19 ゆっくりと歩き出した
スカーレットとレイチェルを抱えて移転したのは自室の前の廊下だった。
移転後すぐに事前に用意していた防御魔法と探索魔法を放ち、周囲を警戒する。
「特に問題は無いようだな……後は任せた、俺はしばらくお前のサポートに入る」
もうひとりのロバートは脳内でそう呟くと、強制的に主人格に入れ替わった。
「……まったく」
突然両手に抱いた双子の柔らかさや、少女特有の甘い匂いが主人格のロバートに感覚として飛び込んでくる。
「ここは?」
そっと手を離すとレイチェルが心配そうに聞いてきた。
「俺の部屋だ、さっき通信魔法板で話していたようにリーゼラ……俺のメイドにエリンを保護するように頼んだ。さすがにまだ来ていないだろうが、ここで待っててもらいたい」
ロバートが説明しながらドアを開けると。
「あらロバート様、早かったですね」
ニコリと笑ったリーゼラがリビングに立っていて……
その奥でココが椅子にロープでエリンを拘束し、横でマリーが鞭の素振りをしている。猿ぐつわをされたエリンがロバートとその後ろにいる双子を見つけるとウーウーとわめきだし。
「お前らなにをしてるんだ」
ロバートは部屋の惨状を見て目まいがしたが。
「マリーに頼んで、言付け通りにそこの尻軽ビッチを拉致ったんですが」
笑顔でこたえるリーゼラに、コミュニケーションの難しさを実感した。
エリンは制服の上着を脱がされ、シャツの上から胸を強調するように縛られていて。その大きな二つの膨らみを鞭の柄で突きながら、マリーがなにやらブツブツ文句を言っている。
おかげでエリンは半泣きだし、シャツのボタンは弾け飛び……深い谷間とピンクのブラジャーがその隙間からはみ出していた。
「うーん、でもこの娘……処女ですね。間違いないですわ、この匂い」
エリンの胸で遊んでいたマリーが首筋に顔を寄せ、くんくんと鼻を鳴らしてそう呟く。
「確かなのか……それは」
ロバートが聞き返すと。
「ええ、間違いありませんよ。あまり好みじゃありませんが、これなら大抵の儀式には使用できます」
マリーは少し悩んでからそう答えた。
いや、それって……何する気なんだと突っ込もうとしたが。
問題はそこじゃなくて噂は嘘だったことになると考えなおし。
「俺は保護してくれと頼んだつもりだ。まあいいココ、エリンの拘束を解いてくれ。それからマリー、変な儀式をするつもりはない。その怪しい手のものをしまってくれ」
なんとかそう言葉にすると。
ココがチッと舌打ちして、マリーが凄く残念そうな顔をした。
……いったいこいつら何するつもりだったんだろう?
ロバートは微妙に不安になる。
しかもレイチェルが拘束されているエリンを見て目を輝かせ、スカーレットがマリーの鞭を見て身震いし。
――同時にごくりと生唾を飲み込む。
それを背後で感じながら、いろいろと悩みの尽きないロバートだった。
「ロバート様、後ろのお二人はどなたですか?」
どこか冷ややかなリーゼラの質問に。
「これから話をする、とりあえず平和的にお茶の準備をしてくれ。それからトミー先生はどうだった」
「授業中だと思ったんで、通信魔法板でメッセージだけ送っておきました」
リーゼラの言葉に頷き、後ろの二人を部屋に招き入れると。
ロバートは……
もう一度、深くため息をついた。
○ ◆ ○ ◆ ○ ◆ ○
クライが言葉に詰まっているとガサゴソと誰かが起きる物音が聞こえてきた。シスター・ケイトが立ち上がり、そちらに向かうと。
「ああケイト、俺はどのぐらい寝てたんだ?」
寝ぼけたディーンの声が聞こえてきた。
慌ててクライもそちらに行くと。
「なんだお前……ずいぶん若くなったなあ」
相変わらずのニヒルな笑顔をこぼす。
「ディーン様は二日ほど寝ていました、その……他の方は」
心配そうなシスター・ケイトに。
「まだ少し時間がかかるかもしれないが、後はロバートに任せた。あいつなら問題ないだろう。それよりこっちで片付けなきゃいけない事がありそうで、俺だけ急いで戻ってきたんだが」
ディーンは眠たげに身体を伸ばすと、クライに目を向け。
「外の敵は何人だ?」
そう聞いてくる。
「教会に五人……いや六人近付いて来てるが、ヤツらからは殺気も戦闘意欲も感じない」
クライがあきれて答えると。
シスター・ケイトが短く呪文を唱え、大きな瞳をぼんやりと赤く輝かせた。
「まあ、本当に……あたしぜんぜん気付けませんでした」
「アンデッドでもなさそうだし、気配からしてオートマタでもなさそうだな。だが正気の人間の動きでもない」
首を捻るディーンに。
「なら操られている人間だと考えるのが妥当だが」
クライがそう答えると。
「どちらにしても招かざる客だ。早速で悪いが……クライ、俺のバックを頼めないか」
ディーンはゆっくりと立ち上がって、懐の装備の点検を始めた。
