた。傷つけずに大人しくさせる方法が他に思いつかなかったからだが。
「ロバート様」
なぜか腕の中のココは甘い吐息と共にそう呟いた。
心配になったロバートが魔法でココを調べると。
敵の操作魔法は確実に解除されつつあったが、まだ完全に消えていないことが分かった。
「後ひと息だな、任せた」
もうひとりのロバートがそう言って、身体の制御を主人格へ戻す。
「しかし」
はてどうしたものかと……
ロバートは柔らかなココの手足の感触や、上目遣いの潤んだ青い瞳に戸惑った。
「ココ、しっかりしろ!」
声をかけてみたものの、意識は不安定なままだ。
「超古代文明の物語でもそうだろう、眠り姫を起こす方法は昔から決まってる」
脳内で嘲笑うような声に、さらに困惑が増すが。
「俺はお前ほど魔法が得意じゃないんだ、ボケっとしてたらこっちが危ない! それに、その女も急がないと精神崩壊しかねないぞ」
状況はそれを許してくれそうにない。
マリーの鞭は予測不可能な軌道で襲ってくるし。
レイチェルとスカーレットは確実にこっちの動きの先を読んでいた。敵の操作魔法は、二人の読心魔法を乗っ取っているんだろう。
双子の目が捕らえた先に、リーゼラの魔法銃の弾丸が確実にヒットする。
タンクにココ、アタッカーにマリー。
レイチェルとスカーレットを戦局を見極める目として利用し、後衛としてリーゼラの魔法銃。
パーティーでの戦闘方法を熟知した戦法だ。
――かなり戦い慣れたやつが、背後にいるな。
もうひとりのロバートの魔術が今は攻撃を防いでいるが……
確かに長くは持ちそうにない。
ロバートが覚悟を決めてココを抱き寄せると……
ココはゆっくりと目を閉じて、ロバートの首に手をまわしてきた。
ココが何かを言おうとして口を開きかけたが。
「早くやっちまえ、グダグダしてんなら俺が変わるぞ!」
脳内の叫び声に後押しされて。
「くそっ、やはりこれしかないか……」
ココの整った美しい顔に、ロバートは自分の顔を近付ける。
しばらく柔らかい唇が重なり合う感覚がロバートの脳をグラグラと揺らしたが、それと共にココの身体が消え始めた。
「はやり、殺すしかないですね!」
それを見ていたリーゼラの冷えた声が聞こえてくる。
気のせいか、マリーやレイチェルやスカーレットの動きも素早くなっていった。
「お前ら魔術で操作されてるんだよな」
やけに良くなった連携を見ながら。
なんだか納得できないロバートは……
――どこまで正常な意識があるのか、気になって仕方がなかった。
○ ◆ ○ ◆ ○ ◆ ○
マリーの鞭をステップで避けながら距離を測った。
流れるように二打三打と続く鞭だが特定のパターンがあり、コンビネーションの合間は攻撃が止まる瞬間がある。
突っ込むとしたらそのタイミングなんだが。
そこをフォローするようにリーゼラの援護射撃がある。
強引に距離を詰めても、マリーの蹴り技がそれを許してくれない。
「鞭はともかく、あの程度の蹴り技……なんとかならんのか」
リーゼラの射撃を魔法で防御しながら、脳内でもうひとりのロバートがわめいた。
体術は主人格より得意だから、歯がゆいのだろうが。
「蹴る度にチラチラとマリーのパンツが見えるんだ、しかもあの太もも! スラリとして艶々で……近くで見れば見るほど、傷ひとつ付けたくなくなる」
心の底からの訴えを呟くと。
「――わからんでもない」
脳内で、心の底から共感する声が返ってきた。
今も鞭を振り戻したマリーの制服のスカートが揺れて、レースがあしらわれたピンクのパンツと引き締まった小ぶりのお尻がチラリと見える。
二人のロバートがそこに目を奪われると、魔法銃の弾丸が襲ってきた。
リーゼラも、レイチェルとスカーレットも……
なぜか目がつり上がっていて、表情が怖い。
「仕方ない、禁じられたあの技を使おう」
主人格のロバートが意を決すると。
「しかしあの技は……あの男も危険だと」
止めるような声がしたが。
「聖人様もそう言っていたが、彼女たちを傷つけずに助け出すにはこれしかないだろう」
そう言ってロバートは制服のジャケットを脱ぎ、おもむろにシャツのボタンを外し始めた。
マリーはその動きを見て、不審に思い攻撃を止めたが。
ただ上着を脱ぎ捨てて上半身裸になっただけだと分かると、無防備になった胸に向かって鞭を打ち込んだ。
ロバートはその攻撃を避けず、魔法防御も解除して……両腕をガッツポーズするように上げ、上腕二頭筋に力を入れる。
禁じられた技、ボディービルのひとつ「フロントダブルバイセップス」の完成だ。
貧弱だが脂肪の無いロバートの胸に鞭がヒットしたが、続けて打たれた胸を強調するように両腕を下げて組み、斜め立ちしながら微笑む。
流れるように「サイドチェスト」へ移行し、見事なポージングが決った。