「お前が出張らなきゃいけないほどの相手なのか」
クライはそう言って驚く。
その気配にクライは随分前から気付いていたが、脅威は感じなかったので……動向を観察するだけに留めていたからだ。
「念には念をってのもあるが、操られた人間を前に出してくるのなら……その後ろにいるのはだいたい悪いヤツだと相場が決まっている」
ディーンのとぼけた台詞にクライはため息をついて。
「心当たりは?」
再確認してみたが……
「さあな、それを確かめに行くんだ」
ニヤリと笑うだけだった。
そしてディーンは散歩にでも出かけるようにふらりと歩き出す。
慌ててクライがその後を追うと、ディーンは振り返り。
「ケイト、悪いが子供たちを頼む」
そう言うと、頷き返したシスター・ケイトに軽く手を振り。
嵐の音が激しくなった教会の外に向かって……
もう一度、ゆっくりと歩き出した。
○ ◆ ○ ◆ ○ ◆ ○
五人……いや六人だな。
ロバートはリーゼラの淹れてくれたお茶を手に取りながら、探索魔法に引っかかった人物の特定に入った。
「つまりロバート様、このお二人はクラスメイトで……食堂でちょっかい出してきたんで拉致ってきたって事ですか?」
リーゼラの言葉に、今までの説明をどう解釈したらそうなるのか……ロバートは首を捻ったが。
「リーゼラ、やっぱりお前はこの二人と会うのは初めてか?」
この空間の時間軸のズレと、記憶の祖語の原因を確かめたくてそう聞くと。
「どこかで見かけたような……知ってるような気はするんですが。こうやってお話するのはたぶん初めてです」
アゴに指を当てて、リーゼラはウーンと悩み始めた。
やはり自分だけ繰り返す日常の記憶を保持し、他のメンバーが過去この空間で起きた出来事を忘れていることに違和感を抱く。
それら全てが聖人ディーンの仕業とも思えない。
同じテーブルについたマリーとココ、レイチェルやスカーレットの顔を見ても。
皆不思議そうな顔をするだけだった。
唯一違う表情のエリンは……
挙動不審に辺りをチラ見しながら、ブルブルと震えている。
「エリン、そう言えば噂ではマシューと……そーゆー事があったって言いふらしていたと聞いたが」
ロバートはふと気になって、大事な部分をぼやかしながら聞いてみたが。
エリンは無言でレイチェルとスカーレットを見て、顔を伏せた。
「それでしたらロバート様、R&L団の情報網でも引っ掛かっております。間違いなくこの女はそう言いふらしていたようです」
エリンの態度を見たリーゼラがため息まじりにそう言う。
ロバートは、まだそれやってたのかと突っ込もうとしたが。
「ねえ、なんでそんな嘘をついたの?」
問い詰めるようにレイチェルがエリンの顔をにらんだので、タイミングを逸してしまった。
更に縮こまるエリンを見て、リーゼラが。
「まあ年頃の女の子には、そんなこともあるかもね」
なぜか優しく微笑み。
「その話は……その辺で止めといてあげて」
レイチェルに向かって、そう言い含める。
レイチェルはリーゼラとエリンの顔を交互に見比べて、コクリと頷いた。
……以前の記憶でレイチェルが話した能力が本当なら、きっと何かをつかんだんだろう。
ロバートには『年頃の女の子のそんなこと』は理解できなかったが、雰囲気的にこれ以上突っ込んじゃダメだと思い、もう一度記憶の話をしようとしたら。
「その……確かに以前この部屋に来たような気が。なんだかこうやってリーゼラ様やマリー様とお話するのも初めてじゃないような……」
スカーレットがポツリとそう言った。
その言葉にリーゼラやマリーやココが悩み、レイチェルが。
「あーそれ、なんか分かるわ! デジャブみたいな……既視感は確かのあるのよね。あんたとしゃべってると何度かそれを感じたのよ」
そう言ってロバートの顔を見る。
どうやら完全に記憶が消えているわけじゃないんだと、ロバートが思考を巡らし始めると……
室内の魔法灯がゆらりと揺れた。
「もう少し話を進めたかったが、お客さんのようだな」
「トミー先生が来たんですか?」
心配そうなリーゼラの言葉に。
「どうやら招かざる客のようだ」
ロバートはいつものように、自分がクールだと思っている笑みをもらす。
「ロバート様、なにか心当たりが?」
リーゼラが再度確認してきたが……
「さあな、それを確かめに行くんだ」
ロバートは持っていたティーカップをテーブルに置いて、ニヤリと笑うと。
「リーゼラ、悪いが彼女たちを頼む」
そう言って立ち上がり。
憧れるように見つめるリーゼラやマリーとココ。
そしてちょっと嫌なものを見た目で眺める双子とエリンを背に。
激しくなった嵐の音を確かめながら……
玄関ドアに向かって、ゆっくりと歩き出した。
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