しかしマリーは無表情のまま更に左右に鞭を振る。
しばらくの間ポージングする半裸の痩せ男と、鞭を振り続ける黒髪の美少女との攻防があったが。
……先に音を上げたのは鞭を持った美少女だった。
マリーはその手ごたえと、ミミズばれが浮かぶロバートの体を見てついついよだれを垂らしてしまい……表情は恍惚として吐く息も荒く、今にも倒れそうになる。
ロバートはマリーの整った顔立ちが愉悦に歪むのを確認すると。
「もうひと押しだな!」
そう確信して、最終兵器……伝説の超古代文明のボディービルダーが残したとされるオリバーポーズを決めるために両腕を高らかと上げた。
「ああっ、もうダメ」
貧弱な身体でバシッと禁断の技が完成すると、マリーはすがるようにロバートに抱きつく。
細い腰に手をまわして、それを抱き留めると。
「うふふふふっ」
と、やや不気味な声をもらすマリー。
黒く大きな瞳はだらしなく歪み、整った顔立ちにも何か邪悪な気配が感じられたが。
「それ行け、今がチャンスだ」
脳内で響く声にせかされるように、ロバートはしまりが無くなってしまったマリーの唇を奪う。
ココと同じように体が消え始めたが……
マリーの口から何かがグイグイとロバートの口に侵入しようとしていたので。
「危機一髪だったな」
完全に消えたマリーの気配に向かって、ロバートは冷や汗を流しながらクールにそう呟いた。
また続けざまに数発の弾丸が撃ち込まれたが、防御魔法でなんとか塞ぎ……残りのメンバーを確認する。
鬼気迫る表情のリーゼラとは対照的に、どこかボーっとしている双子。
二人の目線を追うと、なぜかそれはロバートのミミズばれだった。
恍惚とした表情で。
胸パッドが
「やはりこれは危険な技だったか」
ロバートは心の中でそう呟くと。
持ち前の強靭な精神力で……
その言葉を聞かなかった事にした。
○ ◆ ○ ◆ ○ ◆ ○
クライが空を見上げると、夜風にのって雨雲が足早に流れていた。
風は強まる一方だったが雨脚は徐々に弱まっている。
――そろそろこの嵐も抜けて行く頃か。
ディーンを確認すると、投影魔法で具現化された少女達の攻撃をダンスでも踊るように避けながら、奥に居るであろう人物に向かって歩を進めていた。
クライもその後について行くと、攻撃を仕掛けてきた短剣を構えた少女が目前で消える。
「ディーンいったい何をした」
「俺じゃないよ、この気配はロバートだな」
雨風を気にもせず嬉しそうに笑うディーンを見て、クライはため息をひとつこぼす。
とりあえず少女達に危害を加えないように注意を払いながら、クライも先を急ぐと。
また目の前にあらわれた、鞭を振りかざした少女が突然と消えた。
魔力波の残滓を確認する。ディーンが言うように、そこにはロバート特有の魔力波長が確認できた。
「寝ている連中とこの投影魔法がリンクしているのは分かるが、なぜそこにロバートが干渉できるんだ?」
「なんだクライ知らなかったのか? 歌にもあるだろう、同じ夢を見てるのさ」
分かったような、分からないような。ディーンの説明にクライは顔を歪めたが。
「だから犯人は、夢の中にいない。
そこまで言われて、クライは顔を上げた。
風に乗った雨粒が顔に当たったが。
「シスター・ケイトから話は聞いたが、
前を向いてディーンに問いかける。
魔王復活を企む邪神教がバックにいるのか、それとも最近帝国内で怪しい動きをしている政敵が後ろから糸を引いているのか。
クライが顔をしかめると。
「だから歌の通りなんだよ。古今東西、男女間の恋のイザコザの八割は三角関係だって、俺の嫁さんも言ってたし」
ディーンが腰からゆっくりと二本のナイフを抜く。
五人いた投影魔法に操られた少女が姿を消すと、魔法学園の制服を着たひとりの少年がずぶ濡れで佇んでいたが……彼からは何の意志も精気すら感じ取れない。
クライが「どの妻の話なんだ」と突っ込もうとすると、低い稲妻の音と共に空が黄色く輝いた。
少年の足元に影が浮かんだが、それは大きなとんがり帽子にローブ姿で、片手に身長とさほど変わらない大きな杖が確認できる。
体系も少女のように細く、女性特有の曲線を描いていた。
「やあキルケ、久しぶりだな」
低いディーンの声に、クライは合わせるように幾つかの攻撃魔法を準備する。
ディーンが言う通り少年の正体が、世に三人しかいない魔女のひとりであるキルケなら、二人がかりでも勝てるかどうかの相手だ。
クライはまた激しくなり始めた雨に舌打ちをしながら。
あの話がディーンのどの妻の話だったのか……
――やはり、気になって仕方がなかった。
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